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コロナ禍の中、全日本代表を通じて初の「対外試合」。U-16日本代表、4泊5日の幸せな成長

川端暁彦サッカーライター/編集者
U-16日本代表は厳格な検査を経て初めての対外試合実施に至った(写真:川端暁彦)

U-19代表合宿中止からU-16代表始動まで

 8月1日、U-19日本代表合宿は新型コロナウイルス陽性判定を受ける者が出て緊急中止という事態に陥った。集合時に全員が検査を受ける形で実施した合宿だったが、そこでFW晴山岬(FC町田ゼルビア)が陽性であることが発覚。晴山と他の選手やスタッフが事前に接触しているようなことはなかったが、ホテルの一室を利用していたこともあり、「選手の健康と関係者の安全を考えた上では慎重に慎重を期さないといけない。やはり中止せざるを得ない」と反町康治技術委員長が決断し、中止に至った。

 11月にアジア最終予選を兼ねるAFC U-16選手権を控えるU-16日本代表も、コロナ禍による活動休止期間を経て再始動していたが、この流れの中で「合宿をするのは難しいかもしれないと言われていた」(森山佳郎監督)。ただ、U-19代表合宿での反省を踏まえての工夫もこらしつつ、19日から合宿を開始することとなった。

 今回も前回同様のスマートアンプ方式による新型コロナウイルスの検査を事前に実施する形だが、宿泊ホテルの一室で選手を隔離する方式を改め、まずは屋外で検査を実施する形に変更した。暑熱の中で少々我慢してもらう形になるが、「前回は宿泊ホテルに陽性者が足を踏み入れた形になってしまっていて、他の選手やスタッフと直接の接触は起きていないとはいえ、“安心”は確保できなかった」(チームスタッフ)ことを考慮してのやり方だ。昨今の情勢を考えれば、全国各地から集まってくる選手たちの中に陽性の者が含まれている可能性はある。森山監督が「気が気じゃなかった」と言うのも無理はないが、幸いにもスタッフ含めて全員が陰性の判定。無事に合宿開始に至った。

全選手が陰性となり、選手たちは元気よく練習に励んだ(写真:川端暁彦)
全選手が陰性となり、選手たちは元気よく練習に励んだ(写真:川端暁彦)

練習試合の相手にも検査を実施

 またこの合宿では、全年代の日本代表を通じて初めてとなる対外試合も企画された。大会を控えていることを思えば、「紅白戦だけでは厳しい。強い相手とやって自分たちの課題を確認しないといけない」(森山監督)という要望が現場から出てくるのも当然のこと。このため、今回は鹿島アントラーズユースと柏レイソルU-18という2歳年長の国内トップクラスのチームの胸を借りることとなった。

 ただ、そこで新型コロナウイルスと接触してしまっては元も子もない。あらかじめ両チームの練習試合出場選手に代表チーム同様の検査を実施。「そこで陽性が出た場合は練習試合は中止する予定だった」(森山監督)という綱渡りの流れながら、全員が陰性の判定。無事に練習試合の実施も決まった。

危機感の中の合宿開始

 4泊5日の合宿でトレーニングのスケジュールはみっちり組まれており、合間には映像を使った指導も実施。少々詰め込み過ぎなのは承知の上で、コロナ禍によって削り込まれてしまった強化スケジュールの中で、できることをできるだけやろうという姿勢を感じさせた。

 コロナ禍によって削られてしまったのは単に強化スケジュールだけではない。この年代の軸となる高校1年生は「受験ブランクを経て、そこから上げていこうという段階で殆どのチームで練習がなくなった」(森山監督)。その上で、「普通の年なら、春のフェスティバル(非公式の親善大会)からリーグ戦の開幕を経て、夏の全国大会やフェスティバルで自分の力を示して先輩たちにチャレンジして、ポジションを奪い取っていくことになる。ところが、この子たちはその機会を与えられていない。学年別のトレーニングをしていたチームもあるので、練習の中でアピールすることもできなかった」。

 結果として、「前々回のU-16代表は殆どの選手が試合に出ていたし、前回のU-16代表でも7割くらいの選手が(所属チームの)試合に出られていた。ところが、今回の代表(の高校1年生)で、所属チームのレギュラーと言えそうな選手はどうやら5人くらいしかいない」(森山監督)。もともと前回や前々回に比べて飛び抜けた選手が少ないと言われていた世代だが、試合に出場するという部分でもハンディキャップを負ってしまっている。AFC U-16選手権は中2日の90分ゲームが続くタフな舞台であることを思えば、「楽観できる要素は何一つない」(森山監督)のが合宿前のチーム状況だった。

あらゆる面での「遅れ」を取り戻せるかが大きなポイントだった(写真:川端暁彦)
あらゆる面での「遅れ」を取り戻せるかが大きなポイントだった(写真:川端暁彦)

士気高く、守備強化を目指す

「最終予選は俺に任せろ」

 この合宿を実施することが決まって一番ハッピーな顔をしていた森山監督が掲げた合宿の煽り文句である。「誰が本番で戦えるんだ?」という問いかけをしてアピールを促すことはチームプレーの崩壊につながりかねないのだが、このベテラン指揮官はその辺りのさじ加減が絶妙である。

 選手たちの士気も高かった。「関西の選手とか、普段やれないような選手たちと競い合えるのは本当に楽しい」とDF土肥幹太(FC東京U-18)が言えば、「一人ひとりのレベルがみんな高くて、自分がしたいことをみんなが分かってくれて楽しい」とDF齋藤晴(JFAアカデミー福島U18)が言ったように、同じ年代の選手たちが競い合う「場」のありがたみをコロナ禍の中で選手たちが痛感したことは、ポジティブな効果を生む部分もあったと感じる。あらためて代表チームの活動があるのは別に「当たり前」ではないのだ。

 この合宿で特に掲げたテーマは「守備の強化」。チームの課題として挙げられてきたのは、とにかく失点が多いこと。紅白戦などでも、組織プレーがまだまだなのは仕方ない面があるとはいえ、個々の淡泊な守備からあっさりやられることも多く、かつて日本代表DF菅原由勢(AZ)がU-16代表時代に残した名言「森山ジャパンと言えば、シュートブロック」とは逆の現象が起きてしまっていた。ここに徹底してフォーカスしていくやり方だ。

 合宿2日目には“サプライズ・コーチ”として(?)、オフで帰国後に自主トレーニングをしている日本代表DF冨安健洋(ボローニャ)が登場。選手たちを前にして、森山監督のかつての教え子は、自身のU-16代表時代の経験談や、クリスティアーノ・ロナウドを始めとする世界的アタッカーの特長とその対処法、そして守備の肝が「予測とポジショニング、体の向き」であることを伝授した。世界と戦っている日本最高級のDFの言葉とあれば、説得力も違う。あらためて「守備のことを言いやすくなった」(森山監督)。

「守備強化のため、そこまで仕込んでいるとはさすが森山監督」と感心したが、実のところDFの冨安を呼べたのは割りと偶然だったらしい(写真:川端暁彦)
「守備強化のため、そこまで仕込んでいるとはさすが森山監督」と感心したが、実のところDFの冨安を呼べたのは割りと偶然だったらしい(写真:川端暁彦)

迎えた「幸せな」試合

 そして合宿4日目、チームは待望の試合機会を得ることとなった。相手は鹿島アントラーズユースと柏レイソルU-18。「高校年代トップクラスのチーム」(森山監督)であり、試合前に高校1年生と中学3年生が殆どを占める選手たちが「どのくらい(ボールを)回されるんだろう」などと少々不安げな声をささやき合っていたというのも無理はない。ただ、いざ試合が始まってみれば、「みんなで声を掛け合って最初から戦えた」(齋藤)というゲーム内容となった。

 二つの試合はどちらかが主力組ということはなく、「真っ二つに割った」(森山監督)チーム編成。ただ、16時30分に始まる鹿島との第一試合は暑さも強いため、「中学生は2戦目に回した」という配慮もあった。途中、雷で試合が中断し、「『あと一回ゴロッと鳴ったら試合は中止にします』と言われた」(森山監督)危機的な状況もあったものの、奇跡的にその「あと一回」は来ることなく、試合は再開。ハプニングはありつつも、無事に2試合をこなし切った。

GKはハーフタイムで交代。選手交代は随時
GKはハーフタイムで交代。選手交代は随時

 まずはシンプルに練習の成果を出すことだが、格上の相手に「噛みついてやるんだ」という指揮官の鼓舞に応えて選手たちは旺盛な戦意をしっかりピッチで表現しつつ、練習で取り組んできた守備面、そして狙いとする攻撃の形も何度か繰り出す内容に。特に第2戦は、昨年のU-17W杯日本代表であるGK佐々木雅士、MF田村蒼生ら高校年代を代表する選手を擁する柏U-18に対し、中学生4名を含む編成だったために「ミスマッチではないか」と心配してしまったが、これは完全に杞憂だった。複数のシステムを使い分け、相手を観てサッカーをしてくる柏に対して、戦術的な対応力を問われ続ける理想的な練習試合となりつつ、さらにゲームとしても拮抗した展開に持ち込んでみせた。

 どちらの試合も「暑かった1試合目は60分、2試合目も65分には足が止まってしまった」というフィジカル面での劣勢は否めなかったが、「疲れて足が動かなくなった中でも戦い抜く」というのも、アジア予選を考えると経験しておきたかったシチュエーション。鹿島の猛攻に屈する形で追い付かれて2−2で終わった第1戦も、最後まで熱い攻防の末に1-1となった第2戦も、選手たちにとっては良い糧となりそうな内容だった。

 コロナ禍で「すっかり老け込んでしまった」と自嘲していた森山監督の活き活きとした姿も印象的で、ピッチ上では選手たちが年長の選手たちに恐れることなく立ち向かい続ける「森山ジャパンらしさ」も表現。不安要素だらけだったチームに、「木漏れ日がさしてきた」(森山監督)、サッカー選手として個々が噛み合い、チームがグッと成長していく空気を感じる、何とも幸せな4泊5日となった。

特に柏U-18との試合は4人の中学生を含む編成ながら、ほぼベストメンバーの強豪と真っ向から殴り合う好内容に(写真:川端暁彦)
特に柏U-18との試合は4人の中学生を含む編成ながら、ほぼベストメンバーの強豪と真っ向から殴り合う好内容に(写真:川端暁彦)
サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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