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37年、国を支配した非道な暴君が失脚後の大統領選へ。自由で公正な選挙は行われるのか?

水上賢治映画ライター
「プレジデント」より

 「その後、こんなことが起きていたのか?」

 そう思わずにはいられない現実を見せてくれるのが、デンマーク出身のカミラ・ニールセン監督が手掛けたドキュメンタリー映画「プレジデント」だ。

 本作が主題に置くのは、ジンバブエの大統領選挙について。おそらく聞き覚えがあると思うが、同国はロバート・ムガベが1980年に首相に就くと、37年にわたって彼の独裁政権が続いた。

 しかし、2017年に軍事クーデターが起きて、ムガベ大統領が失脚。ようやく自由で開かれた国家が誕生するかと思われた。ただ、残念ながらまったく腐敗は変わらず、国民が置き去りにされた政治が終わっていないことを本作は2018年に行われた大統領選挙を通して伝える。

 現場で何が起きて、何をみたのか。カメラを回し続けたカミラ・ニールセン監督に訊く。全六回。

カミラ・ニールセン監督
カミラ・ニールセン監督

ツァンギライ氏の意志を受け継ぐ40歳の弁護士、ネルソン・チャミサの登場

 前回(第三回はこちら)は、与党サイドの取材拒否を受け、いみじくも野党サイドのみを取材することになったことを明かしてくれたカミラ・ニールセン監督。

 しかし、取材をスタートしようとした矢先、まさにメインで追うことにしていた、野党MDC連合の党首であるツァンギライ氏が選挙の3か月前にがんで死去したことから、その先どうなるかまったく不透明になったという。

 そこから取材はどう進めていったのだろうか?

「この前にもお話ししましたが、ツァンギライ氏は『ジンバブエの民主主義の父』と称されていて、独裁政治が続く中で野党を発足させた人物で、大統領選挙の最有力候補でした。

 彼の存在が消えてしまったわけですから、野党のメンバーはもちろん、わたしも少し途方に暮れました。

 ただ、幸いなことにツァンギライ氏の意志を受け継ぐ人物が現れました。

 野党MDC連合の新たな党首となった当時、40歳の弁護士、ネルソン・チャミサです。

 こうして彼をこの映画でメインで追うことになりました」

「プレジデント」より
「プレジデント」より

選挙戦が進めば進むほど、自由で公正でクリーンな選挙とは程遠い現実が

 映画を見てもらえればわかるが、新たな大統領を決める選挙は実施される前から不穏なムードが漂う。

 まず、確かに独裁者ムガベから政権を奪取して暫定大統領となったエメルソン・ムナンガグワは、国民選挙で民主化を確保することを口では約束する。しかし、それは名ばかり。残念ながら選挙戦が進めば進むほど、自由で公正でクリーンな選挙とは程遠い現実があらわになる。

 そのひとつの象徴といっていいのが投票用紙についてだ。

 野党は投票用紙がどこで印刷されてきちんと管理されているか開示を求める。

 しかし、管轄側はあいまいな答弁を繰り返す。

 なぜ、投票用紙が重要なのか、少しわかりづらいかもしれないが、その裏側を監督はこう明かす。

「なぜ、あれだけ野党が投票用紙にこだわるのか。

 ふつうに民主的な選挙が行われている国のみなさんにはなかなかわからないかもしれません。

 これまで話してきたように、ジンバブエでは、ムガベ大統領による独裁政治が長らく続きました。

 その歴史は不正選挙の歴史ともいっていいです。

 その不正のやり口というのが、投票用紙の水増しなんです。

 どういうことかというと、投票用紙を必要数の1.5倍から2倍ぐらい印刷する。

 それだけ刷ると当然ながら、投票用紙は大量に余りますよね。

 ムガベ政権は、その余った投票用紙を偽の投票に交換して自らの票にしていた。

 つまり必要以上に投票用紙が印刷されることは不正選挙の始まりなんです。

 ですから、多くの国では5~10%ぐらいしか多く刷られません。

 必要以上に投票用紙を印刷してはいけないと法律で定めている国もあります。

 でも、ジンバブエでは選挙のたびに50%も100%も投票用紙が多く印刷されることがずっと続いてきた。

 しかも、それは与党が自分たちの都合のいいように使えるものになっていた。

 だから、野党としては今回の選挙でも同じことが繰り返されるのではないかと危惧していました。

 だから、あれだけ投票用紙の印刷がどうなっているのか、こだわっていたんです。

 結果としては見ての通り。結末なので詳細は語りませんが、ああいうことになりました」

選挙人名簿を最後まで開示することのなかった選挙管理委員会

 それから、日本で言うところの選挙管理委員会の人選もかなり不透明。実際のところはわからないが、明らかに与党寄りの人間で占められて公正な選挙を監視する役割を果たすことは望み薄の体制になる。

「選挙管理委員会の人選に関しては、憲法上、公平公正なプロセスで国会を通して選ばれるはずだったんです。

 でも、あきらかに与党に寄った人物たちが就くことになった。

 で、さらにひどいことがありました。

 それは選挙人名簿を最後までかたくなに開示しなかったことです。

 わたしの母国デンマークにしても、日本であっても、選挙人名簿があります。

 有権者が記されている名簿で、投票用紙同様に公正な選挙を行うための大切なものです。

 たとえば、野党も与党もこの選挙区にはどれだけの選挙人がいるのか選挙人名簿を見れば確認することができる。

 選挙人の数がわかるということは不正投票の防止にもなります。

 たとえば有権者が1000人のエリアで、1000人を超える投票があったら、それはおかしいということが一目瞭然というわけです。

 ただ、残念ながら(2018年の)選挙管理委員会は、選挙人名簿を最後まで開示することはありませんでした」

(※第五回に続く)

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第一回はこちら】

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第二回はこちら】

【「プレジデント」カミラ・ニールセン監督インタビュー第三回はこちら】

「プレジデント」ポスタービジュアル
「プレジデント」ポスタービジュアル

「プレジデント」

監督:カミラ・ニールセン  

全国順次公開中

写真はすべて2021(C) Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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