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被害者の強い思いを受け、市民団体が不同意性交処罰等・刑法性犯罪規定改正案を公表。今こそ議論を。

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
11月21日院内集会で、自らの体験とともに刑法改正を訴える被害当事者

■ 全国の被害者の声を受けて開催された院内集会

 11月21日、性暴力被害者や支援団体、人権団体などからなる「刑法改正市民プロジェクト」は、刑法・性犯罪規定の改正を求める院内集会を開催しました。

 2017年、110年ぶりに刑法の性犯罪規定が改正されましたが、被害者や支援者の思いを十分に反映したものとは言えず、多くの被害者が今も救われないままの状態にあります。

 こうした苦しみが共有されるきっかけになったのが、相次いだ4件の性犯罪事件する無罪判決でした。

 2019年3月、名古屋地裁岡崎支部、静岡地裁、静岡地裁浜松支部、福岡地裁久留米支部でそれぞれ、性犯罪事件に関し無罪判決が出されました。このうち、静岡地裁の事案を除いては、裁判所が被害者の意に反して性行為が行われたことを認定したにもかかわらず、無罪となりました。

 なぜ無理やり性行為をすることが犯罪にならないのか、なぜ性暴力被害者が社会的にも法的にも救われないのか、その悔しさや怒りが行動に代わりました。 毎月11日全国各地で、性暴力被害について語り合い、よりよい制度改正を求めるフラワーデモが始まり、ずっと継続されています。性被害に苦しみ続けて来た人たちがその苦しさ、悔しさを共有しあい、もう黙っているのをやめよう、と声を上げているのがこのフラワーデモです。

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 6月には一般社団法人Spring、Voice Up Japan、そしてヒューマンライツ・ナウの3団体が呼びかけたChange.orgの署名が法務大臣宛て提出されました。

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この署名は今も続けられ5万筆以上の支持が集まっています。

この院内集会はこうした声を背に受けて開催され、おかげさまで大きく成功しました。

■ 刑法改正は今、どうなっているのか

 改正刑法の附則には 「政府は、この法律の施行後3年を目途として、性犯罪における被害の実情、この法律による改正後の規定の施行の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要を認めたときは見直しなどの所要の措置を講ずる」との見直し条項があります。

 来年はその施行後3年の年。法務省では 昨年から、「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ」が開催されてきましたが、その結論は来年3月までに渡されるとのこと。

 これだけの女性たち、被害者の声の高まりを受けて、見直しを行わないとの結論はありえないはずです。

 この間、被害当事者の皆さんは刑法性犯罪規定の改定を求めてきましたが、一部には懐疑的な声もありました。そして実際にどのような条文にするのか提案すべきとの意見も出されました。刑法市民プロジェクトでは今年の7月以降議論を重ね、法律案内容を検討してきました。その結果、12団体の総意として11月21日の院内集会の際に改正提案を公表しました。

私たちが公表した刑法改正提案はこちらです。

 「私たちが求める刑法性犯罪規定改正案(叩き台)」

 まだ叩き台であり、これから多くの方の意見を聞きつつ進めていきたいと思っていますが、これを一つの土台として、性暴力被害者が泣き寝入りをすることなく、守られるような法制を2020年に目指したく、真剣な討議を進めることを、法務省とすべての国会議員、関係者の皆様に呼びかけます。

■ 改正案のポイント1 強制性交等罪の改正

現行法 (強制性交等)

第百七十七条 十三歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という。)をした者は、強制性交等の罪とし、五年以上の有期懲役に処する。十三歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。

改正案 177条 不同意性交等罪・加重不同意性交等罪・若年者不同意性交等罪

1項 他の者の認識可能な意思に反して、性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」)を行った者は、不同意性交の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。

2項 前項の性交等を暴行又は脅迫を用いて行った者は、加重不同意性交の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。

3項 第1項の性交等を16歳未満の者に対して行った者は、若年者不同意性交の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。但し、16歳未満同士の場合は除く。

 第1項は、不同意性交罪を導入する提案です。不同意性交処罰はイギリス、カナダ、ドイツ(No Means No)、スウェーデン'Yes Means Yes)などで導入されていますが、日本の刑法と親和性の高いドイツ刑法と同じ構成要件を提案しました。

 不同意であることを客観化するために、他の者の認識可能な意思に反した性的行為を処罰とすることを提案します。

 認識可能な意思の表明は、明示の場合として、衣服を脱がされることへの抵抗、現場に連行される際の抵抗、「やめて」「いや」などの言語的拒絶、黙示のものとして、涙を流している場合などを想定します。

 不同意性交罪の刑は3年以上として、現行の強制性交等罪より引き下げます。

第2項は、現行の強制性交等罪と同様、暴行又は脅迫を用いて行った場合であり、加重不同意性交の罪とし、5年以上の刑に設定します。

第3項は、現在13歳となっている性交同意年齢を16歳に引き上げるものです。ただし、16歳未満同士の場合は処罰しない扱いとします。

■ 改正案のポイント2  準強制性交等罪の改正

 

現行法 (準強制性交等)

第百七十八条 2 人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。

改正案 178条 同意不能等性交等罪

2項 前条1項の性交等を、人の無意識、睡眠、恐怖、不意打ち、酩酊その他の薬物の影響、疾患、障害もしくはその他の状況により特別に脆弱な状況に置かれていた状況を利用し、又はその状況に乗じて行った者は、同意不能等性交等罪とし、前条2項の例による。

  

 現行法の「心神喪失」「抗拒不能」という構成要件を変え、より具体的、明確に、被害者の脆弱性に乗じた場合を網羅的に列挙する構成要件を提案します。反対意思を形成あるいは表明できない状況の列挙は基本的にスウェーデン法を参考にし、フランス法の「不意打ち」を加えました。

 なぜこのように変更するのか。それは、「抗拒不能」の要件があいまいであり、裁判官に具体的なあてはめが白紙委任され、ケースによって要求水準がまちまちであるからです。これでは、構成要件の明確性に欠け、被害者側にも被告人にとっても予測可能性に欠けるものといえるでしょう。

 また、「抗拒不能」という要件が難解である現状では、被告人にとって故意の認識対象たる「抗拒不能」が明確とは言えず、故意の欠如により無罪となるケースが増える可能性があります。

 刑法の自由保障機能を確保し、犯罪と非犯罪の境界を明確化し、故意の対象を明らかにするために、そして被害者の保護のためにも、定義を明確化すべきであり、そのためには「抗拒不能」に変えて、具体的な状況列挙をするのが妥当です。

 なお、これは叩き台であり、これらで網羅されているか、あるいは定義の明確性については、今後の議論・検討が必要となるでしょう(「困惑」「錯誤」(欺罔)等を加えることも検討に値するでしょう。)

■ 改正案のポイント3 地位関係利用性交等罪の新設

 2017年の法改正では、監護者性交等罪が創設され、以下の条文が導入されました。

179条2項 18歳未満の者に対し、その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて性交等をした者は、第177条の例による。

 これは実の親などによる性虐待について、同意の有無を問わず、性犯罪として処罰する規定です。

 しかし、被害者が18歳を超える場合は、岡崎の事件のように、監護者性交等罪の対象となりません。

 また、実の親だけでなく、施設の職員、祖父、叔父、離婚して親権者でなくなった実の父から子どもへの性加害、さらには教師や保育士などから子どもに対する性加害は非常に多いのに、何ら特別の配慮もありません。暴行脅迫、抗拒不能といった要件を満たさない限り、罪に問われないのが現状です。

 さらに、コーチや家庭教師、上司による、地位関係性を利用した性加害についても、いやといえない、拒絶したらとてつもない不利益を受ける、突然豹変されてフリーズしてしまう、等といった状況下で繰り返され、現行法では暴行脅迫にも、抗拒不能にもあてはまらないと評価されるような事案がたくさんあります。

 そこで、以下の条文の新設を私たちは提案しました。

改正案179条の2 地位関係利用性的接触罪・地位関係利用性交等罪

2項 現にその者を監護又は介護する者、親族、後見人、教師、指導者、雇用者、上司、施設職員その他同種の性質の関係にある者が、監督、保護、支援の対象になっている者に対する影響力があることに乗じて性交等をした者は、177条1項の例による。

 この条文は、台湾の現行法の条文そのままです。

 台湾法は、日本刑法やドイツ刑法の影響を強く受けていますが、性被害に関しては日本より進んだ改正をすでに実現しているのです。

 台湾で実現した法改正が、日本で実現できない理由はないはずです。

 

 なお、177条の不同意性交罪でカバーされない、NOといえない事例の多くは、178-2、179条の2の提案でカバーできるのではないかと考えます。

 

■ 改正案のポイント4 わいせつ→性的接触罪に

 このほか、提案では、これまで強制わいせつ、などとされてきた罪について、構成要件を明確にするため、性的接触罪と改めることを提案しました。「性的接触」とは、性的部位(口、胸、お尻、陰部)に接触する行為を指すものです。その他の部位を執拗にさわるなどのハラスメントは別途「セクハラ罪」等を検討する将来課題と考えます。

■ 直ちに建設的な議論を

 以上がこれまで、刑法改正に取り組んできた被害者団体等の要望です。

 スウェーデンが導入したYes Means Yesの法制やか過失レイプなど、さらに目指したい法改正案はあるものの、2020年の3年後見直しにどうしても実現してほしい条文として、今回提案するものです。

 特にドイツや台湾の法制などは日本と親和性が高く、同様の条文の導入が難しいとは思われません。

 もちろん、構成要件の中には、もう少し工夫するなど、今後の検討の余地があり、これから議論を深めていただきたいと思っています。

 しかし、被害者の方々がこれだけ立ち上がり、切実な声を上げていることを受けて、不誠実な揚げ足取りや、ごまかしの議論で改正を先送りすることはあってはならないと思います。

 不同意性交罪が冤罪を生む、という議論がありますが(一般論として私は、冤罪の多くは実定法の規定ではなく捜査実務や裁判官の判断に問題があると考えますが)、この見直しプロセスでそのような主張をされる方には、ではどうすれば冤罪を生まない立法になるのか、に踏み込んで対案を出してほしいと思います。

 私は実務家として多くの被害者の方々の相談に乗ってきました。10代から20代の女性がまさに夢をもって人生を開けようとしている時に性暴力被害に遭うと、夢も仕事も人生そのものを奪われ、長いこと人間不信に陥り、自分を罰して引きこもって生きる方、苦しみを抱え続ける方々がいます。見ていて本当にいたたまれません。それだけ性暴力は深刻なのです。

 内閣府の直近の調査によれば、無理やり性行為をされた被害経験のある女性は 7.8%、男性は 1.5%に上るとされます。

 性被害がこれからの社会を担う貴重な若い世代にどれだけ大きな影を落としダメージを与えているのか、計り知れないものがあります。この対策を抜きに女性活躍などありえるのでしょうか。国は、そして関係する有識者は真剣に向き合ってほしいと強く願います。

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 参考 

1 報道記事 

 「私たちは傷ついている」性暴力被害者が、花とともに法務省に訴えたこと

 性犯罪刑法のさらなる改正求め、要望書提出。支援団体が作成した改正案叩き台の内容とは?

 性犯罪の刑法改正「すぐにでも審議を」 被害者の声、反映するよう求める

2 改正案のもととなった比較法調査

 ヒューマンライツ・ナウ10か国調査研究 性犯罪に対する処罰世界ではどうなっているの? 〜誰もが踏みにじられない社会のために〜

3 もっと知りたい方へ

  拙著  「なぜ、それが無罪なのか!? 性被害を軽視する日本の司法」

4 院内集会案内

  緊急院内集会「AV出演強要 被害をなくすための法制化が急務」

  日時:2019年12月3日(火)10:30~11:45

  会場: 衆議院第2議員会館 第2会議室((永田町駅、国会議事堂前駅)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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