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「尹錫悦政権を全滅させる!」「金正恩発言」に韓国メディアは保守系も進歩系も一斉に反発

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
朝鮮戦争休戦協定69周年記念式典で演説する金正恩総書記(労働新聞から)

 北朝鮮は1953年7月27日の休戦協定日を「戦勝記念日」と称しているが、金正恩(キム・ジョンウン)総書記はその69周年の式典(28日)での演説で久しぶりに米韓について言及した。ところが、その口調は終始一貫、激しいものであった。特に尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権に対しては辛辣で、容赦してなかった。

 金総書記は米国のバイデン政権に対しては「米帝の傲慢さは昔も今も変わらない」と、相変わらず対米不信を露わにしていたが、それでも「米国が引き続き我が国のイメージを傷つけ、我々の安全と根本的利益を甚だしく侵害しようとするならば、必ずより大きな不安と危機を甘受せざるを得なくなるだろう」との発言に留まっていた。しかし、尹錫悦政権については最も激しい言葉を浴びせていた。幾つか挙げてみる。

 ▲尹政権は歴代のどの保守政権をもしのぐ極悪非道な同族対決政策と事大主義的売国行為を追求し、朝鮮半島の情勢を戦争瀬戸際に追いやっている。また、我が政権と軍隊を「主敵」と定め、同族対決状況に備えるという余計な恐怖にかられて悪態を並べ立て、あらゆる悪事を働いている。

 ▲「力による平和」と「力による安保」を公然と唱え、我が国家の戦争抑止力を無力化させる「先制打撃」も辞さないとうそぶいているが、虚勢を張る発言や様々な醜態は核保有国の目と鼻の先で生存しなければならない宿命的な不安感から出たものだ。

 ▲虚勢じみた発言が自分らの国民には信頼できる鉄桶の安保体制と先進軍事力に認識され、慰めになるかもしれないが、私にはなすすべを知らず戦々恐々としているぶざまな格好にしか見えない。

 ▲尹政権と軍部のごろつきが我々との軍事的対決を企み、ある種の特定の軍事的手段や方法に頼って先制的に我々の軍事力の一部分を無力化し、破壊することができると思うならばとんでもない!そのような危険な企図は即刻強力な力によって膺懲されるだろうし、尹錫悦政権と彼の軍隊は全滅するだろう。

 ▲我々は尹錫悦が執権前と執権後の様々な契機に吐いた妄言や醜態をはっきり覚えている。また、南朝鮮(韓国)の軍部ごろつきが最近吐き出した分別のない放言も聞いているし、米国と共に行う注目すべき軍事的行動を一つも見逃さず注視している。これ以上、尹錫悦とその軍事ごろつきが演ずる醜態と虚勢ぶりを黙って座視するわけにはいかない。

 ▲最も危険な俎上の大統領、最も大きな危険に晒された政権という指弾を避けようとするならより熟考し、口先より頭をもっと使うべきであり、時を選ばず我々に言い掛かりをつけようとせず、一番よいのは一切われわれを相手にしない方が上策だろう。

 では、この金総書記の発言を韓国ではどう受け止めているのだろうか?韓国紙の社説からみてみる。

 保守系では「東亜日報」と「世界日報」それに「ソウル経済」の3紙が扱っているが、最大手紙「東亜日報」は「『尹政権全滅」の言葉爆弾・・・『同盟の力』を毅然と見せつけるべき」との見出しを掲げ、以下のように論じていた。

 「韓国の政権交代の度にいつもそうであったように今回も北朝鮮は南北関係を『強対強』の対決局面に引きずり込み、今後の情勢の主導権を握る魂胆のようだ。(中略)政府は北朝鮮の脅威に対抗し、我々の強さを毅然として示す必要がある。最悪の軍事的挑発まで鑑み、米韓同盟の拡大抑止実行力を誇示する一方で3軸体制などの我が軍の対応力を再点検し、防衛態勢を一層強化しなければならない。加えて我々は北朝鮮に対話の扉を開けたままにし、柔軟なアプローチも模索すべきである。尹大統領は8.15光復節(解放記念日)に北朝鮮に提示する『大胆な提案』を準備していると報じられている。『力による平和』は国際社会との緊密な協力の下で金正恩に挑発を断念させ、対話に誘導する外交努力を伴わなければならない」

「世界日報」「金正恩 尹政権発足後初の韓米威嚇・・・高強度挑発の名分探し」の見出しの下、以下のように書いていた。

 「北朝鮮がいつまでも『瀬戸際戦術』を使い続けるのは残念で、イライラさせられる。尹政権を直接非難し、強い敵対感を表した。大統領の敬称も省き、『尹錫悦と軍部ごろつき』と呼び、『醜態と客気』など妄言に近い、どぎつい言葉を投げかけていた。度が過ぎた無礼な発言である。(中略)金委員長の『言葉爆弾』は国際社会の対北制裁、新型コロナウイルス感染症危機、豪雨被害など悪化一途を辿っている北朝鮮の経済状況を考慮すると、国内の不満を外に逸らそうとする狙いのようだ。来月に予定されている韓米共同演習を控え、第7回核実験など追加挑発の名分探しとの分析もある。北朝鮮のこうした強硬姿勢は無謀極まりない。韓国、米国、日本はシンガポールでのアジア安全保障会議で3カ国間のミサイル警報・探知・追跡訓練の定例化に合意している。2018年以降適切に実施されていなかった軍事演習を軌道に乗せることにもしている。3カ国共助はこれ以上、北朝鮮の挑発を座視しないことを意味する。軍事的挑発に強硬一辺倒で対応するのは上策ではないが、『北朝鮮が挑発すれば、必ず代償を払う』との明確なメッセージを送る時が来た。前政権のように相手の顔色をうかがい、ペコペコすべきではない」

「ソウル経済」「北 『尹政権全滅』脅迫・・・抑止力強化が答えだ」の見出しの下、以下のように主張していた。

 「金正恩国務委員長が尹政権に対して『膺懲』や『全滅』などの言葉爆弾を投げつけて脅した。北朝鮮が南北対立の責任を韓国と米国に移譲するのは盗人猛猛しい。(中略)政府は北朝鮮と中国の挟み撃ちに巻き込まれてはならない。文在寅(ムン・ジェイン)政権を反面教師として、対北偏重や中国のご機嫌をうかがう外交を止め、強固な韓米同盟を基盤に北朝鮮に対する抑止力の強化を急ぐべきだ。北朝鮮の核・ミサイル挑発に対応するため先制攻撃、迎撃、大量報復を含む3軸体制の確立など自主国防力の強化に速度を上げるべきだ。同時にバイデン政権と緊密に協議し、朝鮮半島での米国の戦略資産の迅速な展開や核の傘の提供など具体的な行動計画を策定すべきである」

 一方、文在寅 政権時に北朝鮮に比較的に融和な論調を掲げていたことで知られる「ハンギョレ新聞」と「京郷新聞」それに「ソウル新聞」も社説を掲げていたので、以下、主要部分を抜粋してみる。

「ハンギョレ新聞」(「『全滅』まで口にした金正恩、事態を悪化させるだけだ」)

 「金正恩委員長は尹政権の北朝鮮政策や韓米同盟の強化を「全滅」などの厳しい言葉で脅した。尹政権発足後初めて金委員長が自ら明らかにした立場が敵対的な言辞で溢れたことは非常に残念だ。南北関係の破局を憂慮せざるを得ない。国際秩序が不安定な中、朝鮮半島の安定を管理するための政府の冷静かつ丁寧な対応が必要だ」

 「朝鮮半島情勢はロシアのウクライナ侵攻や台湾をめぐる米中紛争と絡み合っており、政府は不安定な状況を管理し、衝突を未然に防ぎ、長期的には非核化対話の復活を推し進めていく精巧な戦略と慎重な対応が重要だ。北朝鮮の最高指導者は、暴言に近い南に対す脅迫が紛争と軍拡競争を加速させ、新型コロナウイルスと経済に苦しんでいる北朝鮮の人々の生活にまったく役に立たないことを熟考してもらいたい」

「京郷新聞」(「朝鮮半島の緊張の波を高める金正恩の『尹政権全滅』威嚇」)

 「北朝鮮の指導者が韓国新政権発足後3カ月経った時点での好戦的な発言は朝鮮半島の平和と安定にとって望ましくない」

 「尹大統領は大統領候補時に「核でやられた後に報復して何の意味があるのか」と北朝鮮への先制攻撃を言及したことがあるが、当選後はそんなことは言わなくなった。先例からみても、北朝鮮の指導者が韓国の新大統領を評価するのは時期尚早だ。それにもかかわらず金委員長があたかもすべての判断を終えたかのように強硬な言葉を断定的に使ったのは残念である」

 「政府は制御装置のない朝鮮半島の緊張が高まる状況をこのまま放置してはならない。『強対強』が対決に至らないよう状況管理に万全を期す必要がある。尹大統領は先月のNATO訪問の際に北朝鮮に対する強い制裁強化を通じて非核化に導く必要性を強調していた。しかし、制裁レベルを引き上げるだけの方法では朝鮮半島の緊張を緩和し、北朝鮮を究極の非核化への道に導く可能性は低い」

ソウル新聞(「北朝鮮『全滅』云々の敵対行為を止め、南北創生を考えよ」)

 「金正恩国務委員長は尹政権に対して『全滅』や『報復』などの厳しい言葉を使い、軍事的緊張をエスカレートさせている」

 「軍部ごろつき」などの金委員長の厳しい発言は、一国の指導者より劣る「言葉爆弾」に他ならない。北朝鮮が1953年7月27日の休戦記念日を戦前の祝日として祝っていることを考えると、国民の団結を狙った強硬発言かもしれないが、北朝鮮政権の好戦性をフィルターをかけずに国際社会にアピールするものだ。韓国や米国に対する直接的な核の脅威はなかったが、『核戦争抑止力』などの引用は間接的な脅威である」

 「金委員長の発言の水準を考え8月22日22日に始まる大規模な韓米共同演習の前後に弾道ミサイル発射を挑発するなど、朝鮮半島における軍事的緊張が高まる可能性が高まっている。政府は最悪の事態を想定し、安全対策を講じるべきだが、様々なチャネルを通じて対話の扉を開き、南北のウィンウィンの道を探るべきだ」

(参考資料:第2次朝鮮戦争勃発に向けて時計の針が動いた!(1))

(参考資料:第2次朝鮮戦争勃発に向けて時計の針が動いた!(2))

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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