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SNS疲れとインフルエンサーの憂い 任天堂を誰よりも愛した米YouTuber死す 

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
ポケモンも大好きだった、生前のEtikaさん。(YouTubeのキャプチャ)

人気YouTuberのEtika(エティカ)ことダニエル・デスモンド・アモファ(Daniel Desmond Amofah)さん(29)が6月25日、ニューヨーク、マンハッタン東を流れるイースト川で遺体で発見され、『ニューヨークタイムズ』紙などが訃報を伝えた。

Etikaさんは今月19日夜から行方不明になっていた。その直前に自殺をほのめかす動画『I’m Sorry』を投稿し、財布、携帯電話、Nintendo Switchなど所持品一式がイースト川にかかるマンハッタン橋で見つかっていた。自殺とみられている。

任天堂ゲームの大ファンだったEtikaさんは、新しいゲームやサービスがリリースされるたびにオーバーリアクション気味に実況中継して人気者になり、Instagramは約42万、Twitterは36万以上のフォロワーがいる。YouTubeのアカウントがガイドライン違反で削除され、1ヵ月前に新しいアカウントをスタートさせたばかりだった。(現在の登録者数は14万以上)

ゲームやアニメなどいわゆるオタク文化が好きだったEtikaさんは、アメリカはもちろんのこと、日本では「ガイルくん」という愛称で知る人ぞ知る人物だった。

「誰か僕と日本のオリンピックに行かない?ただ問題は13時間もの飛行時間だけど...」と、日本訪問に興味を示していた。(つい先月の投稿)

『大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ』発売の発表のとき。産みの親でもあるゲームクリエイター、桜井政博さんの登場に興奮が冷めやらぬ様子。

彼の独特の実況中継スタイルは人々に愛された。インターネットスターの突然の死を受け、ファンはSNS上で驚きや戸惑いを隠せない。

彼はなぜ死を選んだのだろう?

人気者ゆえの憂い

恵まれた容姿を生かし、モデルやラッパーとして以前活動していたEtikaさん。YouTubeでゲームの紹介やライブストリーミングを始めたのは2012年のことだ。ノリの良さと笑顔と愛嬌でファンが増えていき、登録者数が80万人にも上った。しかし18年10月、彼は自身のポルノをYouTubeに投稿したり、同性愛者などの差別発言のストリームをTwitchで流すなど、問題行動が目立つようになった。それぞれアカウントが削除され、彼はソーシャルメディアで「死ぬ時がきた」とほのめかした。(数時間後に撤回)

今年4月16日には、州内で購入したピストルで自殺するとTwitterでほのめかし、警察沙汰になり入院。

「俺はもうじき死ぬからな!お前たち人間全員、恥を知れ!」というツイート。

退院後の29日、近しい友人をソーシャルメディアからブロックし、心配したファンが警察を呼び、武装した警官隊に自宅で拘束された。その様子はInstagramで1万9,000人に向けライブストリーミングされた。

生配信された拘束されるまでの様子。銃社会のアメリカで両手に何も持ってないことをアピールしながら怯えている様子や、何度も「革命」と叫んでいるのが印象的。

動画からのキャプチャ。一時期は笑顔で「精神的にもう大丈夫」とメッセージを送っていたのだが。
動画からのキャプチャ。一時期は笑顔で「精神的にもう大丈夫」とメッセージを送っていたのだが。

遺言をYouTubeに投稿し失踪した

EtikaさんのYouTubeやInstagramを見る限り、俗に言う「引きこもり」のような印象はなく、健康的で社交的で明るく、ゲームやアニメが異常に好きという以外は、どこにでもいそうな普通の29歳の青年に映る。

しかし、Twitterに1日何十本も連続投稿したかと思えば、その後何日も放置したり、「時々、人間が嫌い」「アニメの女性とヤリたい。生身の女はごめんだ」などの文言のツイートをするなど、「裏の顔」「心の闇」を覗かせていた。

そして、彼は最期のビデオで「有名になる中でソーシャルメディアで精神を著しく消耗し病んでしまった」と告白した。

動画からのキャプチャ。
動画からのキャプチャ。

予約投稿により19〜20日にまたがる真夜中に公開された『I’m Sorry』という約8分の動画はYouTubeの判断で20日に削除されたが、ファンにより複製された動画や追悼ビデオが次々に上がっている。(Etika I m Sorry Video ( Heartbreaking last Video )などで検索したら出てくるかもしれない)

動画で、彼はゲーム仲間や友人、家族、ファンに対して謝罪し、「本当はこんなこと望んでいなかったけど…」と、不本意であることを覗かせた。

最期のメッセージの概要

「精神的な病気を抱え、たくさん間違いを犯した。楽しい人生だったが、自分を取り囲む壁があまりにも速く閉じてしまい、もうどうにもならない。過剰なソーシャルメディアと精神疾患とエッジネス(緊張や不安)すべてが重なり合った結果だ。ストリーミングの注目度にももがいていた。もっと強い人間になりたかった。自分のストーリーがソーシャルメディアの警告物語になることを望む」

この動画を最期に彼は自死した。

途中大きなため息が漏れ、唇を噛みしめるなど思い悩んでいる様子は窺えるものの、危なそうな人、大きな精神病を抱えている人、これから死のうとしている人、には決して見えない。しっかり目線を送りながら最期のメッセージを堂々と送るその姿は驚くほど冷静で勇敢にも見え、たまに笑顔さえもこぼす。

名声や成功を手にして他人には羨ましく見えても、胸の内は決してわからない。皆、それぞれの悩みを抱えているものだ。表では無理して笑いながら心の中で泣いている、というのは、きっと誰でも経験としてあるのではなかろうか。

Etikaさんの死を受け、フォロワーからは「インフルエンサーは、弱いところではなくいつも笑顔でいることが求められる」「彼らの(心身の)健康についてもっと話し合いの場を持つべき」「(人気者になればなるほど)高まる期待に応えなければならなくなる。休息の時間が取れないと、結果的にこうなる」「メンタルヘルスは深刻な問題。今こそ皆が助け合っていかないといけない」など、彼の死を惜しむ声が次々に上がっている。

また彼のレガシーを残すため、削除されたオリジナルチャンネルの復元を懇願しようと、Change.orgを通した署名が38万以上集まっている。

これほど多くの人に愛されても、死んだら「おしまい」だ。死を選ぶ代わりに、自殺防止ホットラインを利用したりオンライン上から姿を消すなどして踏みとどまってほしかった。

マンハッタン橋から見たイースト川の景色。彼はどんな気持ちでここから投身したのか。R.I.P. (c) Kasumi Abe
マンハッタン橋から見たイースト川の景色。彼はどんな気持ちでここから投身したのか。R.I.P. (c) Kasumi Abe

(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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