喧嘩番長、“喧嘩”を楽しむ
熱烈なラブコールでシュートボクシング初参戦
「楽しかった」
試合直後のコメントと同じ言葉を、翌日、男はもう一度口にした。
「総合格闘家が真面目なキックボクシングをやっても面白くないし、俺らしい喧嘩みたいな戦い方をしようかなって思ってた。で、最後までガンガンやれたから、すげー楽しかったです」
男の名は高谷裕之(たかや・ひろゆき)。ファイターとして、もう10年生きている。いや、喧嘩屋時代を含めればその倍以上か。修羅場の数だけ磨いた拳と、どんな大会場も殺気のオーラで満たしてしまう独特の登場感で、特に男性ファンから支持を集める。
4月20日、後楽園ホールで開催されたシュートボクシングも、「男が男に惚れる」形で高谷の初参戦が実現した。シーザー武志・シュートボクシング協会会長が「倒しにいく高谷君のスタイルには“闘いの原点”を感じる。ぜひ、うちのリングに上がってほしい」とラブコールを送ったのだ。
対戦相手の宍戸大樹は、長らく団体をけん引してきたエースであり、シュートボクシングの精神的支柱でもある。ホームリングで総合格闘家に負けることは許されない。対する高谷も、総合のビッグイベント「DREAM」の現チャンピオンとして、何より“喧嘩番長”の意気地に懸けて、ふがいない試合はできない。
ヒリヒリするような緊張感のなかゴングが鳴り、その感覚は3分3ラウンドを通じて途切れることがなかった。
「後悔」の二文字を知らない男
結果から言えば、高谷は判定負けを喫した。初回にサイドキックとバックハンドブロー、2つの変則技で続けざまにダウンを奪われ、逆転を狙った拳の猛攻も宍戸の死守に阻まれた。だが、負けた悔しさこそあれ、高谷に悔いはないようだった。
「バックハンドをもらってKOされても、それはそれでしょうがないと思っていた。だから気にしないでぶっ倒しにいこうと。ああいう回転系の技を警戒しちゃうと、『クソ、もっと行けばよかった』って後で思うことになるんで」
試合中、勢い余った宍戸が、膝をついた高谷の顔面を蹴り込むシーンが2度あった。喧嘩屋として、いきり立つことはなかったか。答えは「ノー」だった。
「反則は気にならない。闘いの流れの中だから。総合の試合だったら、俺もパンチで失神させたところをぶん殴ってやろうといつも思ってる。相手も同じ気持ちだと思えば、ムカつくことは全くないですよ」
ぶん殴る。ぶっ倒す。失神させる。
言葉の端々に荒っぽく、時に物騒な単語が挟みこまれるのは、デビューした10年前と変わらない。この6月で35歳。2歳の息子を持つ子煩悩な父親でもある。言動にもファイトスタイルにも“大人”が匂い立つ頃だが、高谷に限ってはそれがない。
「たとえばスーパーテクニシャンだったら、大人になって、父親になって、今までより見せる試合ができることもあるかもしれない。でも、俺はそういう闘いをしたいわけでもないし、見たい人もいないと思う。いつも喧嘩だと思って試合をする。その、自分のやりたいスタイルは絶対に変えないです」
同時代を生きた中には、すでにリングを下りた者も少なくない。高谷自身も「天職」を自認する格闘家としての人生に幕を引く、その瞬間を考えることがある。
「ガキの頃は、チャンピオンのままカッコよくやめたい、いい状態で引退したいと思ったりしたけど、最近は変わってきた。『まだできたのに』とか『もうちょい続けてればよかった』っていう後悔だけはしたくない。だったらカッコ悪いとか惨めだとか言われようと自分の気の済むまで闘って、『いい所でやめればよかった』って思うほうが気持ちいいなって」
自分を偽らず、人に流されない。だからこそ、「後悔」の二文字を知らない。
無骨だ、粗野だと言われようと、喧嘩番長は潔くリングに立ち、心ゆくまで“喧嘩”を楽しむ。