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奇跡の時間を焼き付けた、ワン・ダイレクション・ムービー

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ワン・ダイレクション THIS IS US』11月1日公開

完全ナチュラルな素顔がここにある

別にファンでもないのに、観ていてどんどん熱くなる! ミュージシャンの素顔を伝えるドキュメンタリーは数多く作られているが、こんな経験をするのはめったにない。ワン・ダイレクション(以下、1D)のツアーに密着した本作がその効果を発揮するのは、最高に“旬”の時期をタイミングよく押さえたからだ。

まぁ、1Dの生みの親である、プロデューサーのサイモン・コーウェルが製作しただけあって、「よくできたプロモーション・ビデオ」ととれなくもない。でも、この映像に収められた1Dの表情や会話が、よく見せようと「作られた」ものだったとしたら、それはそれで彼らが信じがたい演技力の持ち主で感心するが、そこまでの演技の才能があるとは到底思えない。つまり、本作は完全にナチュラルな素顔を切り取っていると断言できるのである。

東京でのお宝映像も収録

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まず伝わってくるのが、メンバー5人の仲の良さ。オーディション番組で発掘された寄せ集めのメンバーにもかかわらず、「最高の仲間になった」という意識が、やたらと、そしてさり気ない会話の中に盛り込まれ、気恥ずかしさを通り越して、清々しいったらありゃしない。ライブの本番直前まで、ふざけ合ってる様子も、そこらにいそうな等身大の20歳前後の男子の姿だ。

同じような最近の傑作ドキュメンタリーに『ジャスティン・ビーバー ネヴァー・セイ・ネヴァー』があるけれど、あちらは屈折した負の一面もとらえることで、ビーバー様の素顔に迫っていた。1Dの本作は、明るい面だけが強調されているが、それが彼らの素顔=持ち味なのだから、有無を言わせないリアル感がみなぎっている。

イギリスの人気オーディション番組「Xファクター」に出演した当時の懐かしい映像に始まり、ヨーロッパ各国、アメリカ、メキシコを回るワールドツアーの各都市での熱狂が収められるなか、東京での舞台裏もかなり長めに挿入。日本に関する彼らの“天然”な会話&行動で笑わせてくれたりもする。さらに、彼らの家族にまつわるエピソードでは、思わず観ているこちらの涙腺を刺激する描写もあるし、メンバーそれぞれが現在の人気と将来を冷静に見つめる心模様も語られる(このあたりの冷めた感覚が今どきの若者っぽい?)。眠る間もないほど忙しいトップアイドルとしての過酷な日常、実際のライブでは味わえない3D効果も生かした遊び感覚の映像…と、ドキュメンタリーとして出来過ぎている。なのに出来過ぎ感が「あざとさ」につながらないのは、やはり1Dのピュアな素直さが全編に貫かれているからだろう。

熱いファンじゃない人も虜に

よく似たタイトルの『マイケル・ジャクソン/THIS IS IT』が、「THIS IS IT」=「これしかない」「これで決まり!」というニュアンスで、彼の死後、その存在を神格化するような作品だったのに対し、1Dは「THIS IS US」。まさに今この瞬間、彼らの日常と頭の中を伝えつつ、未来の彼らにも思いを馳せさせる。どう考えても数年後には、人気も落ち着いているだろうし、もしかしたら現在と同じような活動はしていない可能性だってある。その意味で2013年の今、観るべきドキュメンタリーなのだ。

映画が終わった瞬間、隣に座っていたベテランの某女性映画評論家が、ため息まじりに「かわいかったね」と一言。1Dのファンはもちろん、これまで無関心だった人も、彼らのファンにさせるマジックを本作は秘めている!

ロンドンでの本作プレミアより
ロンドンでの本作プレミアより

『ワン・ダイレクション THIS IS US』

11月1日(金)、新宿バルト9ほか3D・2Dにて全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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