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電通は「ブラック企業」なのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

今月初めに発覚した、電通での過労死事件が大きな注目を集めている。

誰もが知る大企業で、入社わずか8ヶ月の新入社員の女性が過労死させられた衝撃は大きく、労働基準監督署がすぐさま会社に立ち入り調査をするなど、国や行政も対応迫られている。

また、その中で、社内で残業時間が過少申告されていたことや、今回の事件とは別に3年前にも30代男性が過労死していたことが判明するなど、電通での労働環境の「ブラックさ」が明らかになっている。

しかし、近年の「ブラック企業」と電通事件は共通点もたくさんあるが、「どこか違う」と思う人もいるのではないか。

実は、この「違い」は日本の労働社会を考えるうえでとても重要だ。それは、「日本型雇用」と「ブラック企業」の違いだからである。そこで本記事では、電通事件とブラック企業問題の「連続性」と「違い」について説明する。

電通での労働実態

まず、今回の過労死事件で明らかになった電通の過酷な労働実態を確認していこう。

遺族側弁護士によると、被害者はインターネット広告を担当する部署で、クライアント企業の広告データの集計・分析、リポートの作成などの業務を請け負っていたという。

試用期間が終わり本採用となった昨年10月以降は業務が大幅に増え、入退館記録を元に集計した残業時間は、10月が130時間、11月が99時間、国が定める過労死基準(月80時間の残業)を大きく上回る労働時間だった。

また、電通では新入社員が社内の飲み会の幹事を担当することになっており、その準備を休日返上で行なったり、飲み会の後には「反省会」が開かれ深夜まで上司からの指摘を受けていたりしていた。

被害者が生前行なっていたSNSの書き込みには次のような内容があったことが分かっている。

  • 「休日出勤えらいなぁとか思って出社したけど、うちの部に限っては6割出社してた。そりゃ過労で死にもするわ」
  • 「誰もが朝の4時退勤とか徹夜とかしてる中で新入社員が眠いとか疲れたとか言えない雰囲気」
  • 「休日返上で作った資料をボロくそに言われた もう体も心もズタズタだ」
  • 「いくら年功序列だ、役職についてるんだって言ってもさ、常識を外れたこと言ったらだめだよね」

長時間労働に加え、上司からのパワハラにも、追い詰められていった状況が読み取れる。

問題は、なぜこのツイートに出てくるように、同社では大半の社員が休日返上で働いていたのかということだ。そこにこそ「日本型雇用」の特徴がある。

「悪しき日本型雇用」の典型としての電通

過酷な労働環境の一方で、電通は高待遇の企業としても有名である。上場企業が公表している有価証券報告書によれば、2015年発表の電通の平均年収は1228万円であり、生涯年収は4億4867万となっている。また、就職人気企業ランキングでは毎年のように1位になっている。

こうした、過労死するほどの過酷な労働と高待遇が同時に現れる働き方は、戦後のいわゆる「日本型雇用」の特徴である。

かつて日本の多くの企業では、「終身雇用」や「年功賃金」に代表される、雇用保障や手厚い待遇という「アメ」が労働者に与えられる代わりに、部署の異動、転勤などが会社の自由に行われるなど、広範な指揮命令権、つまり「ムチ」の行使が認められていた。

このアメとムチの関係は、一見合理的に思えるかもしれないが、企業の命令に制限がない状態は世界的に見てもかなり特殊であり、労働者には相当の負担がかかるシステムだと言える。

また、日本型雇用では、年功賃金の裏側として、企業側の広範な「考課・査定」の権限が認められてきた。これは欧米では一般的な「従事している仕事内容」による評価ではなく、労働者の「潜在能力」を測るものだ。

学校の「内申書」と似ているといえばわかりやすいだろう。ただ仕事を頑張り、業績を出せばよいだけではない。「やる気」「態度」「意欲」といった「潜在的な」、あるいは「将来的な」貢献度まで評価の対象となるのだ。

だから、日本の出世競争は極めて過酷。仕事以外にも接待や上司のゴルフの付き合いなども欠かせない。かつては結婚しているかどうか、社内ローンでマイホームを購入しているのか、といったことまで「査定」の対象になったという。

日本型雇用におけるサービス残業は、このように企業側の強大な命令権限と、考課・査定による昇進システムの下で、半ば労働者の「自主的な行為」として当たり前の慣行になってきた。もちろんこの「慣行」に従わなければ「やる気がない」とみなされて査定が下がってしまうのだから、個々人の「好み」の問題ではない。著名な労働研究者である熊沢誠は、このような事態を「強制された自発性」と定義している。

そうした中で、多くの過労死事件が発生していた。例を挙げればきりがないが、名だたる大企業で過労死事件は発生しており、電通でも1991年に、入社1年5ヶ月の男性が過労死している。

その男性は、無限与えられる膨大な業務量に対応するために、月平均150時間近くの長時間労働をしていたほか、上司からのパワハラなども受けていたとされており、今回のケースと酷似している。

今回の電通の過労死事件は、従来から存在していた「日本型雇用」の問題の延長線上に起きた事件だと言えるだろう。

電通とワタミの違い

一方、ブラック企業の問題はどのようなものだろうか。

ブラック企業での過労死として、よく知られているものの一つに、外食チェーンのワタミでの過労死事件がある。

ワタミでは、2008年に入社2ヶ月の女性社員が、飛び降り自殺する事件が起きている。女性は、十分な研修もないまま店舗に配属され、連日午前4〜6時まで調理業務に従事していた。また「休日」にも午前7時からの早朝研修があったり、ボランティア活動やレポートの執筆まで義務付けられており、結局入社した直後の5月中旬の時点で既に1ヶ月の時間外労働は140時間を上回っていたという。

今回の電通の過労死事件も、ワタミの事件も共に、入社間もない女性社員が、100時間を超える残業の末に過酷な労働に耐えきれず、自死するに至っており、共通点は多い。

しかし、2つの事例で大きく違う点がある。それは、電通と比べてワタミの待遇は、極めて低く抑えられている点である。

先述の有価証券報告書によると、ワタミは平均年収が356万円となっている。また、平均勤続年数も電通が13.3年である一方ワタミは6.9年だ。初任給こそそれほど大きな違いはないかもしれないが、何年働いても賃金が上がらないワタミと比べて電通は賃金が上昇していき、社員の定着度も比較的高くなっている。

「日本型雇用」が生み出したブラック企業

このような、将来にわたる待遇面での違いが、その企業がブラック企業か、それとも昔からの日本型雇用の企業なのかのポイントになる。

拙著『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)では、ブラック企業の労務管理のパターンとして、「大量募集」「選別」「使い潰し」といった特徴を挙げたが、最も重要なのは、ブラック企業は「日本型雇用」が変質する中で生まれてきたという点である。単に「違法な企業」あるいは「ひどい企業」をブラック企業と呼ぶわけではない。

先に述べたように、労働者に対して以上に強い命令がなされてきたのが日本型雇用である。そしてその命令は、終身雇用や年功賃金といった高待遇とセットで労使に受け入れられてきたし、「強制された自発性」には待遇面での根拠があった。これを図示したものが以下である。

図:日本型雇用の変化
図:日本型雇用の変化

これに対しブラック企業の特徴は、正社員への命令の強さはそのままに、長期雇用や手厚い企業福祉は削減されてしまっているところにある。アメはないままムチだけが残った状態である。

しかもブラック企業は、従来の日本型雇用が気づきあげてきた労使の信頼関係を利用して、「頑張れば報われる」と言いながら、低賃金で若者を短期間で使い潰すのである。

なお、そうした客観的な状況がありながら、それでも労働者がブラック企業にしがみついてしまう原理については拙著『ブラック企業2 「虐待型管理」の真相』(文春新書)で詳しく述べているので参照されたい。

「安全圏」がない日本社会

このようなブラック企業の特徴を見ると、過酷な命令に耐えて働き続けると大きな収入が見込まれる電通は、厳密な意味では「ブラック企業」ではないといえるかもしれない。

だが、もちろんだからと言って、電通の方がよいということにはならない。両者の比較から見えてくることは、ブラック企業の源流である「日本型雇用」にはそもそも過労死を引き起こす危険が内在していたということであり、過労死は「ブラック企業」だけの問題ではないということなのだ。

このように考えると、「昔はよかった」と考えることが誤っているということが見えてくる。また、「ブラック企業」だけを避ければよいのではないということもわかる。

つまり、就活を勝ち抜いて、ブラック企業や、より雇用が不安定で低賃金な非正規雇用を避け、日本型雇用が残る高待遇の会社に入社できたとしても、そこは決して「安全圏」ではないのである。日本型雇用も常に、過労死やうつ病の危険と隣り合わせだということだ。

だから、私が長時間労働、過重労働に直面している本人や、その周りの人に伝えておきたいことは、「きついけど給料がいいから頑張ろう」と思ったり、「将来報われるから頑張ろう」と励ましたりすることは、時に危険であるということだ。

それは、ブラック企業はいうまでもなく、「頑張れば本当に報われる」企業であっても、なのだ。

早めの相談を

最後になるが、過労死・自殺だけではなく、今日では「過労鬱」が蔓延している。長時間労働やパワーハラスメントの被害に遭っている方は、何よりも早めの外部機関への相談を心掛けてほしい。

下記の記事は「外部の相談窓口」について詳しく論じている。末尾の団体情報と併せて一読をお勧めしたい。

ブラック企業に入ってしまったとき、どこに相談すればいいか?

無料相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

http://www.npoposse.jp/

総合サポートユニオン(関東、関西、東北)

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

ブラック企業被害対策弁護団(全国)

03-3288-0112

http://black-taisaku-bengodan.jp/

過労死110番 全国ネットワーク

03-3813-6999

http://karoshi.jp/

参考資料

『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)

『ブラック企業2 「虐待型管理」の真相』(文春新書)

『やばい会社の餌食にならないための労働法』(幻冬舎)

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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