Yahoo!ニュース

「ノルマンディー上陸作戦」開始時の兵力の3分の1が投入されたロシアの「クルスク奪還作戦」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
軍事パレードで行進する北朝鮮特殊作戦部隊(労働新聞から)

 ウクライナから手を引くことを公言していた米国のトランプ前大統領が大統領選挙で当選し、復権したのと時を合わせてウクライナ戦線が動き始めた。

 昨日(11日)、ウクライナ軍が一部地域を占領しているロシア西部クルスク州で大規模の戦闘が始まった。ロシアがクルスクに5万の兵力を集結させ、大規模攻撃を仕掛けたからだ。

 それにしても5万人とはもの凄い数だ。第2次世界大戦で連合軍の勝利を決定づけた「ノルマンディー上陸作戦」の初日に動員された兵力15万人の3分1に匹敵する。

 ウクライナのゼレンスキー大統領は昨日、「我が軍が5万人近い敵軍を防止している」と述べる一方で、NATO(北大西洋条約機構)に緊急支援を要請するなど危機感を露わにしていたが、果たしてどこまで持ちこたえられるか、NATOを含め国際社会は固唾を呑んで見守っている。

 ロシアの「クルスク奪還作戦」に動員された兵力の中には北朝鮮から派兵された兵士1万人も含まれていると伝えられている。実際にウクライナ軍と対峙する前線に投入されたのか、それとも後方に配備され、後方支援をしているのかはまだ確認されていない。仮に前線でウクライナ軍と交戦しているならば、生け捕りされた兵士によって北朝鮮派兵の実態が明らかにされるのも時間の問題である。

 ロシアが攻撃を開始した11日はプーチン大統領が9日に署名した「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」に金正恩(キム・ジョンウン)総書記が署名した日でもある。このことを伝えた今朝の「労働新聞」は「条約は批准書が交換された日から効力を持つ」と報じていた。

 両首脳が署名した批准書の交換はまだのようだ。まだ交換されていなければ、「双方のいずれか一方が個別的な国または複数の国から武力侵攻を受けて戦争状態に陥る場合、相手方は遅滞なく自己が保有しているすべての手段で軍事的およびその他の援助を提供する」条約(第4条)に基づく北朝鮮の戦闘行為は明らかにフライングである。

 「5万人の動員」は明らかにロシアがウクライナ戦の早期決着を図っていることの証である。プーチン大統領は早期停戦を促しているトランプ次期大統領が来年1月25日に就任するまでに最大で1300平方キロメートルまで侵入したウクライナ軍をクルスクから追い出し、逆に不当に占領したウクライナの領土の実効支配をさらに強固にする腹積もりのようだ。

 しかし、ウクライナ軍の徹底抗戦で激戦となれば、当然、兵力をさらに増員せざるを得ない。そこで頼りになるのが「人材ポンプ」の北朝鮮である。北朝鮮の正規軍は110万から120万人と言われている。ベラルーシ軍の25倍、韓国軍の2倍で、いくらでも送り出すことができる。

 ウクライナや米韓当局の推定では現在、北朝鮮の派兵数は「暴風軍団」と称される特殊作戦部隊を含め1万~1万2千人程度で、表向きは北朝鮮の派兵は「露朝包括的戦略パートナーシップ条約」に基づきロシアの領土を防御することが大義名分とされている。従って、条約通りならば、北朝鮮兵士の戦闘地域はロシア領内に限定されなければならない。

 その一方でロシアが侵攻し、実効支配したウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州は親ロシア派が「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の樹立を宣言し、北朝鮮は一昨年7月に両国の独立を承認し、外交関係を樹立しているので両国の要請を受ける形で破壊されたインフラ施設の復旧を名目に軍後方総局所属の軍人や「治安維持部隊」の派遣もあり得る。そうなれば、この地域での戦闘も避けられない。北朝鮮のドネツク州とルガンスク州への「労働兵力」の派遣と駐屯はロシアの実行支配を一層強固にすることになるであろう。

 金総書記は「平壌はモスクワと共にいる」と、何度もプーチン大統領にエールを送り、今月訪露した崔善姫(チェ・ソンヒ)外相はラブロフ外相との会談の席で「ロシアが勝利することを信じて疑わない。ロシアが勝利する日までロシアを支援する」ことを公言していたが、北朝鮮の過去の「参戦歴」をみれば、リップサービスでないことがわかる。北朝鮮は一度支援に踏み切れば、最後までそれも勝利を見るまで軍事支援を続けている。

 例えば、ベトナム戦争(1965年―75年)ではホーチミン主席の要請を受け、北朝鮮は1966年10月の労働党代表者会議で参戦を決定し、小銃10万丁と軍服10万着の無償提供の他、空軍戦闘部隊、心理戦部隊、特殊戦部隊、高射砲及び工兵部隊を派遣していた。

ベトナム戦争で戦死した北朝鮮空軍兵士の碑石(JPニュース)
ベトナム戦争で戦死した北朝鮮空軍兵士の碑石(JPニュース)

 特殊戦部隊は1967年に1千人が派遣されたのを皮切りに1968年には正規軍大隊が追加され、1970年の時点で2個大隊に膨れ上がった。特殊戦部隊は北ベトナムが軍事的勝利を収める1975年までベトナムに駐留していた。

 空軍戦闘部隊はミグ戦闘機30機及びパイロット87人送り込み、米軍と空中戦を演じ、米軍の戦闘機24機を撃墜している。これら空中戦で14人の戦死者が出たが、ベトナムには戦死した北朝鮮パイロットの慰霊碑が建てられている。

 また、エジプトがイスラエルに占領された領土の奪回を目指し、シリアと共にイスラエル攻撃を開始した第4次中東戦争(1973年10月6日―23日)では北朝鮮は作戦部門,工兵部門、特殊戦部門、通信部門、空軍部門、防空航空部門の軍事顧問団を派遣し、エジプト軍に戦略戦術を授けていた。

第4次中東戦争でエジプト軍人らと写真に収まる北朝鮮空軍兵士ら(JPニュース)
第4次中東戦争でエジプト軍人らと写真に収まる北朝鮮空軍兵士ら(JPニュース)

 空軍の場合、パイロットが直接戦闘に加わり、イスラエル軍と空中戦まで演じていた。金正日(キム・ジョンイル)政権下で軍No.1の軍総政治局長の座にあった故・趙明録(チョ・ミョンノク)元帥(元空軍司令官)はこの時、空軍兵士として参戦していた。エジプト軍は惨敗した第3次戦争までとは異なり第4次では予想外に善戦したが、その裏には北朝鮮軍の存在があったことは歴史の秘密となっている。

 「ノルマンディー上陸作戦」は米英を軸とした連合軍がイタリアの独裁者、ムッソリニーと同盟を結んだヒトラーのナチドイツが占領したフランスのノルマンディーを解放する作戦を指すが、仮にNATO諸国が北朝鮮の派兵を理由にウクライナに援軍を送り、参戦すれば、それこそ第3次世界大戦に発展する恐れも出てくるが、プーチン大統領も金正恩総書記も「トランプ復権」でその可能性はなくなったと踏んでいるようだ。

 「ノルマンディー上陸作戦」は1960年代に西部劇の大スター、ジョン・ウェインら欧米の豪華キャストが総出演し、「史上最大の作戦」のタイトルで映画化され、大ヒットしたが、映画で見る限り、実に凄まじい、悲惨な肉弾戦争であった。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

「辺真一のマル秘レポート」

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

テレビ、ラジオ、新聞、雑誌ではなかなか語ることのできない日本を取り巻く国際情勢、特に日中、日露、日韓、日朝関係を軸とするアジア情勢、さらには朝鮮半島の動向に関する知られざる情報を提供し、かつ日本の安全、平和の観点から論じます。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

辺真一の最近の記事