不足と過剰の間で揺れ動く、自衛隊の輸送能力
フィリピン中部を襲った台風30号における災害ですが、各国による支援が本格化し、日本も自衛隊員1180名と航空機、ヘリコプター、護衛艦を現地に送り、医療活動等の救援活動を開始しております。
ところが、この救援活動による派遣が、自衛隊の業務に波紋を与えているようです。先日、こんな報道がありました。
国内外で相次ぐ災害派遣により、予定されていた訓練が実施できない状況に置かれているようです。自衛隊に限らず、平時の”軍隊”(自衛隊が軍隊かどうかの議論はここでは置いときます)の仕事の大部分は、教育と訓練に費やされています。言うならば、自衛隊の平常業務が災害派遣で滞る事態になっているのです。
その原因は、自衛隊の輸送能力を超えた派遣にあります。現在のフィリピン国際緊急援助統合任務部隊に組み込まれている自衛隊の輸送機は、航空自衛隊が保有する主要輸送機の半数近くに登っており、また輸送能力の高い艦艇についても、おおすみ型輸送艦の3分の1、とわだ型補給艦の3分の1、ひゅうが型ヘリコプター搭載護衛艦の半数と、自衛隊の輸送能力の半分近くを今回の派遣に費やしている事が分かると思います。
1180名の隊員をフィリピンに送るのに自衛隊の輸送能力の半分が必要な事を、輸送能力が足りないと見るか、足りていると見るかは意見の別れる所かもしれませんが、現に訓練に支障が出ている事を考えると、かなりカツカツで予備の輸送リソースに欠けるのではないかと思います。
しかし、単に輸送能力を増やせば済むという問題でもありません。例えば、運送会社は普段から自社の運送能力のほとんどを業務に使用していると思います。しかし、自衛隊の輸送能力はその特性上、平時は全体から見ればわずかな能力で活動し、有事にはその能力を100%発揮するようになっています。言い換えれば、平時はリソースが過剰にならざるを得ない宿命にあり、有事に必要な能力を確保すると、平時にはその分維持コストがかかる事になります。自衛隊輸送能力の現状は、平時は過剰、有事は不足という事態になっているのかもしれません。
では、コストを抑えつつ、輸送能力を強化するのはどういう手段があるでしょうか。一つは、民間の輸送能力を使うことです。現在、自衛隊の演習で移動する場合でも、民間の運送会社を利用する事が増えています。
しかし、民間で輸送する場合、平時の輸送リソースとして期待できても、有事に利用できるかは不透明です。そのため、特別目的会社を設立し、平時は民間航路を運行し、有事や訓練の際に自衛隊が輸送船として利用する事を防衛省が構想していると報じられています。
この案のメリットは自衛隊側が必要な時に輸送船を使えて、それ以外は民間業務に使うので維持コストを大幅に抑えられる上、運行会社側にも繁忙期に民間輸送に使い、閑散期には自衛隊の訓練に貸し出す事で自衛隊から収入を得られるメリットがあります。有事での使用については民間人保護の問題も含め、検討しなければいけない側面も多いのですが、厳しい財政状況の中で官民共に効率的にリソースを使えるので、問題をクリアしてくれればと思います。
今回のフィリピンの台風災害は予期せぬことでしたが、災害も紛争も予期せぬ時に発生することがあります。その有事に100%の能力を出せる能力は、普段からの取り組みにかかっています。厳しい財政状況が続きますが、効率的にリソースを活かせる方策を見出して欲しいと思います。
※この記事は、dragoner.ねっと「不足と過剰の間で揺れ動く、自衛隊の輸送能力 」のYahoo!ニュース向け転載になります。