奨学金の返済が「半額」に? 日本学生支援機構の敗訴で「過払い金」の発生も
今月19日、日本学生支援機構(JASSO)の奨学金を利用している人にとって、極めて重要な裁判判決が言い渡された。それは日本学生支援機構が、奨学金の返済にあたって本来の返済額よりも多い金額を受け取っており、過払い分を返金すべきという内容だった。
しかも、裁判所は、日本学生支援機構は本来受け取るべきではないと知っていながらその分も請求していたと認定している。
そもそも、日本学生支援機構は日本育英会などが合併して発足した文部科学省管轄の独立行政法人で、高校生が大学や専門学校などに通う際に利用する「奨学金」といえば、この団体が運営しているものを指す場合がほとんどだ。このような「学生支援」を名目に創設された半ば公的な団体が、請求根拠が法的に無いことを認識しつつも請求を続けていたことは、通常考えられないだろう。
ではなぜこのようになったのだろうか。これから返済しなければならない人や、いま返済している人にどのような影響があるのだろうか。この記事ではそれらについて考えてみたい。
本来の「保証人」の返済額は半分
まず、この裁判について、報道を元に確認していきたい。
参考:学生支援機構は「悪意の受益者」 奨学金返済めぐり、高裁が返金命令
日本学生支援機構を訴えたのは、北海道で暮らす76歳の男性と、同じく北海道に済む69歳の女性だ。ポイントは、ふたりとも自身が奨学金を借りたのではなく、奨学金を借りた人の保証人だったという点だ。
そもそも、日本学生支援機構から奨学金を借りるには、人的保証か機関保証(保証会社を利用)のいずれかを選択する必要がある。人的保証の場合は、連帯保証人(原則父母)と保証人(4親等以内の親族)を2人用意する必要があり、借りた本人が返済できなくなった場合にそれぞれに返済義務がある。ただし、連帯保証人と保証人は、どちらも「保証人」ではあるものの、返済義務に関しては法的に大きな差がある。
連帯保証人とは、本人と全く同じ責任を負うという立場である。それこそ、借りた本人にお金があろうがなかろうが、貸す側は最初から連帯保証人に請求することも法的には認められている。
しかし、保証人は連帯保証人とは異なる。まず保証人には「先に本人や連帯保証人に請求してください」と主張する権利がある。そして、両者が自己破産などで返済できなくなった場合にのみ、返済の義務が生じる。
さらに、今回の裁判でもテーマとなった「分別の利益」を主張することができる。これは保証人が複数いる場合、一人あたりの支払額は人数割りされるという民法上の規定であり、日本学生支援機構の奨学金の場合、保証人は「連帯保証人」と「保証人」の2人であるため、保証人の支払額は最大でも半額となるべきであった。
日本学生支援機構を「悪意の受益者」と呼ぶ判決
しかしながら、裁判を起こした男性は返還されていなかった金額約94万円の約7割にあたる約65万円を、女性は請求された約242万円を全額支払っている。どちらのケースでも、本人も連帯保証人も支払い能力がなかったとのことで、保証人に請求される事自体は適法だったようだが、残金が全額請求されたことは、上の「分別の利益」の考え方からして、問題含みであった。
二人は、全額請求はおかしいと考えて「過払い分」の返還と損害賠償を求めて日本学生支援機構を訴えた。機構側は、保証人には分別の利益があるものの、それは保証人自身が主張すべきであり、全額請求することは問題ないと主張していたようだ。
第一審および19日の第二審(札幌高裁)は、いずれも保証人の側に立ち、機構に対して過払い分と利子の計約200万円を保証人らに支払うよう命じた。さらに、「機構は、過払い分が不当利得と認識しながら支払いを受けた『悪意の受益者』というべきだ」と、そもそも機構は、保証人らには法的に支払う義務がないとわかっていながら請求していたと述べている。
この判決で明らかになったのは次の二点だ。まず、仮に保証人が「分別の利益」についての知識がなく、自分から主張しなかったとしても過払いは過払いであり、払いすぎた分を日本学生支援機構は返還すべきだと判断した点。次に、日本学生支援機構は仮に払いすぎだと認識していたとしても、その事実を教えてくれない場合があるということだ。
おそらく、ほとんどの人は連帯保証人と保証人の区別も知らず、ましてや分別の利益について知識がある人は極めて少ないだろう。もしいま保証人の立場で返済を求められている人がいれば、もしかすると返済金額が減るかもしれない。すぐに支援団体などにご相談いただきたい。
家族全員を追い詰める奨学金「地獄」
このような日本学生支援機構による請求は、以前から問題になっていた。拙著『ブラック奨学金』(2017年、文春新書)では、NPO法人POSSEに寄せられた奨学金に関する相談や、当時、機構から返済を求められて訴えられた人の裁判記録やインタビューを元に、機構の取り立ての実態が描かれている。
その中では、まさに今回のように保証人であるにもかかわらず全額請求されてしまった東北地方在住の60歳代男性や、保証人になった記憶が一切なく開示された書面の署名が自分のものではないのに(おそらく借りた親族が勝手に署名したと思われる)「返済」を求められて訴えられた方のケースなどを紹介している。
そうした保証人側の事情などを考慮することなく返済を求める日本学生支援機構の対応を問題視するとともに、それが借りた本人だけでなく親族までも巻き込んで影響を及ぼす可能性があることを指摘した。
しかも今回の朝日新聞の報道によれば、いまでも保証人が過払い返還を行っているケースがあり、かつその事実を保証人に日本学生支援機構は伝えていないケースがあると回答したという。「学生支援」を名乗る団体が、裁判で敗訴しても法律に沿った説明を行わないのは理解に苦しむが、ここから言えることは、日本学生支援機構の言うことを鵜呑みにせず、奨学金の返済で困ったときは外部の専門家に相談することの重要性だ。
参考:「分別の利益」今も保証人に伝えず 奨学金返済めぐり支援機構
世界的にみても高額な日本の教育費
奨学金問題の背景には、世界的にみても高額な学費の問題がある。1975年には3.6万円だった国立大学の授業料は、1990年には約34万円に、2005年以降は約54万円まで引き上げられている。同様に、私立大学の平均授業料は毎年上がっており、2005年は約83万円、2021年は約93万円にのぼっている。
参考:文部科学省「私立大学等の令和3年度入学者に係る学生納付金等調査結果について」
実は、日本は世界的にみても高等教育に対する公的な投資がほとんど行われていない。OECD(経済協力開発機構)の比較によれば、そもそも対GDP比でみた場合、日本の高等教育機関に対する支出はOECD平均の1.4%を下回る1.3%にとどまり、さらに、特徴的なのはその大部分(0.9%)が家庭などによる私的な支出に基づいているという点だ。つまり、国や自治体などが公的に教育に予算を充てているのではなく、親などが学費支払いなどで教育費を負担しているのだ。
高等教育機関に対する公的支出の低さは、以下のグラフをみても一目瞭然だ。高等教育機関に対する公的・私的支出を国際比較した場合、日本の公費負担割合はイギリスについでワースト2位で、その内訳は、公費負担割合32.1%、家計負担割合52.7%、その他私費負担割合15.2%となっている。
このように、日本はそもそも国として教育に充てる割合が極めて低くなっており、それを親などが私的に負担するという構図になっている。そのため、多くの学生が奨学金を利用せざるを得ない状況になっており、いま(2020年度)では大学生の2.9人に1人(34.1%)が奨学金を利用している。これは2004年度と比較しても1.5倍に増えており、いまでは無利子の場合、一人あたり平均232万円、有利子の場合は337万円を借りて大学や専門学校などの教育機関に通っている。
さらに、いまでは奨学金を返済できるかどうかが、若者が就職先を選ぶに当たって大きな要素の一つとなっている。数百万円の奨学金という名の借金は、住宅ローンを組まなければ、おそらく人生で一番高額な借金となるだろう。
働く人の約4割は低賃金で不安定な非正規雇用に追いやられ、正社員として就職できたとしても、短期間での使い潰しが前提なブラック企業の可能性もある。奨学金返済もあるからか、比較的給料の高いと言われているマグロ漁船の乗組員の志望者が増えているという。
参考:マグロ漁船員、大卒の志望者増 3Kイメージ変化 「奨学金返済したい」の声も
雇用環境の問題はあるが、そもそも、学費自体があまりに高額であり、家計など私的負担が大きいことに奨学金問題の本質があるといえる。そもそも「奨学金」とは世界的な定義では返済が不要な給付型のもののみを指す用語であり、返済が必須の借金は「学生ローン」と明確に区別される。日本のように「給付型奨学金」と「貸与型奨学金」という紛らわしい用語法は世界的には通用しない。
岸田政権は給付型奨学金の拡充などに今後取り組むようであり、これ自体は必要な政策だろう。しかし、このまま学費が高騰し続ければ、ますます多額の借金を背負う若者が増えることになる。さらに、すでに卒業して返済中の人は給付型奨学金ではカバーできない。日本学生支援機構による取り立てに歯止めをかけて、奨学金返済中の人々への支援策もあわせて今後求められる。
参考:大学生への給付型奨学金など支援改善へ 政府会議 提言まとめる
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