阪神タイガース・片山雄哉が報いたい二人の人物―西勇輝投手と横田慎太郎さん
(前回の続き)
2年目につながるさまざまなものを習得できたルーキーイヤーを経て、いよいよ今年は勝負の年だ。
阪神タイガース・片山雄哉選手にとって、1軍で活躍して報いたい人が二人いる。
■西勇輝投手との縁
まず一人目は西勇輝投手だ。実は西投手とは浅からぬ縁がある。
高校時代のチームメイトが西投手のいとこで、練習試合を見にきてくれた西投手と対面しているのだ。
当時、オリックス・バファローズの二枚看板として金子千尋(現在は弌大)投手とともに活躍していたスター選手に、チームメイトは群がり、サインをねだった。ところが片山選手だけは頑としてもらわなかった。
自分もプロ野球選手になりたいと思っていた。いや、必ずなると信じていた。だから、「サインをする側」でなく「サインをもらう側」であることが悔しくて、もらえなかったのだ。
タイガースに入団後、食事に連れていってもらった。その席で「そういやお前、高校のとき、こうだったよね」と、西投手から切り出された。
まさか覚えてくれていたとは!
そのことに非常に驚いた。と同時に、とても嬉しかった。
■道具の心配まで…
さらに西投手は、育成だから道具も満足にないだろうと心配もしてくれた。そこで自身がアドバイザリー契約を結んでいるSSK社に掛け合い、用具提供の手はずを整えてくれた。
「もうシーズンが始まっていたのに。会社の年間の予算とかあるだろうに、それでもしてくれて…」。
片山選手は感激し、心から感謝した。
そんな西投手に恩返しがしたいのだ。
正捕手である「梅野隆太郎」という鉄壁の牙城が難攻不落なのはわかっている。「西さんと梅野さんはラブラブですもんね」と言いながら、もちろん挑戦しないわけにはいかない。
「いつか西さんとバッテリーを組んで勝ちたいっていう目標はあるし、同じ土俵に立ちたいと思って今までやってきてるんで。その可能性を、チャンスを今、もってるわけだから。絶対にやりたい!」
そうメラメラと意欲をたぎらせている。
■横田慎太郎さんの最後のバックホームを受け取った
片山選手が報いたい人、もう一人は昨年引退した横田慎太郎さんだ。深い付き合いがあったわけではないが、横田さんの姿勢はずっと見てきた。
昨年9月26日、鳴尾浜球場で行われた横田さんの引退試合。今なお何度も繰り返しオンエアされ、タイガースファンのみならず野球ファンの記憶に刻まれているバックホームのシーンで、横田さんが投げたボールをキャッチしランナーにタッチしたのが捕手の片山選手だった。
「あれ、“奇跡のバックホーム”ってみんな言ってるけど、僕は奇跡ではないと思っている。横田とは1年しか一緒にやってないけど、彼の野球に対して向き合う姿勢だとか野球に費やしてきた時間というのは、本当にすごかった。僕が見てきた中で、彼に勝る者はいないと思う。だから奇跡なんかじゃなくて必然的な、当然の結果。それだけの練習をしてきた、彼の実力だと思う」。
そう、きっぱりと言う。
センターに飛んだボールを横田さんが捕ったところから、「正直、あんま記憶がない。止まってるような感じっていうか…」と述懐する。ただ独特な空気感だったことだけは覚えているという。
「無というか、不思議な空間だった」。
試合後、「タッチした瞬間、なんでもっとガッツポーズとかしなかったんだよ。絵になるのに」と冗談まじりに言う人がいたという。しかし、片山選手はこう振り返る。
「僕からしたら、ほんとに彼の能力っていうか、彼の当たり前の実力でできたものだと思ってるから、そういうの(ガッツポーズ)はできなかったのかなって思う」。
■もらった大きな力
それよりも、あのボールを自分に投げてもらったことが、特別な何かを感じるのだとうなずく。自分にとって意味のあることだったのだと思えるのだ。
「これから生きていく中で、野球をやっていく中で、きっと彼の姿勢や態度、向き合ってきた時間というものが、僕の記憶の中で絶対に必要になるときがくるのかなって思う」。
自身も「うまくなりたい」「強くなりたい」と向上心をもって一心不乱にやってきた。そこは誰にも負けていないつもりだ。だからこそ、横田さんに「繋がらせてもらえた」と感じたのだ。
横田さんが経験したことや苦悩は計り知れないし、想像も及ばない。
「僕らが感じる以上に苦しかっただろうし、つらかっただろうし、相当な我慢もしてたんじゃないかと思う。彼のこの何年間に比べたら、自分のことなんてたいしたことないし、微々たるもの。そういうことを考えられる、これまでになかった“引き出し”を作ってくれた。自分にとってはすごく大きな力になる存在ではある」。
横田さんに直接伝えたわけではないが、片山選手の中では感謝の念を禁じえない。だから1軍で活躍して、その姿で伝えたいと思うのだ。
もちろん感謝したいのはこの二人だけではない。
昨年ずっと練習に付き合い、指導してくれたファームの監督やコーチ陣。
平田勝男監督はいつも、厳しくも温かく声をかけてくれた。
山田勝彦コーチは、キャッチャーとしてより成長するためのアドバイスをくれた。
日高剛コーチは同じ左打ちの捕手として、常に一緒に最後まで残って練習をさせてくれた。
新井良太コーチは優しく見守ってくれ、答えが欲しいときはいつも手を差しのべてくれた。
そのほか、これまでお世話になったすべての人に報いたい。そのためには1軍に昇格し、活躍することだ。
「一番の敵は自分。自分の欲望や自分が作った壁…自分に勝てないと」。
いよいよ勝負の2年目。片山雄哉は己に打ち克ち、勝負に勝つ。
(撮影はすべて筆者)