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21世紀枠候補出そろったセンバツの話題先取り(その1) 智弁和歌山の"革命"

楊順行スポーツライター
昨年優勝の大阪桐蔭も出場が確実。史上3校目の春連覇がかかる(写真:岡沢克郎/アフロ)

 なるほどねぇ。史上最多、甲子園通算66勝を挙げている智弁和歌山・高嶋仁監督の話を聞きながら、合点がいったことがある。

 秋季近畿大会の準決勝だ。チームは前日、法隆寺国際に11対4とコールド勝ち。履正社との1回戦も14安打12得点と、かつて全国優勝3回の猛打は健在で、センバツ当確ランプをともしていた。準決勝の相手は、京都府立で躍進著しい乙訓。9回表に1点を勝ち越されたが、その裏無死一、二塁から、1年生の根来塁が二塁打を放ち、5対4と逆転サヨナラ勝ちを決めた。

「これが夏(の県大会)やったら、1点差の9回無死一、二塁はまず同点狙いでたぶん送ります。ただ、もうセンバツは出場が有力だし、次の東妻(純平)が当たっていなかったこともあって、イケイケでバントはしなかった」

 抜擢した背番号14が、強攻策に見事応える活躍に、高嶋監督はゴキゲンだ。そして報道陣から、

「殊勲の根来君は左打者ですし、引っ張ったゴロなら最悪でも二走は三塁まで進める、と踏んでの強攻ですか」

 と水を向けられると、こうだ。

「いやいや、あの場面はゴロなんか打ってほしくないね。たとえば無死一塁でも、2死一塁でも、1点がほしいのは同じでしょう。だけど2死一塁からゴロを打つようでは、かりに内野の間を抜けても点にはなりません。だからふだんから、ゴロは打つな、野手の頭を越せぇ、という練習をしてるんですよ。ノーアウトでもワンナウトでも、ややこしいとこに打つくらいなら、オーバーせぇ、と(笑)。あの場面、私はフライアウトならOKで、"打て"のサインですからゲッツーでもしょうがない。逆に、ゴロだったらたとえヒットでも怒りますね。昔とは、野球が変わってきています。たとえばウチの練習試合では、二番打者のホームランが多いんです。ここはバント……と決め込んで、相手が簡単にストライクを取りにくるからね。(常総学院の)木内(幸男)さんもそうやった」

"フライボール革命"と発想は同じ

 どうだろう。"ややこしいとこに打つくらいなら、オーバーせぇ"というのは、今季メジャーリーグで起きたフライボール革命そのままじゃないか。

 スタットキャストなどによる解析ソフトが飛躍的に充実したことで、メジャーの各打者が、

「おいおい、鋭いゴロやライナーよりも、打球を上げたほうが有利らしいぜ」

 と気づき始めたのは、今季シーズン前のことだったか。そもそも近年のメジャーリーグでは、打球傾向などの分析の精度が格段に上がっている。打者によって大胆にシフトを変え、それが的中すると、ヒット性の当たりも簡単にアウトになる。いわゆる"コースヒット"が出にくくなれば、打者はなんとか野手の頭を越えようと工夫するのが自然だろう。そして、スタットキャストの解析がこう教えてくれる。

「160キロのボールに対しては、ボールの真芯ではなくやや下側を打ち、24度から33度の放物線を描かせるようにすると、もっとも飛距離が出る」

 ざっくりいうと、これがフライボール革命。今季のメジャーでホームランの数が加速度的に増えたのは、その革命の成果……と見るのがもっぱらだそうだ。

 さて、高嶋監督。野手の頭を越せぇ、というのはフライボール革命の影響かと思うと、

「いやいや、私は前からそうですよ」

 とあっさり。確かに智弁は、3度全国制覇した2000年代初頭にかけて、とにかく打って打って打ちまくった。

 試みに6試合合計100安打、11本塁打、チーム打率・413など、大会記録を軒並み更新して優勝した00年夏を振り返ってみようか(ちなみに、このときの安打数と本塁打数は現在も大会記録)。たとえば、1回戦。新発田農に22安打を浴びせ、14点を奪ったこの試合、下位が試みたバントの失敗もあり、結果的にバントは0だ。東海大浦安との決勝でも、無死で出塁した先頭打者をバントで送ったケースは1回しかない。たださすがに、負けたら終わり、しかも相手の投手も進化している夏とあって、6試合を通じて犠打は21を数えた。まあ、極端に少ないわけではない。

 それでも統計によると、無死一塁からバントをした場合とそうでない場合と、得点する確率はほとんど変わらないという。そういえば16年の夏を制した作新学院は、めったにバントを用いないことで知られていて、6試合を通じてわずか3つという積極攻撃で頂点に立ったのだ。先頭が出れば判で押したようにバント、という以前の高校野球とは変わってきた、というのはそのあたりだろう。

 もしかすると……17年夏、広陵・中村奨成らに代表された空前のホームラン量産は、高校野球版フライボール革命の予兆だった? きたるセンバツ、智弁和歌山など、強力打線のバッティングに注目することにしよう。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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