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謎であり続けるシリーズ 〜PBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)はどこに向かっているのか

杉浦大介スポーツライター

Photo By Esther Lin/SHOWTIME

3月12日 コネチカット州モヒガンサン・カジノ

WBA世界ウェルター級タイトルマッチ

王者

キース・サーマン(アメリカ/27歳/26勝(22KO)1無効試合)

元IBF王者

ショーン・ポーター(アメリカ/28歳/26勝(16KO)1敗1分)

正式決定に時間がかかったウェルター級の好カード

サーマン対ポーターというウェルター級実力者対決が約1ヶ月後に迫っている。

昨年9月ごろから実現が噂されていたマッチアップは、様々な開催予定日が話題になりながら正式決定が伸び伸びになってきた。その背後には諸事情が見え隠れするが、まずは好カードが実現したことを素直に喜びたい。

この一戦の勝者には、元スーパーライト級王者ダニー・ガルシア(アメリカ)が挑戦の方向という話も伝わってきている。強豪同士の潰し合いの中から、フロイド・メイウェザー(アメリカ)、マニー・パッキャオ(パッキャオ)の次の世代の支配者が浮上してくる流れを期待したいところだ。

今興行は米地上波のCBSが生中継。同局がプライムタイムにボクシングを中継するのは、1978年のモハメド・アリ対レオン・スピンクス戦以来となる。

アンダーカードにはアブナー・マレス(アメリカ)対フェルナンド・モンティエル(メキシコ)のフェザー級戦、WBC世界フェザー級王者ゲイリー・ラッセル・ジュニア(アメリカ)の防衛戦、エドウィン・ロドリゲス(アメリカ)対トーマス・ウィリアムス(アメリカ)のライトヘビー級戦などが組まれる予定で、ボクシングファンには楽しみな夕刻になりそうだ。

ただ・・・・・・1つだけ不思議なのは、メインイベントに登場する両選手ともにアル・ヘイモン傘下ながら、この一戦はなぜかプレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)の一環ではないこと。CBSの姉妹会社であるShowtimeが放映権料を払い、Showtimeのシリーズ特別版という形での開催となる。

PBCは開始から1年弱で資金難?

昨年3月、ヘイモンが陣頭指揮を執ってスタートしたPBCはもうすぐ1周年を迎える。それに先立つ1月下旬、アメリカのメディアの間では、PBCがワデル&リード社から受けた5億ドル以上に及ぶ投資がすでに残り少なくなっているという噂が流れた。

出どころは少々怪しいゴシップだが、PBCの資金難の噂が出回ったのはこれが初めてではない。それゆえに、米国内でも幾つかの媒体が記事を発信した。

5億ドルはオーバーとしても、PBCが瞬く間に多くの資金を費やしても不思議はないと思える根拠は少なからずある。もともとPBCはテレビ局から放映権料を受け取る従来のスタイルではなく、自ら放送枠を買い取る“タイムバイ”の形でスタートした。

NBC とは2年2000万ドル契約を結び、CBSの昼興行でも1興行あたり30万ドルがテレビ局に支払われている。加えて選手へのファイトマネー、宣伝費、スタッフへの給与などでもかなりの額になるはずだ。

これまでのヘイモンは契約選手に相場以上の報酬を払ってきた。昨年中にカリフォルニア、ネバダ州で開催された10の大興行では、合計1920万ドルのファイトマネーが支払われ、一方で入場券収入は計390万ドルのみ。FOX 版のPBC第1回興行となった1月22日のダニー・ガルシア(アメリカ)対ロバート・ゲレーロ(アメリカ)戦も、ファイトマネーの総額は320万ドルで、入場料収入は50万8620ドルに過ぎなかった。

チケット売上に勢いがないとすれば、広告で儲けたいところ。しかし、「ロスアンジェルス・タイムス」紙によると、昨年3〜9月の27興行での広告収入は1250万ドル(1興行あたり46万2963ドル)止まりだったという。これらの数字を見ていけば、これまでの約50に及ぶ興行で超多額の赤字を出していることは想像に難くない。

視聴率も不振

もちろんPBCの1年目はいわば先行投資の時間であり、当初に多くの金を失うことは覚悟の上のはずではある。ヘイモンがワデル&リード社から4〜5億ドルに及ぶ巨額投資を引き出せた背景には、赤字を徐々にでも埋め合わせるだけの長期プランがあると考えるのが自然だ。

ただ、ここまでのPBCの最大の問題、不安材料は、テレビ視聴率がまったく伸びていないことだ。昨年3月のNBC旗揚げ興行(サーマン対ゲレーロ戦)こそ平均視聴者340万人、最大420万人をマークしたものの、以降はジリ貧。9月のデオンテイ・ワイルダー(アメリカ)対ヨハン・デュアッパ(フランス)戦では平均視聴者218万人まで落ち込んでしまった。

視聴率不振は地上波だけででなく、ケーブル放送も同じ。昨年9月15日〜11月13日にはケーブル局で15興行を乱発したが、そのうち11興行は平均視聴者が25万人にも届かなかったという。これほど低調な数字では、今後に向けての多少の軌道修正が図られたとしても無理からぬところだろう。

そういった状況下で飛び出したのであれば、“PBCの前途に暗雲”という説の真実味を考える関係者が出てきても仕方あるまい。実際に現時点でも、NBC、ESPNなどで今後に放送されるPBC興行は一切正式発表されていない。

そして前述通り、3月12日のサーマン対ポーター戦はShowtimeから資金が出た上でのCBS中継という奇妙な形態。スパイクTVは4月1日にエイドリアン・ブローナー(アメリカ)対アシュリー・テオフェイン(イギリス)をメインとした興行を企画しているとも伝えられるが、実はスパイクTVは“タイムバイ”ではなく、テレビ側が放映権料を払っていることも分かって来ている。

だとすれば・・・・・・PBCの尻に本当に火がつき始めているのか?昨年後半ごろからヘイモン主催でもShowtime、スパイクといった従来の放映権料形での興行が増えていることは、シリーズが軌道修正を迫られている証拠なのか?

依然として謎のシリーズ

一連のPBC に対する疑いの報道を受けて、これまで取材を一切受けなかったPBCのスポークスマンが2月2日には珍しく複数の米メディアに対応している。

「1月23日に地上波FOXでもPBCが始まったばかり。今後に(他局でも)多くの興行が発表されるはずだ」

とにかく実態が分からないビジネスモデルだけに、PBC側のコメントの真偽も見えない。シリーズ開始1年目に多くの経費を費やしたことは事実に違いないが、ヘイモン本人がそもそものプランを明かしていないだけに、誤算が起きているかの判断は不可能だ。

もともと自腹を切ったシリーズではないだけに、例え失敗してもヘイモンが金を失うことはない。それどころか、興行を開催するたびに、選手のマネージメント料が懐に入り続けている。まさかその少額が当初からの目的だったとは思えないが、PBCの真の狙い、最終目標を怪訝がる声は消えない。

これほど不確かな状態であるがゆえに、3月に行われるサーマン対ポーター戦にはなおさらの注目が集まるはずだ。

これまでとは違うスタイルで開催される地上波興行は、どういった形態で展開されるのか。CBSのプライムタイムでどんな数字を叩き出すのか。その結果から、PBCの行方がうっすらと見えてくるかもしれない。いや・・・・・・結局は見えてこないかもしれない。答えは誰にも分からない。

間もなく1年が経過するにも関わらず、PBCは依然として謎のビジネスであり続けているのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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