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「WBCフィーバー」で影が薄れた尹大統領の訪日

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
尹錫悦大統領(大統領室HPから)

 WBC(ワールドベースボールクラシック)でサムライジャパンが連戦戦勝し、日本中が熱狂したことで尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の訪日はどこか影を潜めた感じだった。

 隣国の大統領の訪日は2019年6月に大阪で開催された主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)出席のため来日した文在寅(ムン・ジェイン)前大統領以来、実に3年9か月ぶりのことである。

 この間、両国は元徴用工問題や韓国の駆逐艦の海上自衛隊のP1哨戒機への照射事件、日本の対韓半導体輸出規制措置、それに反発する韓国内の日本製品不買運動により「史上最悪の関係」と称されるぐらい冷却期間が続いていた。尹大統領の訪日と岸田首相との首脳会談により険悪だった関係に終止符が打たれたわけだから尹大統領の訪日は日本でもう少し脚光を浴びてもよさそうなものだった。

 この時期の尹大統領の訪日をめぐっては一番目に日本との経済交流を深めたいとする経済的な理由、二番目に北朝鮮のミサイル脅威に共同で対処すべき安全保障上の理由、三番目に米国を軸に自由で開かれたインド・太平洋での日米韓の協力体制の構築などがその目的と韓国で取り沙汰されていたが、1泊2日の訪日で話題となったのは岸田首相が尹大統領の会食を梯子で、それも2件目はオムライスで尹大統領をもてなしたということだった。尹大統領は何も日本の有名店の昔懐かしいオムライスを食べたさに日本に来たわけではないが、残念ながらそれしか頭に残っていない。

 尹大統領の現在の支持率は最新の韓国の世論調査(韓国ギャラップ)によれば、33%しかない。共同通信の世論調査(3月11-13日)によると、岸田首相も38.1%と40%を切っているが、それでも尹大統領よりもましだ。

 尹大統領は韓国内ではどちらかと言うと、不人気で、自らが将来の日韓関係のため、若者世代のため大局的な見地から決断した韓国財団による元徴用工補償も韓国では過半数以上の59%の国民が反対していた。それに対して日本国民は共同通信の調査では57.1%が評価し、NHKの世論調査(3月10-13日)でも53%が評価していた。韓国内での支持は低いが、日本での支持はそれなりに高いようだ。

 日本の要求を丸呑みし、▲元徴用工らには韓国が日本企業に代わって弁償し▲今後日本企業に返済は一切求めない▲謝罪も求めないとの解決策を提示したわけだから日本で評価されるのは至極当然のことである。それだけに熱烈歓迎とはいかないまでもう少しスポットが当てられても良さそうなものだった。

 尹大統領が来日した日はまさに日本がイタリアを破って準々決勝を決めた日だった。折しも、北朝鮮はこの日午前7時頃、日本海に向け4か月ぶりにICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星17」を発射した。防衛省の発表では「火星17」は北海道の渡島大島の西方約250kmのEEZ(排他的経済水域)外に落下していた。

 北朝鮮のICBMの発射は大統領がソウルを出発する約3時間前だったが、仮にイタリア戦開始時間の午後7時頃にぶつかっていたならば、また昨年10月に日本列島を横断したICBM「火星12」のように日本列島を飛び越えていたならばJアラート(全国瞬時警報システム)の速報が流れ、野球観戦に水を差されたかもしれない。

 北朝鮮のICBM発射は尹大統領の訪日のタイミングに合わせたと言われている。天下泰平の日本とは異なり、韓国と北朝鮮は軍事的に睨み合っている。今まさに韓国で米韓が最新兵器を投入し、大規模の合同軍事演習を実施しているのも、また北朝鮮が対抗してミサイルを乱射しているのも朝鮮半島有事に備えているからにほかならない。

 万が一、合戦ということになれば、日本も他人ごとでは済まされない。在韓米軍が出陣すれば、「兄弟」の在日米軍も自動的に「助っ人」として参戦することになる。沖縄に駐留する海兵隊が朝鮮半島に馳せ参じ、日本の基地から戦闘機が飛び立ち、戦艦が出港する。言わば、日本は米韓連合軍への燃料、武器・弾薬、食糧、医療などを供給する後方基地となる。北朝鮮が「候補基地を叩かずして第2次朝鮮戦争は勝てない」との作戦を立てているならば、日本が北朝鮮のミサイル攻撃のターゲットとなるのは必至だ。

 北朝鮮と全面対決している尹政権からすると、今まさに迫りつつある危機に対してもう少し韓国と共通の危機感を持ってもらいたいとの思いが強かったようだが、日本の一般国民にはそうした危機感は正直言って薄い。ウクライナ戦争のようなことが隣国で、それも日本を巻き込んで起きるとは誰も真剣に捉えていない。

 従って、北朝鮮が日本列島を飛び越えるミサイルを発射しようが、軍事衛星を打ち上げようが、7度目の核実験を強行しようが、今はそれよりも誰もがサムライジャパンのWBC優勝しか眼中にないと、日本チームが勝って勝ちまくっている限りは、即ち決勝が行われる22日まではこの熱狂は冷めることはないと尹訪日団は思い知らされたのではないだろうか。

 しかし、仮に韓国のチームが予選(第一次ラウンド)で敗退せず、日本と一緒に決勝ランドに進んでいたら、韓国国民も2002年日韓ワールドカップの時と同様に「大韓民国」を連呼し、フィーバしていたはずだ。それが普通である。庶民にとって政治は政治、外交は外交、スポーツはスポーツなのである。

 国民を戦争に巻き込むことのないよう情勢を管理するのが政治家、指導者の責務である。国民の生命と安全と財産を守るには首脳会談での有事議論も必要かもしれないが、いざとなったら「一緒に戦おう」ではなく、「一緒になって戦争を止めよう」という話を主題にして、国民を安心させてもらいたいものだ。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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