コレステロールを下げても脳出血は増えない!【エビデンスで俗説を切る】
世にまかり通る無責任な言説
「コレステロールを下げると脳出血が増える!だから薬は飲むな!」そんな記事を見たことがありませんか?でもこれはおそらく筆者の思い込みだけで書かれています。というのも医学的事実(エビデンス)は、それを否定しているからです。今回はそんな話をご紹介します。
「脳出血が増える!」派の理論は大体以下の通りです。
- コレステロールは細胞膜形成に欠かせない重要な物質
- なので足りなくなると血管壁が脆くなり、出血の危険性が高まる
- 事実、コレステロール値の低い人では脳出血が高いというデータがある
- だからコレステロールを下げてはいけない
はい、3まではおっしゃる通りです。栄養状態が悪い、あるいは衰弱してきちんと食事が取れないような人たちでは当然コレステロール値は低くなりますし、血管も脆くなるでしょう。脳出血が増えても不思議はありません。つまり「低コレステロール」は低栄養の「マーカー」。悪さをしているのは「低栄養」がメインなのです。
でも「高すぎるコレステロールを下げる」のはまったく別の話です。
高LDL-C血症放置で心筋梗塞のリスクは3.6倍
コレステロールについて簡単におさらいしておきましょう。コレステロールには大きく分けて「悪玉コレステロール」と「善玉コレステロール」があります。ちなみに実は、どちらもコレステロールとしてはまったく同じで「乗っている舟」が違うだけです。
それはさておき、悪玉コレステロールと呼ばれるLDLコレステロール(LDL-C)。日本では現在、このLDL-C値が「140mg/dL」以上で「高LDL-C血症」と診断されます(日本動脈硬化学会ガイドライン22ページ [PDF])。高LDL-C血症は自覚症状こそありませんが、放っておくと血管が詰まり、血流は途絶。その先の細胞は酸素 [血流] が来なくなって細胞レベルの窒息死/壊死の危機にさらされます。これが心臓の壁で起きれば心筋梗塞、脳ならば脳梗塞です。
では高LDL-C血症でどれほどリスクは高くなるのでしょう?日本人を対象とした研究論文(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語] )では、LDL-Cが「140mg/dL以上(高LDL-C血症)」だと「80mg/dL未満」に比べ、心筋梗塞のリスクは3.8倍に跳ね上がっていました。心筋梗塞や脳梗塞を発症したことのない8000人強をおよそ20年間観察した結果です。
このように高LDL-C血症は心筋梗塞や脳梗塞のリスクを上げるため、生活習慣を改善してもLDL-Cが下がらない場合、ドクターはコレステロールを下げる薬を出します。最初は大抵「スタチン」と呼ばれる薬です。日本人研究者が合成に成功し、今では世界中で服用されています。
ではスタチンは脳出血を増やすのでしょうか?答えは「否」。オランダと日本のデータを紹介します。
スタチンを飲んでいる人たちの方が脳出血を起こしたリスクは低かった
最新の研究はオランダから。米国神経学会が刊行する学術誌「神経学(Neurology)」が'公開しました(Neurology誌ウェブサイト [英語] )。著者はオーデンセ大学病院(デンマーク)の勤務医Nils Jensen Boe氏ら。22年12月7日報告の最新情報です。
解析対象になったのは、55歳以上で脳出血を初めて発症した2100人と、年齢・性別をそろえた脳出血非発症8万6000人。全員でスタチン服用の有無を調べ、脳出血との関連を検討しました。
その結果、スタチンを飲んでいる人の方が、飲んでいない人に比べ、脳出血を発症した確率は15%ほど低値だったのです。さらにスタチンは長い期間飲んでいる人ほど、脳出血を発症した確率は低くなっていました。
日本人がスタチンを飲んでも脳出血は増えなかった
日本人でも同じようなデータが、MEGAという名の臨床試験から報告されています(米国国立医学図書館ウェブサイト [英語] )。こちらは少し古くて2006年の論文。載ったのは臨床医学では四天王に数えられる学術誌「ランセット」でした。
この研究では、心筋梗塞や脳卒中を発症したことのない日本人約4000人をくじ引き*で、スタチンを飲む群と飲まない群に分け、約5年間観察しています。それだけ長期に観察しても、スタチン服用群と非服用群の脳出血発症率に差はありませんでした。
まとめ
いかがでしたか?少なくともフツーにスタチンを飲んでいる限り、脳出血のリスクは増えないというのが医学的事実(エビデンス)でした。人間が考えた「こうなるはずだ」という理屈を嘲笑うように裏切るのが生体の凄さであり、医学の怖さ。いつもエビデンスを念頭におきたいものです。
しかしもちろん、スタチンを飲み始めて何か異変を感じたら、ドクターや看護師さん、薬剤師さんに相談しましょう。
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【注意】本記事は最新の医学論文についての紹介あり、論文や研究結果の内容はあくまでも「論文筆者」の見解です。また論文の解釈は論者により異なる可能性もあります。あくまでもご自身の見解形成の参考としてお読みください。