37年続いた暴君の暴力と腐敗の独裁政治。そのただ中に入ってわたしが取材をすることになった理由
「その後、こんなことが起きていたのか?」
そう思わずにはいられない現実を見せてくれるのが、デンマーク出身のカミラ・ニールセン監督が手掛けたドキュメンタリー映画「プレジデント」だ。
本作が主題に置くのは、ジンバブエの大統領選挙について。おそらく聞き覚えがあると思うが、同国はロバート・ムカベが1980年に首相に就くと、37年にわたって彼の独裁政権が続いた。
しかし、2017年に軍事クーデターが起きて、ムガベ大統領が失脚。ようやく自由で開かれた国家が誕生するかと思われた。ただ、残念ながらまったく腐敗は変わらず、国民が置き去りにされた政治が終わっていないことを本作は2018年に行われた大統領選挙選を通して伝える。
現場で何が起きて、何をみたのか。カメラを回し続けたカミラ・ニールセン監督に訊く。全六回。
偶然から気づけばジンバブエを10年以上取材し続けることに
はじめにカミラ・ニールセン監督は2014年に「Democrats」というドキュメンタリーを発表している。こちらもジンバブエを主題にしているとのこと。デンマーク出身の彼女がなぜジンバブエを取材するようになったのだろうか?
「最終的に『Democrats』につながっていくのですが、きっかけはジンバブエで民主主義憲法が制定されることになったんです。そのときにきちんと記録に残してほしいという与野党、とりわけ野党側の要望を受けて招待されたのが実は、わたしがジンバブエを取材し始めるきっかけでした。
ですから、必ずしもジンバブエという国に興味があったわけではありませんでした。
ほんの偶然から気づけば10年以上取材し続けることになりました」
独裁政権の続くジンバブエの民主主義憲法の制定に立ちあってみたい
「記録を頼まれた」とのことだが、そもそも、その話はどうやって監督のところへきたのだろうか?
「いろいろな条件が重なってのことでした。
まず、もともとEUやデンマークがジンバブエの民主主義憲法作成を手引きして、制定に向けて経済援助をしていたことがありました。
それから、当時、民主主義憲法の作成には透明性が求められるということをジンバブエの国自体、つまり与党サイドが一応は考えていて、なにかきちんと見届けてくれる中立的な立場の人間を探していた。さらに憲法制定までの映像記録というのは他国でもあまり残っていない。ということで後世に伝えるべく記録をきちんと残そうという意識が特にジンバブエの野党サイドで高まりました。
こういったことを、わたしの地元の友人でジンバブエを長く取材しているデンマークの記者が現地で情報をキャッチしていて、わたしに薦めてくれたんです。『こういう人材を求めているようだから、君どうだい?』と。
それにわたしが応じて、申し込んでみた、といった経緯になります。
じゃあなぜ、わたしがやってみようと思ったかというと、もともといまも民主化をめぐってはいろいろなことが起きていて、民主化した国でもそのプロセスは様々なケースがある。そういった民主化のプロセスや民主主義ということに非常に興味がありました。
また、民主化を考える上では、植民地の歴史が切り離せないところがある。歴史を振り返ると、ヨーロッパの国々による植民地化でアフリカをはじめとするさまざまな国で混乱や危機が起きています。けれどもヨーロッパ側は、今日まであまり認めようとはしていません。
おそらく文化人類学を学んできた影響があって、そういった状況にもわたしは関心がありました。
それで独裁政権の続くジンバブエの民主主義憲法の制定に立ちあってみたいと思いました」
なぜ、わたしだったのかはわかりません
このような経緯でカミラ監督は、ジンバブエの民主主義憲法の制定を映像に記録することになる。
「最終的にわたしがなぜ映像での記録を任されたのか、理由はよくわかりません。
ただ、経緯から考えると、先ほども話したように、ジンバブエは2019年に亡くなったロバート・ムガベ大統領、いまは元大統領ということになりますけど、彼の独裁政権が40年近く続きました。
その間には、血生臭い選挙も起きていて……。2008年の大統領選挙で、ムガベ大統領の対立候補が当選が確実だった。ところがムガベ大統領が軍部を使い、他党のリーダーをはじめとした主要メンバーを抹殺するというとんでもない事態が起きてしまいました。
当然ながら、そのことに対しては、国際社会から批難の声が上がりました。
それでジンバブエで民主主義憲法を作るべきという動きが生まれ、実際に民主主義憲法が作られることになったんですね。
そのムガベ大統領の権力縮小のための憲法を作るということで、主に野党側から記録を撮ってほしいということで招待されることになりました。
血みどろの選挙があったので、与党も野党もお互いに信頼できないという状況があった。だから、互いに誰か記録する担当する人物を候補にあげても、信頼できない。
それで中立的な立場の人間を探していたら、名乗りをあげたデンマーク人の映像作家がいた、ということでわたしに任せたということだと思います」
(※第二回に続く)
「プレジデント」
監督:カミラ・ニールセン
池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
写真はすべて2021(C) Final Cut for Real, Louverture Films & Sant & Usant