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なぜ意思決定は「感情的」に行うべきなのか

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 2月7日、MITテクノロジーレビューに「高度な意思決定に「感情」は不要か?その意外な役割が明らかになる」と題する記事が掲載された。

 人間は、きわめて難しい事柄に直面した際、どうしても感情によって意思決定を左右されてしまう。もしも意思決定から感情を取り除くことができれば、より的確な判断を行うことが可能になるだろうと、長らく考えられてきた。しかし、事実はそうではない。神経科学の研究によれば、感情は意思決定において、大いに役立つようである。

 グルノーブル大学のトーマス・ガンツらの研究チームは、徐々に難しくなるチェスのパズルを30人の名人級と中級のチェスプレイヤーに解かせて、プレイヤーの状態を測定した。視線、姿勢、心臓のリズム、表情などの身体的な変化を記録することで、喜怒哀楽、不快感、驚きといった感情の状態を明らかにするのである。すると、ここぞというときの判断を下す際には、感情が重要な役割を果たしていることが分かった。

 上級のチェスプレイヤーは、経験を積むにつれて、指し手や駒の位置の特定のパターンを認識し、強弱を判断できるようになる。彼らは複数の駒の配置や手順をチャンクと呼ばれるグループとして考えるが、トップクラスにもなれば、長期記憶のなかに最大10万ものチャンクを保存しているようである。過去に見たことのあるチャンクを発見すると、そのチャンクに関連づけられた感情によって、記憶のなかのチャンクは引き出され、可否判断がなされる。ようするに感情は、論理的な思考の前のきっかけとして作用するのである。

経験と感情の関係

 記憶とは、経験の賜物である。膨大な記憶は、ある人がそれを得るだけの経験を積んできたことを意味する。したがってまた、人の判断力は経験の長さに比例する。諸々の状況に応じて、記憶の中から有効と思われる解を取り出すことができるのは、過去にその記憶を得るための経験を積んだからである。

 経営学者のハーバート・サイモンは、チェスプレイヤーが5万のチャンクを記憶として保存するためには、10年もの年月を要すると指摘している。また、マルコム・グラッドウェルは、一流になるためには1万時間の練習や実践が必要であるとしたが(1万時間の法則)、これは1日3時間、365日みっちり経験を積んだ場合の、10年である。なお、ただ1万時間の練習をすればよいということではない。これについては拙著『創造力はこうやって鍛える』を読んで頂きたい。

 蓄積された記憶を呼び起こすには、状況に直面する必要がある。人は状況に応じて、何らかの感情を露わにせざるを得ない。過去においても、それと似た状況に直面したことがあれば、その時の感情とともに、対処方法もまた浮かび上がってくる。そうすることで、普段は忘れ去られている過去の記憶が、急にひらめいたかのように脳内に現れてくるのである。

 サイモンの言うように、実のところ、ひらめきや直観と呼ばれるものは、過去の記憶が再浮上してきたものに他ならない。同様にまた、センスのよし悪しも、経験によって蓄積された無意識の基準によって判断される。われわれ人間は、感情によって突き動かされ、その後、論理によって判断する。そうすることで、複雑な問題に対しても適切に対処することができるのである。

感情は間違いを犯す

 重要なことは、たとえ感情が過去の記憶を呼び起こしたとしても、それを無条件に信じてしまわないことである。あくまでも、感情によって突き動かされた後は、論理によって可否判断することを心掛けなければならない。

 ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、人間の脳にはシステム1とシステム2という、二つの機能があることを紹介している。システム1は、自動的かつ即座に働く。考える労力を必要とせず、直感的で、それゆえコントロール不能である。それに対してシステム2は、複雑な計算や論理など、知的活動に際して用いられる。労力を必要とするため、酷使すると疲れてしまう傾向がある。

 人は、面倒なことはやりたがらないものだ。同様にシステム2も、面倒なことはシステム1に任せようとする。困ったことにシステム2は、なかなかの怠け者だ。したがって、意識して働かせようとしても、システム1の判断を信じるように勧めてくることが多い。疲れているときに衝動買いをしてしまうのは、システム2がうまく働いていないからである。

 システム1は、たしかにわれわれの経験を踏まえて物事を判断する。しかし人間は、錯覚しやすい動物であり、対象物をありのままに認知することができない。一定の条件が与えられれば、本来なら見逃すはずのないことも見逃してしまう。例えば、ある仕事に集中しているときに他のものが目に入ってこないことは、誰にでもあることだろう。

 システム2を働かせる一つの方法は、時間を置くことである。システム1による判断をひとまず脇においといて、熟考したり、他人に聞いたりすることで、システム1の間違いを防ぐことができる。システム2は、時間をかけて物事を判断する。システム1の判断を信じつつ、しかし間違えるかもしれないことを考慮に入れて、重要なことに取り組む際には時間をかけて判断するように心がけるとよいだろう。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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