Yahoo!ニュース

「飲みニケーション」不要は56.4% なぜ部下は酒の誘いを断るのか

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:アフロ)

 11月23日の勤労感謝の日(新嘗祭)、テレ朝newsは「“飲みニケーション”不要が半数超え 直近3年間で最多」と題するニュースを発表した。

 日本生命が行ったインターネット調査によれば、仕事が終わった後に行う上司や同僚との「飲みニケーション」について、「不要」または「どちらかといえば不要」と回答した人は56.4%と半数以上を占めた。理由は「気を遣うから」が48.3%、「仕事の延長と感じるから」が33.7%である。

 元の調査をみると、仕事をする上で重要なことは「給料・待遇がいい」が55.0%、「やりがいがある」が49.4%、そして「人間関係」が43.9%となっている。生活の資を得るための仕事に関して給料が高い方がよいのは当然であるから、やりがいと良好な人間関係の二つが、働く人たちが仕事自体やその周辺環境に求めるものである。

 心理学者のフレデリック・ハーズバーグによれば、うち給料・待遇や人間関係は衛生要因つまり仕事に対する不満の原因となる要因であり、やりがいは動機づけ要因つまり満足を生み出す要因である。ハーズバーグによれば、衛生要因を取り除くことは必要であっても、満足感を得ることにはつながらない。満足を生み出すには、出来ることを増やしたり、何事かを達成させたり、挑戦できる環境を整えることが重要になる。

 すべての仕事は、いくばくかの意思疎通により遂行される。それは事実情報の伝達や指示ばかりでなく、相互に考えや意見を発し、当人同士の感情や「思い」を互いに理解し合うプロセスである。そのため対面コミュニケーションについて、必要と回答したのは87.2%にものぼる。対して、その一手段に含まれる「飲みニケーション」については、半数以上が不要と考えていることになる。

 実のところ、仕事の遂行における最低限の交流を除きムダを削減すれば、生産性は向上する向きもみられる。しかしそれでは、仕事の進め方や組織構造、規範や制度などの改善や、価値創出に向けたアイディアが生まれにくくなる生産性のジレンマに陥り、長期的な存続が難しくなるのも事実である。ながらく日本企業には「飲みニケーション」の文化が存在したが、その機能を振り返っておくことで、いま求められる意思疎通のあり方について考えておきたい。

酒と人間関係

 拙著『日本的経営の誤解』で紹介したように、どうやら日本人は集団主義ではない。集団主義といわれるのは、企業などの生産的な組織における規範やエートスの方であり、多くの日本人はそれらに適応的に振る舞ってきたにすぎない。

 社会学者の間宏によれば、近代経営における機械化にともない、旧来の職人の世界とは異なる経営システムが必要となった。職工を組織につなぎとめるためにと、温情主義的ないし家族主義的な経営管理体制が整えられていく。その中で職工たちは、自身は組織に所属しているのだという意識を強めていった。

 間によれば、少数の経営幹部候補生を除いた大多数の人たちは、新たに生まれた経営システムの中で、仕事の喜びも昇進の見通しもないまま、不平不満を鬱積させていた。不満を緩和するためにと、職場における上司と部下、同僚との間では、インフォーマルな平等意識が生み出された。酒の席における無礼講や、上司が部下に奢るような慣行により、上司は部下をなだめ、恩情をかけることで、彼らの献身ないし奉公の姿勢を生み出していったのである。

 日本の職場では、上司や同僚の意向に配慮しながら、自身の意見を表明することが求められる。例えば会議などでは、空気を読んだ言動を心がけなければ、鼻つまみ者になるような雰囲気さえあろう。また、自由闊達な議論を行うよう促された場合でも、実際にそうすると、後でたしなめられることも少なくない。このように日本の職場では、本音と建て前が乖離しており、よって各人は建て前の理解のために、多くの時間や労力を費やすことになる。

 しかるに、本音が不明であれば、新たに打ち出す施策が功を奏するかが分からない。とりわけ改革の仕事にあたっては、働く人びとの協力的な姿勢が重要になる。一人ひとりに丁寧に聞いたところで、油断ならぬ状況においては、自己の不利益を招かないためにと、彼らの意思は仕事上の道理にかき消されてしまう。あるいは、周囲と共に歩むことを望み、周囲に慮るがゆえ、人と人との間柄を大切にする彼らは、建て前を発するのである。

 かくして日本人は、気の置けない関係にある一部の同僚と話すときや、親しい友人との飲み会の場のような、思ったことを素直に述べても問題ないような場面でしか、本音を吐き出さない。だから日本人は、同僚と酒を飲んだときなどに会社や上司の悪口を言い合い、あるいは普段口に出せず、腹に抱えていることを述べ立てて、溜まった鬱憤を吐き出そうとするのである。

 そうであれば、上下関係を問わず「何を言ってもお咎めなし」の酒の場を設ければ、本音を聞き出すことも可能となろう。しかも日本では、元来が酔っぱらい、内面をさらけ出すことが目的とされていたから、酒の席での失態は見過ごされる傾向があった。経営学者の岩田龍子がいうように、日本企業においてはむしろ、酒の席での態度をあげつらうことの方が、非難の対象となりかねなかったのである。

 こうして日本の企業集団では、日常の職場関係におけるタテマエに立脚した同調性と、ホンネを吐き出すための酒の席とが、相補うものとして制度化されていたのだと、岩田は述べている。酒の席は、職場の人間同士が親密なつながりを形成し、仕事上の道理から離れて本音を吐露するための機能とみなされた。少なくとも、そのような機能が提供され、利用可能であったから、職場の人びとはその場限りの意見を伝え、組織の運営に個人として関わることができたのである。

無礼講のコミュニケーション

 調査に戻ると、「飲みニケーション」については半数以上の人が不要と考えているのに対し、対面コミュニケーションについては、ほとんどが必要と回答している。ようするに、よい悪いはさておき、酒の力を借りずとも良好な人間関係を築き、仕事にやりがいをもって働くための建設的な意見交換がしたいという意向が、多くの人にはあるようである。

 ひとまず酒の席からいえば、参加したくないのはメリットが存在せず、あるいはメリットがデメリットを超えないからであろう。仕事で疲れているのに、飲みの席まで仕事の関係を延長されるのはまっぴらだ。上司や先輩は、自分が気持ちよくなるためにと、あけすけとダメ出しをしてくる。最悪な上司は、割り勘まで要求してくる始末だ。元来は気の置けない関係づくりと、部下のねぎらいのための酒の席のはずなのに、その意義を理解していないのである。

 酒の席から離れると、職場にはランチミーティングや社員旅行などの親睦の機会も存在する。そこでも、社員が思ったことを率直に言えるようにと、様々な配慮が必要となる。一方的な決めつけや、相手の考えを尊重しない指摘はご法度である。たいてい意見が異なるのは、それぞれの立場から見える視点や考える観点が異なるためである。よくよく話を聞き、言い分を受け止め、相手の立場からものを言う姿勢が望まれる。

 飲み会や社員旅行に参加したくない社員が増えているのは、仕事上の形式的な関係に留まり、人として尊重する姿勢が失われているからだ。各々の人となりが理解でき、自身もまた人として認められていると感じるとき、つながりの意識が形成され、組織の一員として献身的に振る舞うようになる。組織の成長には各自への高い業績基準とともに、安心して発言し行動するための心理的安全性が必要である。仕事上のいかなる意思疎通も、その両面を獲得するための行為であることを意識しておきたい。

 最後に恒例の、皇學館大学の経営革新オンライン講座を案内したい。パナソニックインダストリーの常務執行役員CHROである梅村俊哉氏は、社員の「想い」に基づき、意識と行動をアップデートして自己変革を続けることで、変化に強い組織をつくろうと努めている。このたびの寄付講座のテーマは「人間」であるが、まさに組織は人の躍動により、発展を遂げていくものだ。一般開放型の無料オンライン講座であるから、ぜひご聴講いただきたい。

お申込みURL

https://forms.gle/N3FpjrhG5DYS9BEe7

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

遠藤司の最近の記事