暴力描写なしでおぞましい所業を描いた仏アニメ映画 今も続く「女の子差別」への問い
多くの人がイメージする、パリの美しさと華やかさがスクリーンを通して伝わってくる。凱旋門、エッフェル塔、オペラ座など、今も観光客を惹きつける名所や歴史ある建物の前を、アニメーションで描かれた登場人物たちが散歩する。音楽は本物のオペラ歌手による歌声や当時パリで生きていた作曲家が彩る。映画「ディリリとパリの時間旅行」は目と耳で楽しめる。
映画の舞台は19世紀末から20世紀初めのパリで、この時期に活躍した芸術家、科学者などが100人以上登場する。ルノアール、モネ、パスツール等、誰もが知っている偉人ばかりだ。
男性支配団が少女を誘拐
主人公はニューカレドニアからパリにやってきたディリリという女の子で、友達オレルと一緒にパリを散歩する。
物語が進むにつれて、美しい街の地下で活動する人々の醜い願望が現れてくる。男性支配団を名乗るグループが街から次々に少女を誘拐しているのである。ディリリとオレルは様々な人に話を聞きながら、男性支配団の狙いを探りつつ、少女たちを助けるために計画を練っていく。
時はちょうど、女性が大学に進学できるようになった頃。女性の社会進出に対する一部男性の抵抗感が少女誘拐につながっていることが次第に明らかになる。
暴力シーンなしで酷さを表現
映画では女性を支配下に置こうとする男性支配団のおぞましい所業が描かれるが、そこに、暴力シーンがないことは特筆すべきだ。また、子ども向けアニメで描かれることの多い、善玉と悪玉の戦闘シーンもほぼない。表現の工夫により、分かりやすい対立を描かずとも「ひどいこと」や「その克服」を見せることができると、観る人に教えてくれる。
それは例えばこんな具合だ。このシーンでは、科学者マリー・キュリー、女優サラ・ベルナール、オペラ歌手のエマ・カルヴェらが集まって、男性支配団に誘拐された少女たちの救出方法を相談している。
高名な女優だったベルナールは電話一本で政治家や軍人を動かす力を、国外でも人気の高かったオペラ歌手のカルヴェはドイツの実業家かつ発明家の協力を取り付けられる人脈を持っていた。キュリー夫人は母国ポーランドでは難しかった高等教育をパリで受けられた、と語る。
これは、たぐいまれな才能と幸運に恵まれた大人の女性たちが力を合わせれば、少女たちを苦しみから解放することができることを象徴する場面だ。そして、力を持っている大人の女性たちは、同じく力を持つ男性たちを味方につけることができる。そういう努力を、今、大人の女性たちは充分にしているだろうか? と考えさせられるシーンでもあった。
なお、本作でキュリー夫人はパリで高等教育を受け、研究に励み、幸せな家庭を築いているが、現実は複雑だった。1903年にノーベル物理学賞、1911年にノーベル化学賞を受賞していたにもかかわらず、彼女はパリ科学アカデミーの会員選挙で落選している。科学史が専門の名古屋工業大学工学研究科の川島慶子教授は、当時のパリ科学アカデミーが持っていたジェンダー・バイアスの問題を研究により明らかにしている。
今も続く女の子への差別
そして、より重要なのは、映画で描かれる女子差別や女性差別は100年前に終わった話ではないということだ。
国際情勢に関心を持つ大人であれば、男性支配団が手がけたような犯罪を、現代はテロ組織が行っていることを知っているだろう。例えば、ナイジェリアでボコ・ハラムが通学途中の女生徒を誘拐し、兵士の妻としたり自爆テロを強いたりした事件を覚えている人もいるだろう 。
だから、ディリリは映画の外に出てきて、女の子の権利を大人たちに伝える。フランスユニセフ協会の「ユニセフ子どもメッセンジャー」を務めているのである。
大人はなにができるのか
もちろん、こうした問題は海外だけで起きているものではない。女性が高等教育を受けることが珍しくない現在の日本で、医大入試において女性差別が発覚したのは、つい去年のことだ。
こういう暗いニュースを思い出しながら、でもこの映画を見ていると明るい気持ちになる。それは、ディリリの元気でかわいらしい言動であり、彼女と最初に友達になる青年オレルの人物像によるものだ。
郵便配達をしているオレルには、いくつもの夢がある。中でも大学で法律を学ぶためにお金を貯めている、という一言は心に残った。彼の持つ正義感は文化や肌の色、性別を超えて多くの人がより幸せに生きられる世界を目指すという希望を描き出す。
先に述べたように、様々な工夫があり子どもと一緒に見られる。大人同士で見ても考えさせられるところがたくさんあるだろう。何より美しい風景と音楽は、見ていて楽しい。アートやエンタテインメントと社会正義が見事に融合している。
「ディリリとパリの時間旅行」8月下旬Yebisu Garden Cinema他全国順次公開
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