Yahoo!ニュース

火災を起こしてしまった人にはどのような法的責任が生じるか??弁護士が網羅的に解説(1)

福永活也福永法律事務所 代表弁護士
(ペイレスイメージズ/アフロ)

糸魚川市で悲惨な大火災が起きて間もないですが、糸魚川市だけでなく、全国各地で様々な火災が起きているようです。

この季節は空気が乾燥し、風が強く、火災が起きやすいし、一旦火災が起きると延焼しやすいのでいつも以上に注意が必要であることを改めて実感しました。

さて、このような火災が起きてしまった場合に、過失で火災を起こしてしまった人(失火者と言います)にはどのような法的責任が生じるのでしょうか?

失火責任法とは?

失火者への法的責任として、第一に思い浮かべるのは民法第709条による損害賠償請求です。

参照「民法第709条(不法行為による損害賠償):故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

これに対しては、専門家ではない方々にも有名な法律で、失火責任法(失火ノ責任に関スル法律)という民法の特別法があります。

参照「民法第七百九条ノ規定ハ失火ノ場合ニハ之ヲ適用セス但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス(民法第709条の規定は失火の場合には之を適用せず。但し失火者に重大なる過失ありたるときは此の限に在らす)」

* 明治32年というかなり昔に制定された法律のため片仮名の条文になっています。

要は失火責任法では、通常、故意又は過失によって他人の権利等を侵害した場合には損害賠償責任を負うはずですが、失火による場合には、重大なる過失(重過失)がある場合を除き、責任を免れると規定されているのです。

どうしてこのような法律が制定されたのかと言いますと、ポイントは、失火責任法は、法律案の大多数が行政府である内閣が提出して成立した法律ではなく、議員が提出して成立した議員立法というところにあります。しかも、民法典の起草者の反対にもかかわらず、国会では賛成多数で強行成立させた法律なのです。

なぜそこまで成立させたかったかと言うと、失火責任法は、議員達にこそ必要な法律だったからです。

つまり、当時の議員達の考えでは、資力のない貧乏人は初めから賠償責任の追及を受けたところでどうせ支払いをすることができないにもかかわらず、富裕層である議員達からすれば、自分達だけが巨額の賠償責任にさらされるのは不公平だと考えたのです(と言われています)。

もちろん、失火の場合、失火者自身も自分の家屋等の財産を失っていて同情すべき余地があるし、木造家屋が多い日本では、失火者の過失の程度に比べて賠償対象となる損害が拡大しすぎるため、その責任を免除してあげる等という実質的な理由もありました(明治45年3月23日大審院判決)。

しかし、いずれにしても、今日ではあまり合理性のある理由ではなく、むしろ、家屋構造の変化や、消防体制の強化、責任保険の発達、危険かつ有効な生産活動の増大等が進んでいることからすると、責任を強化していくことが現在の実態に合致しているようにも思います。

そのため、法学者の方々は、基本的には失火責任法の適用は限定的にすべきであるとの意見が多数となっています。

とはいえ、今のところ、当時と変わらない法律が明文化されて残っている以上、これに従うことになり、原則的に失火者は損害賠償責任から免責されることとなります。

重過失とは?

ただし、失火者に重過失があった場合には失火責任法は適用されずに、損害賠償責任を負うことになります。

そこで、重過失とはなんぞやということが問題となりますが、判例では、重過失とは、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すもの、と述べられています(昭和32年7月9日最高裁判決)。

具体例では、

・アセチレンガスによる切断作業の業者が周囲に可燃物がないかの確認を怠り火災を発生させたケース(平成12年1月12日横浜地裁判決)

・印刷業者が仕事で日常的に使用するガソリンに栓をせずに瓶ごと石油ストーブの近くに置いていたら発火したケース(平成4年2月17日東京地裁判決)

・過去に寝タバコでボヤ騒ぎを起こした男性が、身体が不自由であるにもかかわらず漫然と寝タバコをして火災を発生させたケース(平成2年10月29日東京地裁判決)

では重過失が認められ、

・焚火をしていた女性が焚火とその周りに水をかけ30分程度様子を見て火が消えていると思って現場を離れたところ発火したケース(平成16年12月20日さいたま地裁判決)

・飲酒後に帰宅した女性がガスストーブで暖をとりながらベッドで寝そべっているうちに寝入ってしまい、ベッドから落ちた掛布団にストーブの火が燃え移って家屋を全焼させたケース(昭和53年5月22日新潟地裁判決)

では重過失が否定されています。

重過失の有無を判断する考慮要素は様々ですが、失火者が、調理師やボイラー技士のように、火気の使用を直接仕事の内容とする者の場合は、それだけ注意義務の程度が大きく、重過失は認められやすくなります。

糸魚川市のケースでは、報道では、中華料理屋の店主が、鍋に火をかけたまま外出してしまったとのことですので、それを前提とすれば、重過失が認められる可能性が高いものと考えます(建物内のトイレに入ったぐらいなら軽過失、外出までしたら重過失という目安を挙げる人もいます)。

重過失が認められない場合は?

仮に失火者に重過失が認められないケースでも、失火責任法が適用されて免責されるのは民法第709条による損害賠償請求だけです。

つまり、例えば、民法第710条による損害賠償請求は可能です。

参照「民法第710条(財産以外の損害の賠償):他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。」

民法第709条が財産に対する損害の賠償であるのに対して、民法第710条は、財産以外の損害に関する賠償について規定しており、例えば、慰謝料請求がこの条文で請求可能となります。

失火の場合に、身体に損害を負った場合には当然慰謝料請求は認められますが、所有家屋が燃えてしまったような財産の損害についても、例えば、その家屋が祖先代々、継承されてきた家屋で、その家屋に対する愛着が特に強く、家屋そのものの経済価値では測りきれない精神的損害を被るような場合には、慰謝料請求が可能な場合があります(明治43年6月7日大審院判決)。

また、例えば、失火者に対して、その家屋を貸していた大家がいたとすれば、大家は失火者に対して建物を返してくださいと言える契約上の権利(建物返還請求権)があり、これがきちんと履行されなかったということで、契約責任として債務不履行による損害賠償請求をすることもできます(不法行為による責任追及は、契約を前提としていません)。

参照「民法第415条(債務不履行による損害賠償):債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。」

この場合も、民法第709条を用いているわけではないので、失火責任法は適用されません。

次稿について

ここまでが、失火者の民法上の法的責任についての解説ですが、問題は、いくら被害者が失火者に対して請求権があると言っても、失火者に資力がなければ絵に描いた餅になってしまうということです。

そこで、次稿では、少しでも被害者に役立つ法律について解説したいと思います。

火災を起こしてしまった人にはどのような法的責任が生じるか?弁護士が解説(2)

※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。

福永法律事務所 代表弁護士

著書【日本一稼ぐ弁護士の仕事術】Amazon書籍総合ランキング1位獲得。1980年生まれ。工業大学卒業後、バックパッカー等をしながら2年間をフリーターとして過ごした後、父の死をきっかけに勉強に目覚め、弁護士となる。現在自宅を持たず、ホテル暮らしで生活をしている。プライベートでは海外登山に挑戦しており、2018年5月には弁護士2人目となるエベレスト登頂も果たしている。MENSA会員

福永活也の最近の記事