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テレビ界の激変ぶりを象徴するテレビ東京『シナぷしゅ』をめぐる異例の展開

篠田博之月刊『創』編集長
『シナぷしゅ』(C:テレビ東京)

 テレビ界のこの1~2年の激変ぶりはすさまじい。かつて最強のメディアと言われたテレビ界では「視聴率至上主義」という言葉もあったほど、視聴率が極めて重要な指標だった。それが最近は、視聴率だけでなく、配信がどのくらい回ったかも大きな指標になりつつある。若い人たちの「テレビ離れ」も加速している。

 2023年11月、月刊『創』(つくる)1月号のテレビ局特集の取材で、キー局全局を回ったが、テレビ界の変貌ぶりには驚くばかりだった。ここで紹介するテレビ東京の番組『シナぷしゅ』もそうした変化の産物だ。何しろ視聴対象が0~2歳児で、もともとこの年齢層は視聴率から除外されていた。いわば視聴率が測れない層向けの番組なのだ。

 従来のテレビの常識から言えばありえない番組なのだが、何とそれをテレビ東京は、平日朝7時半から30分間の帯番組として毎朝、放送しているのだ。他局が情報番組でしのぎを削っている時間帯に、なぜテレビ東京はそういう番組を放送しているのか。

「子育てには動画コンテンツが欠かせないと感じた」

 そもそもこの番組はどういう発想から出てきたのか。番組を企画した飯田佳奈子プロデューサーに話を聞いた。

「2018年に私が第1子を出産し、育休をとって子どもと一緒に過ごした時に、その子どもと一緒に観る番組というと、NHK・Eテレの番組だけだったのですね。一方でYouTubeには素人の方による手作り動画がたくさんあげられ、何十万回も再生されていました。子育てには動画コンテンツが欠かせないと感じ、そういう番組を放送して同時に配信も行うことができないかと思いました。

 例えば『アンパンマン』のアニメは3歳くらいからの子が観る番組で、ゼロ歳児が観る番組はほとんどないのです。実際に子育てをしていると、例えば洗濯をしている時にちょっとだけテレビの前にいてくれると助かる、そういう時に観るコンテンツがあったらと思ったのです。

 そこで育休を終えて復帰した後に企画書を提出し、それが通って2019年12月にトライアル放送を1週間、5本行いました。幸い評判もかなり良かったので、2020年4月からレギュラー番組として『シナぷしゅ』が始まったのです」

 確かに3歳以下の視聴率対象外というのは従来ならありえない企画だったろうが、しかし、生活の知恵として需要を感知し、それを番組企画にしていくという生活者発想は、メディアの原点だ。飯田プロデューサーの話を続けよう。

「配信を同時に行うというのが大事な点で、YouTubeに公式チャンネルを立ち上げたのですが、現在登録者が50万に届きそうな勢いです。

 その配信収入のほかに、私は最初から広告需要もあるだろうと考えたのですが、赤ちゃん向け商品やサービスを提供する会社にたくさんスポンサードいただいています。キャラクターグッズや絵本など商品化の収入も大きくなっています」(飯田プロデューサー)

ベビーカーが映画館に並び、新宿ピカデリーが満席に

 それだけではない。2023年には劇場版映画も作ったという。

「2023年は映画も作りまして、5月に全国約150館規模で公開し、16万人動員という好成績を収めました。『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺにゅうワールド』というタイトルでしたが、ベビーカーがずらっと映画館に並び、新宿ピカデリーが満席になりました。全国でお客さんが途切れることなく入り、興行としても成功したため、8月上旬までのロングランになりました」(同)

映画館にベビーカーがずらり(提供・テレビ東京)
映画館にベビーカーがずらり(提供・テレビ東京)

「最初は皆さん、乳幼児を映画館に連れていくのは恐る恐るだったと思いますが、ネットで評判が広がり、赤ちゃんでも観られる工夫がなされていたというのでどんどんお客さんが増えていきました。最終的に動員が16万人を超えました。

 この映画はゼロ歳児からも一律1000円をいただいたのですが、赤ちゃんが主役だというメッセージにもなったし、ゼロ歳児にも席を確保したことで、そこに荷物を置けるし、隣の方とのディスタンスを保てると好評でした。

 上映は約40分でしたが、入場者プレゼントとしてタンバリンを配り、騒いでもいいし泣いてもいいよというメッセージを込めました。劇場はすごく賑やかでしたが、家族連れの温かい空気の中で、皆さん新しい映画体験をされたと好評でした」(同)

 さらに9月には渋谷でコンサートも行った。

「渋谷の街にベビーカーがずらっと並ぶという光景でした。約2000席の定員枠で2回公演を行い、チケットが即日完売、満員御礼でした。11月の横浜での『テレ東60祭』でもコンサートを行いましたが、チケットの申込数は倍率10倍以上という人気ぶりでした。東京以外からも泊まりがけでご家族が訪れていました。

 映画公開の時に劇場でアンケートをとったのですが、多かったのは0歳4カ月くらいから2歳手前くらいのお子さんで、私たちが想定していたターゲットにどんぴしゃで当たっていました。放送と配信とビジネスという歯車がうまくかみ合って大きくなっている気がします。

 赤ちゃん向けの動画コンテンツはネットにたくさん上がっていますが、最初からネットに触れさせるというのは親にとっては不安もあるでしょうし、やはりテレビがいまだにすごく安心感を持たれているという事情があると思います」(同)

 飯田さんは22年に第2子を出産し、子育てをしながらプロジェクトを担っているという。ちょうど映画公開の準備で多忙を極め、育休をとる余裕がなかったというが、こんなふうに新しいマーケットを開拓していけるというのも、小回りのきくテレビ東京ならではかもしれない。

開局60周年を記念した全社的なイベント

 飯田さんの話に出てきた11月の『テレ東60祭』についても紹介しておこう。

 テレビ東京はこれまで制作局内に「クリエイティブビジネス制作チーム」という名称で異能の制作者を集め、新たなビジネス開発を進めてきたが、部長としてそこに関わってきた伊藤隆行さんが2023年4月に制作局長になった。これまで取り組んできた試みを、制作局全体で推進することになったわけだ。開局60周年イベント「テレ東60祭」もそうした流れから実現したものだ。伊藤さんに話を聞いた。

「『テレ東60祭』は昨年、私が発案企画したものですが、開局60周年を記念して会社全体としてやることになりました。来場者が目標7万人の倍以上の14万5000人と大成功しました。

 例えば『やりすぎ都市伝説』という、これまでも特番やイベントを実施してきたコンテンツですが、その有料ステージイベントを行いました。Mr.都市伝説・関暁夫が登場して、『空が赤くなる前に…』というタイトルで最新の都市伝説や日本の未来について話すのですが、その配信イベントには1万8000人以上が集まりました。前の週の金曜21時に2時間のスペシャル番組を告知を兼ねて放送し、それを受けてイベントを開催し配信も行ったわけです。

 放送だけでなく、お客さんが足を運んで体感する、それができない方はライブ配信でご覧になる。ひとつのコンテンツがいろんな形で届けられるわけですね。

 それから『祓除』というイベントも制作局の若手が企画制作しました。ゾッとするようなフェイクドキュメント系のコンテンツですが、これも事前に放送し、イベントをやって配信するという形でしたが、チケットが1万枚近く売れました。テレビではフェイクドキュメントやホラー系のレギュラー放送はあまりないのですが、こういうものを観たい方が確実に存在するのだとわかり、次の可能性が出てきました。

 いま2つのコンテンツを紹介しましたが、それ以外に10を超えるステージもやっており、こういうイベント自体がコンテンツなのだと実感しました。テレビ局は視聴者に『体験』を届けるコンテンツメーカーになったわけです。

 例えば『きのう何食べた?』というヒットドラマとコラボした、カレーを食べられるブースや、『開運!なんでも鑑定団』『デカ盛りハンター』の公開収録、『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』の企画では、出川哲朗さん自身が会場にスイカメットとつなぎ姿で現れました。そんなふうに、いろいろな番組コンテンツを『テレ東60祭』で視聴者の皆様に実際に触れてもらったのです」

制作局内に企画を考えるチームを6つほど新設した

そうした新たな取り組みを続ける中で、ヒットの芽も生まれているという。

「4月に制作局長になった際に、新しいタイプのヒットコンテンツを生み出すためのプロジェクトを立ち上げ、制作局内に企画を考える5~10人ぐらいのチームを6つほど作りました。そこから生まれた企画のひとつが『何を隠そう…ソレが!』という番組です。スタジオショーですが、ヒット商品の誕生秘話や歴史上の人物の知られざる秘密などを楽しく学べるもので、4月に企画して夏に特番を放送し、年末年始に2回目を放送します。新たなレギュラー番組になることを期待しています。

 また、ある場所の境界を一周する『風磨とチョコプラのふちど~るマップ』というロケバラエティも7月に1回特番をやり、年末年始に2回目の放送を予定しています。ある地域や島、湖などのふちを1周するという番組で、1回目は下北沢をたった2時間で1周しました。もともとこの企画は、県境を1周すると面白いんじゃないかという発想から生まれました。なぜここに境界線があるのか考えることで歴史を学べるわけです。土地を知るというコンセプトですね」(伊藤局長)

 前述したプロジェクト発の企画で、10月からレギュラーになった番組もある。

「火曜23時に放送している『秋山ロケの地図』は、ロケの1カ月前に置いた白地図に地元の人が書き込んだおすすめの場所にロバート秋山が行くという番組です。通常はロケ番組の前に下見をしますが、この番組は、ロケハン自体を地元の人にやってもらうわけです。

 あと番宣番組を面白くしようとしたのが土曜日の昼11時から放送している『伊集院光&佐久間宣行の勝手にテレ東批評』です。SNS世代にも響くようにとつくりました」(同)

 年末年始の特番では、そのほかにも今後につながる企画が目白押しだ。

「テレビ東京はいまだに『TVチャンピオン』のイメージがあるようですが、その『TVチャンピオン』を年末に一度復活させます。レギュラーまで行けるかわかりませんが、来年へ向けて頻度をあげていこうと思っています。『TVチャンピオン』は物事にたけている職人や、得意技を持っている人が登場して頂上決戦をするという番組で、動画としてインパクトがあるので、今のYouTube世代、今の時世にマッチしているんじゃないかと思っています」(同)

 そのほか将来を見据えて企画しているものにはどんなものがあるのだろうか。

「月曜深夜24時半から放送が始まった『バカリヅカ』は、バカリズムと東京03飯塚というベテランのコント師が登場する番組です。こんなふうにファンがついてくるような番組を今、重点的に増やそうとしています。

 それと2024年度以降にテレビ東京の人気番組が一緒に協力して何かするような大型プロジェクト番組を年に1回やれないかと企画しています」(同)

 配信やイベントなどと連動したコンテンツ展開をというのは、テレビ界全体が考えている方向だが、テレビ東京は制作局全体がそこに邁進する意向のようだ。

 伊藤さんは、テレビ局が新たなビジネスモデルを求められているとして、この何年か、実験的な試みを続けてきた。番組を配信やイベントと連動させることで新たなビジネスチャンスが生まれるという考えを実践してきた。前述した『シナぷしゅ』など、それを体現した企画と言ってよい。視聴率競争で他のキー局に後れをとっているテレビ東京だからこそ、新たな発想の取り組みに手をつけることができているのかもしれない。テレビ界全体が激変するなかで、同局の様々な取り組みが今後どう実を結ぶのか、期待したい。

https://www.tsukuru.co.jp/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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