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「マツコの知らない世界」のケーキバイキングでやってはならない5つのこと

東龍グルメジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

「マツコの知らない世界」

2017年10月10日に、TBSの番組「マツコの知らない世界」のスペシャル版で「手羽からあげの世界」「県境の世界」と共に「 スイーツバイキングの世界」が取り上げられていました。

この番組は、マツコ・デラックス氏が、ある世界に人生を捧げたゲストとトークを繰り広げるバラエティ番組です。

「スイーツバイキングの世界」ではスイーツバイキング好きのある方が、お勧めする店に加えて、独自の食べ方や哲学を紹介していましたが、あまり好ましいと思える内容ではありませんでした。

※念のため記しておきますが、その方のことは、もともと存じ上げておらず、個人的な好き嫌いもありません

マツコ氏は所々で気遣ってフォローしていましたが、非常に影響力の大きい番組であり、多くの方が誤解する危惧があるので、指摘したいです。

やってはならないこと

紹介されていた店は、ウェスティンホテル東京「ザ・テラス」とホテルニューオータニ幕張「ザ・ラウンジ」、町場の「スブニール」「フォーシーズンズカフェ」などでした。

私がやってはならないと思うのは、以下の食べ方や考え方です。

  • 同じものばかりを取る
  • 山盛りにする
  • 元をとろうとする
  • 単価が高いものを狙う
  • 苦しくなるまで食べる

同じものばかりを取る

ブッフェは基本的に自由に食べてもよいですが、最低限のマナーはあります。「食べ残さない」「持ち帰らない」「制限時間を守る」はもちろんのことですが、他の客にも迷惑をかけないことも重要です。

VTRでは、その方は、単価が高いということで、シャインマスカットや栗のミルフィーユを一人でたくさん取っていましたが、これは明らかに他の客に迷惑をかけることでしょう。

一人でブッフェ台にあるものを皿一杯に取ってしまうと、ブッフェ台にその食べ物がなくなってしまい、他の客が取ることができません。そうなると、次に補充された時に、またすぐになくなってしまうのではないかと心配し、余計に多く取ってしまうものです。すると、より食べ物がなくなるのが早くなり、負の循環に陥ります。

その方は、番組最後に「Instagram(インスタグラム)で撮るためだけに取って、食べないのはよくない」「取ったら必ず食べなければならない」「食べ残しによって価格が上昇する」と素晴らしいことを述べていました。

しかし、そう考えるのであれば、他の客のことを考えず、一人が同じものを皿いっぱいに取ってしまうことが、食べ残しや価格上昇につながることも考えていただきたいです。

Instagramで撮影するためだけに取って食べ残す人もいますが、それよりも、ブッフェ台が空になるのを心配してたくさん取ってしまう人の方が多いのですから。

ブッフェは本来、多くの種類を少しずつ食べるものであり、少ない種類をたくさん食べる大食い(フードファイト)とは異なります。「バイキング給食」にも利用されるなど、ブッフェが食育にも利用されているのは、自分自身で栄養バランスを考えて何をどう食べるのかを決めて自主性を養うと共に、ブッフェ台で料理を取るという行為において他の人との関わりを慮って協調性を育むためにあるのです。

山盛りにする

「往復する時間がもったいない」ということで、VTRでもスタジオでもケーキを山盛りにして、ぐちゃぐちゃに盛っていたことも残念に思います。ブッフェなのでお代わりしても構いません。最初は適量だけ取って、食べたくなれば、また取りに行けばよいのです。

ケーキが混ざってしまっては、せっかくパティシエが考えた味や見た目が全て壊されてしまいます。スタジオではマカロンを分解して食べていましたが、せっかくパティシエが考えた生地とクリームの組み合わせを台無しにしてしまうのも好ましいとは思えません。

ブッフェでは客自身が作るコーナーもありますが、このマカロンはパティシエが作り上げた完成品なのです。それをあえて分解するのは、ケーキを山盛りにしてしまうのと同様に、スイーツやパティシエに対するリスペクトが不足しているように感じられます。

ブッフェは確かに自由に食べられる食のスタイルですが、作り手や食べ物の尊厳を蔑ろにしてよいのではありません。

元をとろうとする

同番組はいつも新しい発見や気付きを与えてくれるだけに、番組を通して「元をとる」ことが大きな主題となっていたのは、余計に浅い構成であるように思いました。

ブッフェを提供する飲食店に限らず、あらゆる経済活動において、客が元をとれることは決してありません。なぜならば、提供者は慈善事業を行っているわけではなく、利益を上げなければならないので、元がとれるようにするはずはないからです。ガストロノミーのお任せメニューでも、和食店の定食でも、コーヒーショップのアメリカンでも、何を注文しようとも当然のことながら店は利益を上げられるようになっています。

しかし、ブッフェに限っては、元がとれることが注目されるのはなぜでしょうか。一度ホテルなどのブッフェに訪れてもらえれば分かりますが、居心地のよい空間の中で、優に30種類を超える料理やデザートを自由に食べられることは、それだけで価値があることです。しかも、調理技術がしっかりとしたホテルの料理人やパティシエが作ったものが並べられていれば、なお価値があると言えるでしょう。

そのようなブッフェであれば、普通に食事をするだけでまず満足できそうなものです。それにも関わらず、元をとることにばかり注目していると、ブッフェにおける魅力に気付かなくなり、提供者にとっても、利用者にとってもよくない状況に陥ります。

東京ゲームショウ2017「ステーキ事件」は何が問題なのか?で取り上げたように、飲食店は「客をなめてはいけない」ですが、客は「飲食店を儲けさせてよい」のではないでしょうか。

理不尽な「ブッフェで元をとる信仰」は、ブッフェを不毛な数値(お金)にだけ置き換えて、その背景にある本質を損なう、由々しき課題であると考えています。

単価が高いものを狙う

番組内では「支払金額の3倍食べたから満足」という旨のコメントがありましたが、そもそも、食べた金額は正確に計算できません。

ブッフェで並べられている料理やデザートは、アラカルトで提供されているわけではなく、コース料理の構成要素となっているわけでもないからです。

また食べ物の原価は、食材の質や入荷状況に加えて調理の手間に依存するので、客が適切に知ることなどできません。それなのに原価がいくらであるかと考えることに、果たして意味はあるのでしょうか。

自身の好きなものでもなく、パティシエのこだわりのスイーツでもなく、ただ単価が高いと思われるものを食べ続けることは、ブッフェ本来の食べ方や楽しみ方ではないと考えています。

苦しくなるまで食べる

お腹が満ぱんになり、真っすぐに歩けなくなるまで、体重測定では5キロ増えるまで食べています。「限界まで食べる」「辛いのがよい」と述べていますが、ここまで食べて本当に味わえているのでしょうか。辛いと本人が言っており、しかも、飲むように食べている様子を見ると、とても味を分かっているようには思えません。

ブッフェでなくても、このように食べているのでしょうか。もしもこれがブッフェだけであれば、作り手や食べ物に対して尊敬の念を抱いていないのでしょう。少なくとも、作り手はこのように食べているのを見て嬉しいと思うはずはありません。

苦しくなるまで食べず、適量を食べれば、店のコストも抑えられます。最後までおいしく味わって食べてもらいたいものです。

ブッフェの本質

私が考えるブッフェの本質は以下の通りです。

ブッフェの本質は、お腹を一杯に満たせる食べ放題や大食いという側面にはありません。通常の食事では決して体験することができない非日常感にこそ、ブッフェの本質が宿っています。これは、ブッフェのもととなった北欧料理のスモーガスボードと同じです。

食べ放題や大食いをしたいのであれば、黒毛和牛でも蟹でも、店で購入してきて、自宅で作って食べるのが最も安上がりであることに間違いはありません。

一流の料理を定額で好きなだけ味わえること、美しいプレゼンテーションや迫力ある実演によって五感で楽しめること、そして自分らしく食べられ、自然体でいられることから、他にはない唯一の食のスタイルとして、多くの人々を惹きつけているのではないでしょうか。

食事のバランスや量を自分で考えながら食べるというスタイルにより、自主性や協調性が養われるため、バイキング給食として用いられるなど、食育にも注目されています。自身に最適な分量を食べることによって健康的になり、食べ残しを減らすことができて地球にも優しいのです。

「スイーツバイキングの世界」なのか

テレビには必ず演出が必要であることは承知していますが、今回については、少し盛り過ぎであると思います。

その方は、ウェスティンホテル東京「ザ・テラス」にのべ70~80回という驚異的な回数訪れていると述べていました。

フェアは通常2~3ヶ月毎に替わりますが、好きな方はほぼ毎月訪れるので、毎月訪れていたとしましょう。しかし、毎月訪れていたとしても、7年もかかるのです。

2016年2月に会社を辞め、会社勤めをしている間は、平日のケーキバイキングにあまり行けなかったと述べています。では、そうすると、平日限定の「ザ・テラス」のスイーツブッフェにはどれくらいのペースで訪れていたのでしょうか。

私の周りにもスイーツブッフェマニアがいますが、相当の「ザ・テラス」ファンの方でも訪れているのはせいぜい50回程度です。

また「マカロンは普通はない」と述べていますが、今ではホテルでも町場でも、スイーツブッフェでマカロンが置かれているのは珍しくありません。

こういった疑念を経て、私が述べたいことはこちらです。

テレビなので演出があることは仕方ありません。しかし、「スイーツバイキングの世界」をよく知る人として番組に出演している方が、本当にどれだけ「スイーツバイキングの世界」を知り、そしてその未来を考えているのか、とても残念に思うのです。またそのような主旨で番組が製作されたことに疑問も抱きます。

「スイーツバイキングの世界」とは

番組内で紹介されていた食べ方は、あまり上品ではありませんし、普通の常識からも逸脱しているので、普通の方であれば、あまり真似できるものではないでしょう。しかし、テレビは影響力が大きいので、「スイーツバイキングの世界」がこうであると思われると非常によくないと危惧しています。

ブッフェで「元をとる」という切り口は、もはや古くて下品なものでしょう。食品ロスの問題もあるので、無理に取ろうとすることも推奨されませんし、客が食べたくないものを苦しくなるまでお腹に詰め込むことによって、店のコストが増え、食材の質が下がったり、種類数が減ったりしたのでは、誰も得をしません。

マツコ氏が随所でツッコミを入れていたのが唯一の救いとなっていますが、今回はあくまでも「大食いの世界」「フードファイトの世界」であり、「スイーツバイキングの世界」ではないことを是非とも知っていただきたいと考えています。

「マツコの知らない世界」のケーキバイキング炎上を通して伝えたい3つの違いで追記や補足があります

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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