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『浅草キッド』『泳げ!ニシキゴイ』……芸人の人生をドラマ化する企画が人気の理由とは?

ラリー遠田作家・お笑い評論家

日本テレビの朝の情報番組『ZIP!』内で放送されている、お笑いコンビ・錦鯉の半生を描くドラマ「泳げ!ニシキゴイ」が話題を呼んでいる。

漫才の祭典『M-1グランプリ』は、現在のお笑い界で注目度ナンバーワンのイベントである。芸人たちが1年かけて練り上げてきた極上の漫才が楽しめるだけではなく、真剣勝負に挑む彼らが織り成す人間ドラマの要素も魅力の一つだ。

そして、近年の『M-1』の中でも、錦鯉の優勝は最もドラマティックなものだった。ボケ担当の長谷川雅紀は当時50歳(現在は51歳)。若手芸人中心の『M-1』出場者の中では飛び抜けた芸歴と年齢を誇る。頭髪は薄く、不摂生がたたって歯は9本抜けている。若い頃から芸人を続けながらもずっと芽が出ず、バイトを続けて極貧生活を送ってきた。相方の渡辺隆も『M-1』優勝当時は43歳(現在は44歳)。決して若いとは言えない年齢だ。

錦鯉の優勝はドラマにする価値がある

そんな彼らが、フレッシュな若手芸人をごぼう抜きにして、悲願の優勝を成し遂げた。優勝決定の瞬間、2人は涙をこぼしていたし、審査員の富澤たけしと塙宣之も思わずもらい泣きしていた。『M-1』の歴史に残る劇的な優勝だった。

そんな彼らの半生がドラマになるというのは、企画としては斬新だが、十分納得はできる。中年芸人の人生大逆転の瞬間は、それだけでドラマにする価値がある内容だからだ。

近年の映像業界では、芸人の半生をドラマ化するような企画がたびたび行われている。Netflixでは、ビートたけしの自伝をもとにした『浅草キッド』、ジミー大西の半生を描いた『Jimmy~アホみたいなホンマの話~』が配信されているし、2021年にはフジテレビで志村けんの芸人人生を描いた『志村けんとドリフの大爆笑物語』が放送された。

芸人の実体験やエピソードをもとにした再現ドラマを作るという手法は、バラエティ番組でもたびたび見受けられる。日本テレビの特番『誰も知らない明石家さんま』では、明石家さんまに会った一般人の体験談や、さんま自身の過去のエピソードがVTR化されていた。

芸人の人生がドラマとして消費されている

このような芸人を題材にしたドラマが増えている理由は、今の時代には芸人が最もメジャーで最も身近な有名人であり、人々がその人生にも関心を持っているからだ。

たとえば、大河ドラマなどの歴史上の人物を題材にしたドラマに根強い人気があるのは、その人物が成し遂げたことや時代背景について、ある程度の共通認識があるからだ。

たとえば、織田信長を扱った歴史ドラマを見る前に「桶狭間の戦いで勝って、本能寺の変で死んでしまうっていう流れがわかっているから退屈だな」と思う人はいない。むしろ、わかっているからこそ、それを楽しみにしてドラマを見るのである。

極論すれば、現代の芸人とは、歴史上の人物と同じような存在である。人々は、テレビを見て彼らの芸を楽しむだけではなく、彼らの人生そのものをドラマとして味わっているようなところがある。

ビートたけしなら、フライデー事件とバイク事故の二度の危機を乗り越えて復活したこと。明石家さんまなら、大竹しのぶとの結婚と離婚。タモリなら、赤塚不二夫との師弟関係。それぞれの芸人にはそれぞれのドラマがあり、「伝説」として人々の記憶に刻まれている。それをドラマの形で改めて楽しみたいと思う人がいるのは不思議なことではない。

人々の価値観が多様化して、誰もが知る有名人や、誰もが憧れるスターがいなくなった今の時代に、芸人だけはテレビを中心にしたエンターテインメントの世界にしっかり根を張っていて、その芸だけでなく人生そのものにも関心を持たれている。今後も、芸人ドラマは数多く作られ、その中から話題作や傑作も続々と出てくるに違いない。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行う。主な著書に『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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