「軽減税率」にまつわる残念な話 ~営業編~
■ 知らぬ間に「脱税」?
1憶超の申告漏れを指摘された、チュートリアル徳井さんに対するバッシングがやまない。「無知で済むレベルじゃない」と批判する声も多く、あらためて納税に対する意識を高めなければと思わされた事件である。しかし、我々も知らぬ間に無知なことをしているかもしれないのだ。
そう思わせられるのが、軽減税率に関する件だ。
「イートイン脱税」という言葉をご存知だろうか。「イートイン脱税」とは、コンビニやスーパーで購入したものを店内のイートインコーナーで飲食し、2%分の消費税を免れる行為を指す。
10月1日に消費税が増税され、軽減税率制度がスタートした。
この制度により、テイクアウトで食料品を買うと軽減税率が適用されて8%になるが、店内で飲んだり食べたりすると標準税率10%になる。
しかし、まだスタートしたばかりだし、何が適用され、何が適用されないのかが理解しづらいこともあり、「想像を絶するルーズさ」がなくとも、店員に申告漏れすることは誰にでもあることだろう。
何人かの知人に聞いてみたが、そもそも食品売り場内で食べるときに、
「サンドイッチとヨーグルトはあのベンチで食べます。このミネラルウォーターとのど飴は持ち帰ります」
と申告しなくてはいけないことを知っている人は、半分もいなかった。
■ コンビニのイートインほど便利なスポットはない
毎日、だいたい3回ぐらいはコンビニに寄る筆者は、戸惑うケースが多い。
日本全国で講演やセミナーに登壇する身である。そのため、はじめての土地へ行き、通りすがりのコンビニに寄って短時間のランチをしたり、コーヒーとドーナッツで15分ぐらい時間をつぶすことはしょっちゅうある。
そんなとき、この制度のせいで要らぬストレスを覚えることが多い。
クライアント企業の営業も、私と同意見だ。
外回りしている営業は、極端な話、1分1秒ごとに変化する状況に、いちいち対応しなければならない職業だ。
駅から取引先の工場へ歩いている最中に電話がかかってきて、「今日の商談を20分遅らせてくれ」と言われたり。ラーメン屋で麺をすすっている最中に「打合せの時間を30分前倒しにしてくれ」というショートメッセージが入ったり。
こんなことは、営業にとって日常茶飯事。
だから、訪問先近くのコンビニで20分ほど時間をつぶそうと考えたり、時間がないのでファミレスに入るのを我慢して、コンビニでおにぎりを買って歩きながら食べようかと考える。
フレキシブルに時間調整ができるコンビニのイートインは、営業にとって最高に便利なスポットだ。
■ 残念な気持ちにさせられた例
ところが、軽減税率制度のおかげで、残念な気持ちになることが増えた。
若手の営業Xさんの話だ。
コンビニの店員に「店内で食べます」と言って、税率10%で缶コーヒーとエクレアを買ったXさん。ところがイートインコーナーへ向かったところで、お客様から電話が入る。
「打合せを15分早められないかな」
こう言われ、Xさんは思わず天を仰ぎたくなったという。お客様からそう言われたら、「はい」としか言えない。Xさんは泣く泣く10%税率で買った缶コーヒーとエクレアを鞄に入れて、お客先に向かった。
「イートイン脱税したくないから、正直に申告したのに……」
たかが2%。金額にして5円、6円の話である。金銭的損失が少ないのにもかかわらず、なぜか心理的ダメージが大きかったとXさんは言う。
反対のケースもある。営業課長Rさんの話だ。
取引先での商談が長引き、ランチの時間をとることができなかった日のことだ。次の訪問先まで、余裕がない。
歩きながら腹ごしらえしようとコンビニでサンドイッチを買った。テイクアウトなので8%の税率だ。レジで代金を支払い、コンビニを出ようとしたそのとき、訪問予定のお客様から連絡が入った。
「ちょっと30分ほど後にしてくれないか」
Rさんは一瞬、頭を抱えたくなったと言う。そりゃあそうだ。Rさんでなくても、
「コンビニ入る前に行ってくれよ!」
と叫びたくなるだろう。
買ったサンドイッチはどうするのだ。Rさんは途方に暮れた。コンビニの外からイートインコーナーを見ると、誰も座っていないのがわかる。
できれば買ったサンドイッチを、店内で食べながら時間をつぶしたいと思った。しかしテイクアウトと申告してしまった以上、それができない。「イートイン脱税」するわけにもいかず、Rさんはサンドイッチを頬張りながら無駄にその辺を歩き、30分ほど時間をつぶしたそうだ。
「こんなことなら、喫茶店に入ればよかった」
と、Rさんは私にこぼした。私も一度、その経験があったので、気持ちが痛いほどわかる。
■ ストレスの多い現代社会に、またストレス
たかが2%と思うなかれ。
移動が多く、自分のペースで仕事がしにくい外回りの営業にとっては煩わしいことなのである。ただでさえ、面倒なお客様に振り回されることが多い職業だ。よけいなストレスは1グラムも欲しくないと誰もが思う。
このように、子どもや高齢者、主婦のみならず、営業といったビジネスパーソンも戸惑う軽減税率だが、世界の例を知ると、実はまだまだ日本はかわいいレベルだ。
なんでもイギリスでは、ビスケットは非課税なのに、チョコレートやアイスクリームは贅沢品とされ20%の税率になるとか。フランスはもっと複雑で、同じチョコレートでもミルクが入っていると税率は20%となり、カカオの量が多いビターチョコは5.5%になるらしい。
軽減税率の制度がスタートしてまだ1ヵ月。戸惑うことも多いが、不平を言っているとそれがまた知らぬ間に思考ノイズへと変容する。営業のみならず、忙しいビジネスパーソンは時間がかかっても慣れるしかなさそうだ。