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狭まる欧米の対北朝鮮人権包囲網 「金正恩指名手配」ビラから「囚人」ポスターまで登場

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
北朝鮮ジュネーブ代表部の門に貼られた金総書記を描いたポスター(PSCORE配信)

 北朝鮮の人権問題を巡り、ジュネーブの国連事務所で先週(11月7日)、欧米など関係国と北朝鮮との間で激しいバトルがあった。

 この日は北朝鮮の人権状況に関する定例の検討が行われたが、発言に立った米国やドイツ、アイスランド、オーストラリア、アルバニアなど各国代表は北朝鮮の言論弾圧や政治犯収容所や人身売買などを取り上げ、北朝鮮の人権抑圧を厳しく追及していた。

 各国の非難に対して北朝鮮は本国から派遣された中央裁判所の朴光虎(パク・クァンホ)局長が証言に立ち、人権侵害を全面否認し、「人権擁護の体裁のよい看板の下で尊厳ある我が国のイメージをダウンさせ、我々の思想と体制を崩そうとする不純な目的から発した政治的挑発行為である」と、猛反発していた。

 これまでも各国から提起された勧告は順守が強制されないことや履行しなくても罰則がないため常に言葉の応酬で終わっている。実際に人権問題を担当する国連総会第3委員会は2005年から毎年北朝鮮の人権侵害を非難する決議案を採択しているが、何の法的拘束力もないため北朝鮮は一度たりとも勧告に応じたことがない。国連決議が有名無実化、形骸化しているのが実情である。

 国際司法裁判所(ICJ)への付託及び責任者の処罰勧告も2014年に賛成116、反対20、棄権53か国の圧倒的な差で採択されて以来、これも今もって実行に移されていない。北朝鮮がICJの加盟国でないため「北朝鮮最高指導者に関する管轄権を持っていない」ということと、安保理が正式な議題として取り上げられることに中露が反対し、拒否権を行使しているからだ。

 今回、韓国の尹聖徳(ユン・ソンドク)代表(駐ジュネーブ大使)は北朝鮮の対露派兵を取り上げ、「これは人権侵害に該当する」と問題視していたが、ICJと違って、個人を提訴できるICC(国際刑事裁判所)はプーチン大統領をロシアによるウクライナ侵攻をめぐり戦争犯罪に関与した容疑で逮捕状を出した。

 ウクライナや欧米の一部の国では北朝鮮のロシアへの派兵はロシアの侵略戦争に加担するものであることから金総書記を「共犯」として「戦争犯罪人」として裁くべきとの声が上がっているが、仮に北朝鮮兵士らがロシア領であるクルスク州内の戦闘に限定せず、ウクライナに越境、侵攻するようなことになれば、金総書記もプーチン大統領同様にICCで裁かれることになりかねない。仮にICCが法廷で裁くため金総書記を国際的に指名手配すれば、金総書記は外遊ができなくなる。外遊先で身柄を拘束される恐れもでてくる。

 それにしても、脱北団体や国際人権団体による北朝鮮人権批判は勢いを増しており、とりわけ金総書記個人をターゲットにした批判活動も一段と強まっている。それに合わせて国際社会の関心も年々高まっている。

 確か、トランプ政権下の2016年8月には脱北団体が金総書記の首に5千万ドルの懸賞金を賭けたビラを作成し、約10万枚を袋に詰め、風船に縛り付けて北朝鮮に向けて飛ばしたことがあった。ビラには「懸賞手配 懸賞金:米国金5千万ドル(US弗50,000,000)罪名は殺人、人民迫害(人権蹂躙)」と印字されていた。

脱北団体が2016年に北朝鮮に散布した「指名手配ビラ」(JPニュースから)
脱北団体が2016年に北朝鮮に散布した「指名手配ビラ」(JPニュースから)

 また、2020年にはマレーシアの空港で起きた金総書記の異母兄・金正男(キム・ジョンナム)氏の暗殺事件を扱った米国のドキュメンタリー映画「私は金正男を殺してない」(韓国では2018年8月に「暗殺者たち(Assassins)」タイトルで公開)が製作され、封切られた。

 さらに、3年前の2021年7月には「Netflix」で歴代の独裁者を扱った「暴君になる方法」と題するTVドキュメンタリーが放映され、金正恩総書記も悪名高いドイツのアドルフ・ヒトラーやソ連(現ロシア)のヨシフ・スターリンらと混じって登場していた。

 今年も尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権が北朝鮮の人権問題に力を入れていることもあってシンポジウムの開催など北朝鮮の人権侵害を告発する様々なイベントが活発に行われているが、今、最も話題を呼んでいるのは北朝鮮の駐ジュネーブ代表部の正門に貼り付けられた囚人服を着て牢屋にいる金総書記を描いたポスターである。

 このポスターは北朝鮮人権問題を扱っている民間団体「PSCORE」が韓国の広告会社(李ジェソク広告研究所)に委託して作成したものであるが、ポスターには「一人を拘束すれば、数百万の人が解放される」という意味の言葉が英語で書かれてあり、ジュネーブの市内や金総書記が10代の頃に留学した学校のあるベルーン市内にも張り出されていた。

 ポスターを作製した李ジェソク氏は米国留学中の2000年に世界的に有名な広告展で受賞しており、これまで人権、平和、歴史問題等国内の公益広告分野でその名が知られ、韓国では「広告の天才児」と呼ばれている。

 李氏はこれまで北朝鮮関連では2009年に北朝鮮に対してミサイルではなく、食糧問題を優先することを呼び掛ける「ミサイルとトウモロコシ」のイメージポスターを、2014年には北朝鮮に抑留されている韓国人の悲劇を描写したポスターなどを発表している。

韓国人抑留者の救出を求めて制作されたポスター(韓国統一部配信)
韓国人抑留者の救出を求めて制作されたポスター(韓国統一部配信)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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