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ウクライナに新大統領が誕生―危機を脱出できるのか

増谷栄一The US-Euro Economic File代表
ウクライナの新大統領に就任したポロシェンコ氏=大統領府サイトより
ウクライナの新大統領に就任したポロシェンコ氏=大統領府サイトより

ロシアとの軍事衝突の危機に直面している旧ソ連のウクライナは5月25日、1991年の独立以来という、今後の国家の命運を決める重大な大統領選挙を実施した。その結果は大方の予想通り、新興財閥のペトロ・ポロシェンコ氏が勝利した。果たしてウクライナは新大統領の下で危機を脱することができるのだろうか。

ポロシェンコ氏は2007年からウクライナ中央銀行(NBU)評議会総裁も務めた欧米寄りの財界の大物として知られる。選挙前からEU(欧州連合)加盟を目指す一方で、ウクライナ東部2州(ドネツクとルガンスク)の親ロシア派分離主義者を武力行使で制圧するという厳しい対応を約束していた。しかし、英紙フィナンシャル・タイムズのロマン・オレアルチュク記者らは5月21日付電子版で、「ロシア政府筋もポロシェンコ氏は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領との交渉に積極的に応じる人物と見ている。当初、ウクライナの大統領選挙は違法と強く批判していたロシアだが、ポロシェンコ氏が大統領選で最有力候補となるや、その批判も弱めたほど。ポロシェンコ氏はウクライナ危機を終わらせる希望を与えてくれる人物だ」と高評価だ。

欧州の経済界でもウクライナは大統領選を分岐点として、国内の親欧米派と親ロシア派の武力衝突から国際対話に発展すると見る。5月22日にロシアのサンクトペテルブルクで開かれた国際経済フォーラムで、ロシアと英国の商工会議所の親睦団体の代表を務めるロジャー・マニングス氏は、「ウクライナの大統領選後に、紛争当事者同士が話し合いのテーブルにつき未来に向けた建設的な対話が開始されるだろう。ロシアと西側陣営が一緒になってウクライナ国内の政治紛争の解決を助けることが可能になる」と期待を寄せる。

しかし、ロシア側の見方はそれほど楽観的ではない。ロイター通信のウラジーミル・ソルダトキン記者らは5月20日付電子版で、「ロシア政府の幹部は大統領選後もウクライナ東部で親ロシア派住民に対しウクライナ政府が軍事力を行使し続けた場合、大統領選挙の結果は認めないと豪語している。ロシアはウクライナ東部のロシア語圏に、より大きな自治圏を与える憲法改正を望んでおり、ロシア外務省は東部での軍事力行使は紛争解決に向けたあらゆる努力を台無しにするとけん制し続けている」という。

ロシアのグリゴリー・カラシン外務次官もロイターの5月20日付電子版で、「西側のOSCE(欧州安全保障協力機構)が大統領選後のウクライナの紛争解決のロードマップ(行動計画)を策定し、先のロシアとウクライナ、米国、EUのジュネーブ合意に基づいて、ウクライナ新政府が東部地域の自治権拡大の憲法改正を進めるかにかかっている」と指摘する。

ロシアのドミトリー・メドベージェフ首相も米経済通信社ブルームバーグの5月20日付インタビュー(電子版)で、「我々も西側陣営による対ロシア制裁への対抗措置を準備している。第2の東西冷戦に向かってゆっくりだが、着実に進んでいる」とし、「米国とEUはウクライナに干渉しないこと、また、NATO(北大西洋条約機構)にウクライナを加盟させないことを約束すべき」と主張したが、ウクライナ東部のドネツクとルガンスクの将来のロシア編入の可能性は否定していない。ただ、ロシア問題の専門家の一人で英国の王立国際問題研究所のボボ・ロー氏は、「第2の東西冷戦というが、今のロシアは旧ソ連時代に比べてはるかに弱いのでイデオロギー的にも地勢学的にも数十年にわたって東西両陣営に分断されることはありえない。ウクライナ経済をどう発展させるかをめぐっては欧米とロシアでは根本的に意見が違うので、そうすぐには解決できるほど楽観的な問題ではない」とする。

フィンランド化も一策か

一方、米ワシントン・ポストの著名なコラムニスト(外交問題専門)、デイビッド・イグナティウス氏は5月21日の電子版で、「ウクライナは、東西冷戦時代に非同盟中立主義を守って領土と経済の主権を維持することに成功したフィンランドの事例を踏襲すれば、ウクライナは国内の政治危機を脱することができる」と主張。また、同氏は、「プーチン大統領が武力行使に出ないのは、武力でウクライナをロシアに編入するよりも、大統領選挙でポロシェンコ氏が当選すれば、ウクライナがフィンランド化する可能性が高く、ウクライナがNATOやEUに加盟するといった懸念も払しょくできると見たからだ」と分析する。さらに、「オバマ米大統領にとってもフィンランド化は、武力行使を避け弱腰外交と揶揄された外交戦略が成功した証にもなる。ロシアや欧米にとってウクライナのフィンランド化は両陣営が満足できるだろう」という。 (了)

The US-Euro Economic File代表

英字紙ジャパン・タイムズや日経新聞、米経済通信社ブリッジニュース、米ダウ・ジョーンズ、AFX通信社、トムソン・ファイナンシャル(現在のトムソン・ロイター)など日米のメディアで経済報道に従事。NYやワシントン、ロンドンに駐在し、日米欧の経済ニュースをカバー。毎日新聞の週刊誌「エコノミスト」に23年3月まで15年間執筆、現在は金融情報サイト「ウエルスアドバイザー」(旧モーニングスター)で執筆中。著書は「昭和小史・北炭夕張炭鉱の悲劇」(彩流社)や「アメリカ社会を動かすマネー:9つの論考」(三和書籍)など。

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