「自主性のない部下」を「自主性のある部下」にするために、部下の自主性を重んじる残念な上司たち
私は6年連続で年間100回以上、セミナーや講演をしています。対象は企業の経営者やマネジャーが中心。テーマは目標の「絶対達成」です。経営目標を絶対達成させるには、どのように組織運営するか。どう部下育成をするかを、現場のコンサルティング体験に基づいて語っています。
6年近くもやっていますと、経営者や中間管理職の意識の変化にも気づきます。年々、彼ら彼女らの、部下の「自主性」を重んじる姿勢が強くなっている、のです。
以前であれば、
「部下にカツーン! と言えばいいんです」
と私が言うと、
「その通りですね、先生! やってみます」
などと返してくる人が多かったのですが、最近は
「いや、なかなかそういうわけには……」
と、歯に何か挟まっている感じでモゴモゴと話す人が増えています。
「いくらなんでも頭ごなしに言うのはマズイと思うんです。やはり部下の自主性を重んじないと」
と反論してくるのです。もちろん私はその意見に賛成です。相手の意見も聞かず、頭ごなしに上司の要求を突き付けるのはよくありません。問題意識を持ち、自分で考え、自分で主体的に動けるよう仕向けるのが、上司の役割ですから。
私がこのように言えば、
「そうそう、そうですよ。横山さん、部下にカツーン! と言えばいいってもんじゃない」
と、このように多くのマネジャーたちは賛同するでしょう。「井戸端会議」的なコミュニケーションなら、これで会話は成立しますが、先述したように私は「絶対達成」のコンサルタントですから、当然のことながら
「部下にカツーン! と言えばいいってもんじゃない、というのはいいんですが、じゃあ、どうするんですか?」
ということになります。こう言うと、必ず、
「そうなんです。そこが問題なんです。最近の若い子は危機感が足りないんですな。言われたことはキチンとやるんですが、みずから主体的に動く、ということがなかなかできないように思うんです。どうしたらいいんですかね」
と返してきますから、私は同じことを繰り返し言います。私の主張は一貫しているのです。
「ですから、部下にカツーン! と言えばいいんです」
「だからー。横山さん、部下にカツーン! と言えばいいってもんじゃないと言ってるんでしょう。頭ごなしに言うと、今どきの若い子はよけいに動かなくなります。もっと自主性を重んじないと」
「じゃあ、どうするんですか?」
「そうなんです。そこが問題なんです。最近の若い子は問題意識というのをどう捉えているんでしょうかね。部下たちがみずから主体的に問題意識を持つためには、どうしたらいいんでしょうか?」
「ですから、部下にカツーン! と言えばいいんです」
「だーかーらー、横山さん! それじゃあダメなんです!」
……と、この繰り返しです。私は、愚痴ばかりこぼして部下に直接何も言わず、念力か何かで部下に「自主性」を身に付けようとするコメンテーター的上司に手を焼きます。私の言うとおり、「カツーン!」と言わなくてもいいですが、上司が部下に何もしなければ、堂々巡りなのです。
いつまで経っても部下の言動は変わらず、目標達成に向けた組織的マネジメントができません。
「自主性のない部下」を「自主性のある部下」にするために、部下の自主性を重んじるのはやめましょう。論理矛盾を起こしています。「自主性のない状態」から「自主性のある状態」にするためのプロセスには「強制」が必要なのです。自主的の反意語は強制的なのですから。
言い方は気をつけなければなりませんが、自主性のない部下に自主性を重んじるのは矛盾した態度であることを、世の中の上司たちはもっと知っておく必要がありますね。