タイで「加熱式タバコを吸う」と最大10年の懲役刑に
東南アジアのタイでアイコス(IQOS)を吸っていた喫煙者が続々と逮捕され、高額の罰金を支払う羽目になっているとSNS上で話題になっている。同様のケースは電子タバコを広く使用する英国人やイスラエル人などにも適用されているようだ。
厳しいタイのタバコ規制
タバコに関する各国の規制は、喫煙率、税法、薬事法を含めた医薬保健関連法、タバコ会社の影響力、そしてまず国民の健康や生命を第1に考える政治家や役人がどれだけいるかといった複雑な要因で決められる。さらに、新型タバコの登場で議論にバイアスがかけられ、その結果、各国で多種多様な規制内容になる。
夏休みで海外旅行へ出かける喫煙者もいるだろうが、目的地のタバコ規制内容をよく把握してから出かけることをお勧めする。映画『ミッドナイト・エクスプレス(Midnight Express)』(1978年)のようなことが実際に起きるかもしれないからだ。
日本と同じFCTC(WHOたばこ規制枠組条約、2005年〜)の締約国であるタイ王国(以下、タイ)は、2014年の軍事クーデター後、新たに憲法改正が発議され、国王の権力を強めた憲法が制定された。2017年4月からタバコ規制のためのタバコ製品管理法(Tobacco Products Control Act、TPCA)がスタートしたが、この動きも憲法改正の影響だ。
タイのTPCAにより、従来のタバコ規制法から順次、同国のタバコ規制はより厳しい内容に切り替わりつつある。
タイの公衆衛生当局はタバコ規制に熱心で、2007年からタバコ広告規制を強化し、タバコのパッケージの警告表示をより健康への害をアピールするものへ規定し、タバコ会社に対して無料の電話禁煙相談窓口(クイットライン)の電話番号のパッケージへの記載を義務づけるなどしている。タイでは保健振興財団(The Thai Health Promotion Foundation)の影響力が強く、これまでも子どもの喫煙を防止したり、喫煙率の低減を訴えかけたりといった活動を強化してきた。
受動喫煙防止に関しても2010年の厚生大臣の告示から2017年のTPCAへの切り替えで、喫煙できるエリアはどんどん狭められつつある。公共の場所やレストラン、バーなどでも、分煙のための空調設備があれば喫煙可から全面禁煙へ移行し、2018年1月からはパタヤ、サムイ島、プーケットなどの海辺の観光地が禁煙になった。
タバコ製品に対する規制範囲を広げた施策も2017年のTPCAに盛り込まれた。加熱式タバコは電子タバコの一種とみなされ、タイのTPCAによってアイコスも取り締まりの対象となっている。これはタイ人以外のタイ国内の外国人にも適用される。
タイ観光局の「Electronic Cigarettes are illegal in Thailand」という情報ページによれば、薬事法や2014年に成立したタバコ規制法などにより、タイに電子タバコを持ち込むことは禁止されている。それはニコチン添加していない電子タバコでも同様であり、水タバコや加熱式タバコなどタバコに似せた製品(Imitatiing Cigarettes)も規制の対象とある。
タイのTPCAでは、未成年者(20歳以下、以前の18歳以下から引き上げられた)に喫煙させたりタバコを売った場合、最大3ヶ月の懲役刑と3万バーツ(約10万1000円)の罰金となる。許可されていない場所での喫煙(紙巻きタバコ)では、最大10万バーツ(約34万円)と1年の懲役刑、加熱式タバコを含む電子タバコを所持しているだけで最大50万バーツ(約170万円)か最大10年の懲役刑になる可能性がある。
許可されたエリアでなら紙巻きタバコの所持も喫煙も許されるが、加熱式タバコを含む電子タバコはそうではない。アイコスやグロー(glo)、プルーム・テックといった加熱式タバコも規制対象になっているが、販売目的ではなく単に所持しているだけで処罰される。日本人以外でも電子タバコの利用者が多い英国や米国などからの旅行者が、電子タバコの所持や使用の違反行為で逮捕されているようだ。
見習いたいタイの先進性
ニコチンを添加した電子タバコは、2003年に中国人が開発し、欧米に広く流通するようになった。日本では薬機法(旧薬事法)でニコチンが医薬品に分類されるため、承認を得たもの以外は電子タバコのカートリッジに添加することは禁止されている。これまで電子タバコのカートリッジで承認された製品はない。
そのため日本では葉タバコを使った加熱式タバコが広がりつつあり、紙巻きタバコからアイコスなどへ切り替えた喫煙者の中には、これで禁煙が成功したと勘違いする人もいるようだ。もちろん、加熱式タバコを吸えば発生したニコチンや有害物質が身体に取り込まれ、その健康への有害性は従来の紙巻きタバコとそう変わらないと考える研究者も少なくない。
世界各国のタバコ規制では、無視できない速度で広まりつつある電子タバコを対象にしたものがほとんどだ(※1)。ニコチン添加式の電子タバコがほぼ禁止されている日本では、それが加熱式タバコということになるが、日本における加熱式タバコの規制はまだまだ緩い。
ようやく日本でも受動喫煙防止法案が成立し、悪質な喫煙者には最大30万円、施設管理者には最大50万円の過料を科すことが定められた。だが、加熱式タバコについては、専用の喫煙室を設置すればそこで飲食してもいいことになっている。
東京都の受動喫煙防止条例では、さらに加熱式タバコへの規制が緩い。国の受動喫煙防止法では違反に罰則があるが、都の条例では紙巻きタバコに対する罰則はない(そのほかの都の過料は5万円以下)。
タイのタバコ規制は、加熱式タバコを含む電子タバコに関するものを含めても、世界レベルでかなり厳しいものだ。だが、タバコ規制や受動喫煙防止法などに違反すると罰金を取られたり、刑務所に入れられることもあるというのは世界で一致した流れといえる。
日本の受動喫煙防止法や都の受動喫煙防止条例では、取り締まりの主体機関があいまいで、実際に取り締まることができるか、その効果に疑問な部分も多い。タイでは警察官が見回って取り締まっているし、韓国では自治体が積極的に取り締まりを行って罰金を徴収している。
公衆衛生の基本理念は「疑わしきを承認せず」だ。長期にわたって影響が出る健康被害は、その因果関係がわかってから対策を採っていては遅い。過去の公害や薬害などの苦い教訓から、こうしたことは十二分に理解できているはずだ。
タバコにしても長い間、喫煙と病気との因果関係がわからなかった。タイの先進性にならい、日本でも加熱式タバコで同じ愚を犯すことがないよう、行政当局へ規制を訴えかけ、その動向を監視していく必要がある。
※1:Ryan David Kennedy, et al., "Global approaches to regulating electronic cigarettes." Tobacco Control, Vol.26, Issue4, 2016