ブラック企業に入ってしまったとき、どこに相談すればいいか?
4月に入り、新入社員たちは企業になじみはじめる時期だ。入ってから「思っていたのとは違う」と思った方や、明白な「求人詐欺」に騙されたことが発覚した方、あるいは「ブラック企業」に入ってしまったことに気づいてしまった方もいることだろう。今や、違法行為や求人詐欺があふれかえっているのが日本企業の現状だ。
(尚、「求人詐欺」への対処方は『求人詐欺』(幻冬舎)に詳しい)
しかし、意外にも労働問題に直面した時にどこに相談すればいいのか、知っている人は少ない。たとえば、問題があった時に、会社に個人的に「直訴」したり、会社が常設している相談窓口に相談したりしてしまう人がいる。それで解決すればよいのだが、もともと違法行為をやってくる会社であるからたいてい問題が解決しない。それどころか、場合によってはそのことを理由に会社から「こいつは会社に反抗してくる奴だ」といってパワハラや解雇といった不利益な扱いを受けることもしばしばだ。
それだけに、本当に「適切な」相談窓口を知っておくことは重要なのである。
本記事では、そうした時に使える相談機関を紹介し、それぞれの長所や短所について網羅的に書いていく。最後にはそれぞれの連絡先も一部載せているので参考にしていただきたい。
労働基準監督署
職場で何かトラブルにあった時に、相談する先として多くの人が真っ先に思いつくのが労働基準監督署だろう。
いわゆる「労基署」である。
これは、各都道府県の労働局に所属する、厚生労働省の出先機関で、簡単に言うと労働問題における「警察」のようなものだ。街中で何か事件が起こった時に警察官がやってきて、捜査をしたり逮捕したりできるのと同じように、労働基準監督官(司法警察員)は、職場における違法行為があればそれに関して調査をしたり会社に是正勧告を出したり、場合によっては経営者を逮捕できる権限を持っている。
ただ一方で、労基署は「守備範囲」が狭いという特徴がある。明らかな賃金未払いなど、労働基準法など特定の法律で罰則が定められた範囲でしかその取り締まりができないのだ。パワーハラスメントや「解雇の撤回」などはたとえそれが明らかに違法であっても労基署は手を出せない。
また、労基署は、その「職員の少なさ」もよく指摘されている。労働基準監督官で実際に取り締まりに当たるのは全国に1500人ほどで、東京23区には、たった139人しかいない(2012年)。これは、監督官ひとりが3000事業所を監督しなければならない計算である。そのため、1件1件丁寧に対応することが物理的に難しくなっており、彼らは大企業のような社会的影響の大きい企業の捜査や、確実に立件できる証拠がそろった案件に注力する傾向がある(もちろん、監督官の個性にもよるが)。
さらに、労基署の相談窓口にはこれら監督官が対応せずに、相談員と呼ばれるアルバイトの職員が対応することが多い。運が悪いと、専門知識が不足した担当者に当たることもある。「そういうことはよくあることだからね」などと、適当にあしらわれてしまうケースもあるのが実情だ。
このように、労基署を活用する場合には、自分の抱えている問題が労基署の管轄内なのかを確認したうえで、証拠をしっかり集め、窓口の相談員の対応が悪くてもあきらめずに、何度も足を運ぶことが必要になる。
都道府県の労働相談窓口
国が設置する労基署とは別に、都道府県も相談窓口を設置している。各都道府県の労働局には「総合労働相談コーナー」がおかれていて、東京都では、加えて「東京労働相談情報センター」という相談窓口がある。
ここでは主に「あっせん」という制度を使って、労働問題を解決することができる。「あっせん」とは、労働問題を解決するために、行政(自治体や都道府県労働局)が労使双方の間に入って話し合いの場を設定する制度だ。これにより、立場の弱い労働側も意見が言いやすくなる可能性があり、会社側も、第三者が間に入ることで冷静に話し合いをせざるを得なくなる。
ただし、「あっせん」には決定的な弱点がある。それは法的拘束力がないということだ。そのため、会社側が交渉のテーブルにつくのを拒否すればそれで終わってしまう。
また、ここの相談窓口で対応する行政職員は専門職として採用されておらず、ほかの相談窓口で対応するカウンセラーと比べるとどうしても専門性に乏しくなりがちである。これらの事情から、どうしても「解決水準」が働く側に不利な結果になりがちである。
もちろん、担当者によっては労働法の知識に詳しく、あの手この手を使って企業の違法行為を問いただそうとする職員もいるが、部署移動の結果、「仕方なく」業務をこなしているだけの職員が担当になる可能性もあり、職員間の格差が大きいのが実情である。
弁護士
次に、弁護士だ。
賃金未払い、パワハラ、セクハラ、解雇、労災など、職場で何かおかしいと思った時はたいてい違法行為がある。そのため、法律のスペシャリストである弁護士は当然、相談相手として適切だ。
ただ気をつけなければならないのは、弁護士といっても2種類あるということだ。労働側の弁護士と、経営者側の弁護士である。
経営者側の弁護士は、企業に雇われて、企業法務を行っており、立場上どうしても労働者の利害と対立してしまう。また、労働側の弁護士を謳って広告を大量に売っている弁護士も要注意だ。たくさんの事件を抱えて、「スピード処理」する体質を持っている弁護士事務所では、一件一件を丁寧に扱ってもらえない場合が多い。私はそうした弁護士と契約した労働者から、何度も苦情を聞いたことがある。
また、弁護士で解決する場合、当然争うのは裁判ということになるが、そうなるとネックになるのは時間と費用の問題だ。行政窓口や、多くのユニオンと違って、相談の時点で相談料がかかるし、裁判をするとなると、最終的な解決まで何年もかかってしまう。
これらの事情から、弁護士に相談する時は、経営者側でない、労働者側の弁護士に相談することが前提になる。同時に、費用や丁寧さの面からは、労働側で専門的に活動している「弁護団」に所属している弁護士を探すのが良い。「弁護団」では、弁護士の技能の水準を保つ努力をしているからだ。
具体的に、労働側で信用できる弁護団としては「ブラック企業被害対策弁護団」や「日本労働弁護団」、「過労死弁護団」がお勧めである。弁護団所属の弁護士は、丁寧に事件に対応してくれる上に、費用も良心的な価格設定をしている場合が多い。
さらに、裁判の時間と費用の問題を軽減するために、「労働審判」という略式の裁判のような制度が近年整えられている。
労働審判では、弁護士を代理人として、3回の審理で決着がつくが、専門家同士が話し合うために、極めてスピーディーに話がまとまる。また、通常の裁判結果とは違って、決裂すると法的な強制力はないものの、専門家が出す結論であるから「裁判をやっても同じことになるぞ」と会社側にプレッシャーをかけることは出来るし、実際に労働審判の約7割は和解という形で解決に至っている。労働問題に関して、個人で争う方法としては、現在もっともオーソドックスな方法である(ただし、行政のあっせんと同様に、労働審判は、裁判よりも労働側にとっての解決水準が低い傾向が指摘されている)。
ユニオン(労働組合)
最後に、ユニオンである。ユニオンには労働組合法上の特別な権利があり、個別の労働問題に対しても、解決する法的な能力を持っている。
ただし、ユニオンも弁護士と同じように、解決能力に差がある。
まず、企業の中の労働組合(企業別組合、大企業に多い)は、経営側とつながっていることが多く、相談するとかえって問題が悪化してしまうことも珍しくないので、おすすめは出来ない。
一方で、企業外の地域別労働組合(=ユニオン)も、団体によって解決のノウハウやモチベーションにはかなりのばらつきがあるため、注意が必要だ。
ただ、そうした前提さえクリアすれば、ユニオンは意外と使える。
ユニオンに相談した場合の一般的な流れは次の通りだ。まず、法的関係や労働組合の意義について一通りの説明を受ける。その後、話に納得すると組合に加入して、会社に団体交渉の申し入れをして、問題解決の話し合いをする。
普段の職場では、労使は対等ではない。上司や会社が言うことは、基本的に逆らえないものだ。しかし、団体交渉の場における話し合いは、労使が対等な立場である。
しかも、そうしたユニオンでの交渉は法的に強く守られている。例えば、ユニオンが会社に団体交渉を申し込めば、会社はそれを断ることが出来ない。もし断ったらそれ自体が「不当労働行為」という違法行為になってしまうのである。また、ユニオンに加入したり、団体交渉をしたことを理由に、会社は労働者に不利益な取り扱いをすることもできない。
また、団体交渉は、あくまで「話し合い」であるため、労基署のように労働基準法にしばられることはない。賃金・残業代の未払いはもちろん、パワハラやセクハラを辞めさせたり、解雇の撤回や、最近話題になっている「求人詐欺」についてもその人次第では争うことが出来るのだ。
さらに、ユニオンは「労働協約」という形で、違法行為の是正だけでなく、法律を上回る水準のルールを設けて、労働条件の全社的な改善をも行うことが出来る。
昨年、エステ会社の大手「たかの友梨」でユニオンが労働協約によって会社改善を果たしたが、これについては、こちらの記事を参照してほしい。
自分の労働問題を解決することはもちろん、会社全体を、また業界全体をも改善する特別な権利をもっているのがユニオンなのだ。
おかしいと思ったらまずは相談を
見てきたように、相談窓口には一長一短ある。だが、とにかく、職場で何か問題が発生すれば、専門家に相談したほうがよい。
無理して働きすぎた結果、体を壊したり、うつ病など精神疾患にかかってしまったりしたら、そこから弁護士やユニオンを使って問題を解決しようとしても、それ自体がより大変になってしまうからだ。
また、行動を起こさなくても、相談することで、自分の職場の状況が一般的に見てどんなものなのかを知るだけでもだいぶ気が楽になるだろう。
その際、もし可能であるならば、自分が会社と交わした契約や、普段の働き方の様子が分かる「証拠」を残しておけばより良い。労働条件通知書や、就業規則はもちろん、自分がいつどれだけ働いていたか分かるメモなど何でもいいが、そうした証拠の存在は、その後労基署や弁護士、ユニオンどこに相談するにしても大きな「武器」になってくる。
とにかく、なるべく証拠を残しつつ、おかしいと思ったら、諦めずにまずは専門家に相談。これを徹底がとても大事だ。
ただ、今回紹介した分だけを読んでも、実際に自分の抱える問題がどういう性格のもので、どこが一番適した相談先か判断するのはむずかしいというのが正直なところだろう。「労働側の弁護士」といってもどこが労働側か分からないかもしれない。
そこで、手前味噌ではあるが、私が代表を務めるNPO法人POSSEの紹介をしておきたい。POSSEは年間2000件の労働相談を受け、信頼のおける弁護士やユニオンと連携している。また、証拠固めなど、頻繁に労基署の活用を支援している。
そうしたノウハウを生かし、POSSEでは労働者が抱えるそれぞれの労働問題に応じて、解決するためにはどの相談機関を使えばいいのか、どう使えばいいのかをアドバイスしている。ぜひ活用してほしいと思う。
労働問題の対処マニュアル
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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。