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新時代を切り開く天才・藤井聡太七段(17)棋聖戦挑戦者決定戦に進出!あと1勝で史上最年少タイトル挑戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 6月2日。東京・将棋会館において第91期ヒューリック杯棋聖戦決勝トーナメント(本戦)準決勝▲藤井聡太七段-△佐藤天彦九段(32歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は19時33分に終局。結果は111手で藤井七段の勝ちとなりました。

 藤井七段はあさって6月4日におこなわれる挑戦者決定戦に進出。反対の山から勝ち上がった永瀬拓矢二冠(27歳)と戦います。

 永瀬二冠と藤井七段はトップクラス同士ながら、ここまで不思議と公式戦で対局したことがありませんでした。その初手合が挑戦者決定戦という大舞台になるとは、何とも劇的なめぐり合わせと言えるでしょう。

 もし藤井七段がそこでも勝つと、渡辺明棋聖(36歳)への挑戦権を獲得します。

 棋聖戦五番勝負は6月8日に開幕。その時、藤井七段の年齢は17歳10か月20日です。これは1989年に屋敷伸之四段(現九段)が棋聖戦に登場した時の17歳10か月24日をわずかに上回り、史上最年少記録の更新となります。

佐藤九段、異例の1時間以上不在

 藤井七段先手で、戦型は角換わり腰掛銀。端の9筋を突き越した形となりました。

 後手番の佐藤天彦九段は桂を跳ね、飛車先の歩を交換して動きます。対して藤井七段はその動きに応じ、9筋に角を打って反撃に出ました。藤井七段が打った角は佐藤陣をにらんでいて、このラインをいかして手がつながるかどうかが焦点となりました。

 昼食休憩は12時から12時40分まで。藤井七段は再開7分前に対局室に戻ってきて、下座にすわりました。上着は脱いで、白いワイシャツ姿。将棋会館の外は、初夏の陽気です。

 12時40分、対局は再開されました。

 51手目。相手の佐藤九段はまだ盤の前に座っていないところで、手番の藤井七段は次の手を指します。藤井七段は6筋に出て当たり(何もしなければ次に取られてしまう形)になっていた角を9筋まで引き上げました。

 対して佐藤九段はなかなか対局室に戻ってきません。

 休憩が終わって対局再開後、数分ぐらいは対局者が盤の前に戻ってこないことはしばしばあります。しかし本局では、佐藤九段の姿がないまま、刻々と時間は過ぎていきます。その間に、手番である佐藤九段の持ち時間は削られていきます。

 四十年ほど前の、囲碁のタイトル戦挑戦者決定戦。対局者の一人が休憩中に別室で仮眠を取っていたところ、そのまま寝入ってしまい、対局室に戻ってこれず、時間切れで敗れてしまった。筆者はそんな故事を聞いたことがあります。

 佐藤九段が対局室に戻ってこない時間が長くなり、ネットを通じて観戦している側も、ざわざわとし始めました。加藤一二三九段も心配の声をあげています。

 解説の橋本崇載八段は苦笑しながら次のように語っていました。

橋本「久しぶりにここまで悠然とした人を見ましたね」

橋本「一つ断言できるとすれば・・・。えーと・・・。後手の方はお休みになられています、いま。それ以外にない。しかし勝負はこれから、ということです。起きれば、の話ですが」

 もう一人の解説者の佐藤紳哉七段。

「帰ってこないですね。ちょっと心配になってきちゃいますけどね。控え室で横になって考えているんでしょうけどね。まあだいたい指す手も予想はできたと思うので、次の手を横になりながら優雅に考えていると。貴族と言われている。優雅に、のんびりと考えている・・・。だといいですけどね。ちょっと体調わるかったりすると心配ですけどね。このご時世ですしね」

 13時42分。ようやくにして佐藤九段が対局室に戻ってきます。

「指されました」

 記録係の中村真梨花女流三段が佐藤九段にそう告げました。

「あっ、戻ってきました!」

 解説陣は安堵の声。観戦する側もほっとしたところでしょう。

 佐藤九段は優雅な所作でペットボトルからグラスに水を注ぎ、口元のマスクを少しずらして、水を飲みます。扇子を手にしてすぐには次の手を指さず、しばらくの間、盤を見つめていました。

 13時49分。佐藤九段は6筋に歩を打ちました。桂を支え、角筋を止めようとする一手です。この一手の消費時間は1時間8分が記録されました。持ち時間4時間のうち、消費時間の通計は藤井七段52分。佐藤九段は1時間45分となりました。

 そして再び佐藤九段は席をはずし、盤の前には藤井七段が残されました。

藤井七段、堂々の勝利

 佐藤九段が不在の間、藤井七段は読みに読んでいたのでしょう。難しいと思われた局面で、わずか5分の消費で盤上に手が伸び、銀を前に進めて桂を取りました。一時的な駒損をいとわず、不退転の決意で攻めていこうという意思が表れています。

 調べてみると、藤井七段の攻めは厳しい。盤上の形勢を見れば、藤井七段が少しリードを奪ったようです。

 少し進んで、佐藤九段は銀を取れば駒得になるところ、スピード重視で藤井陣に銀を打ち込んで攻め合います。ここもまた判断は難しいところですが、この手を境に、さらに形勢は藤井七段に傾いたようです。

 互いに馬(成り角)を作り合った後、駒の損得を勘定してみると、駒損をおそれずに攻めた藤井七段が逆に桂得の戦果をあげています。

 佐藤九段の不在が長かった分、時間の消費は佐藤九段が先行していました。対して藤井七段は要所要所で小刻みに時間を使い、残り時間は逆転します。しかしながら形勢は藤井七段が少しずつポイントを積み重ねていったようです。

 藤井七段優勢で、盤上は終盤に入りました。藤井七段は馬と銀2枚で、佐藤九段の飛と馬を手厚く封じ込めます。

 粘りに定評のある佐藤九段をもってしても、粘りようがない展開となってしまい、ほどなく終局かというところで、藤井七段はまた余人とは異なる構想を描いていました。佐藤九段の飛車を追い詰めていけばよさそうなところ、藤井七段は佐藤玉に向かっていきます。これが最短、最善での勝ちを目指す藤井七段らしい順なのかもしれません。

 粘り強さに定評のある佐藤九段は、容易には決定打を与えずに持ちこたえます。しかし藤井七段の指し手はずっと的確でした。

 藤井七段は最後、あえて飛車を取らせてスパートをかけます。これもまた藤井七段らしい決め方でした。

 藤井七段は佐藤玉をきれいに詰め上げて、大一番に終止符。スーパールーキーが前名人を堂々と押し切って、挑戦者決定戦進出を決めました。

 藤井七段は昨年、王将戦リーグであと1勝というところまで勝ち進みながら、逆転負けでタイトル初挑戦を逸しています。

 今回対戦する永瀬二冠も当然ながら、難敵中の難敵です。

 藤井七段の史上最年少タイトル挑戦は、果たして実現するのでしょうか。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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