自然の中で仕事の話をしよう 北欧スタートアップ市場で「ノルウェー流」とは
6月12~14日、ノルウェー西部にある都市ベルゲンで、ノルウェーでも最大級とされるスタートアップイベントの集まり「スタートアップ・エクストリーム」(Startup Extreme)が開催された。
上の動画をみてわかる通り、ただのスタートアップと投資者が集うカンファレンスではない。
過激な要素を持った、「エクスリーム」なスポーツが組み込まれている。
ノルウェーといえば、フィヨルドやオーロラなど、北欧の中でも自然に恵まれた国。クロスカントリースキーだけではなく、登山など様々なアウトドアスポーツが、国民の生活に根付いている。
※今年、平昌でメダル獲得数1位はノルウェー(金14、銀14、銅11、計39)。
「そもそも、ノルウェーのスタートアップ市場は、北欧他国やアジア、日本と比較すると、どうなのだろう?」という疑問を心に抱いて、取材した。
ノルウェーの特徴
この催しが始まったのは、2015年。今年はベルゲンで68の投資家と139のスタートアップ、ヴォスでは35の投資家と71のスタートアップが集まった。
ノルウェーが北欧他国と大きく違う点がひとつある。
石油・ガス収入で国家が築き上げられてきたことだ。女性の社会進出や高い税金など、ほかの要素もあるが、政府の財布を豊かに潤わせているのは、オイルマネー。
とはいえ、石油というビジネスは、環境によいとは限らない。石油と環境議論は、選挙の度に争点となる。「オイルマネーに、いつまでも頼り続けているわけにはいかない」という認識が強い国会。
「では、第二のオイルとなるものは?」という試行錯誤が続く。養殖サーモンや再生可能エネルギーだけでは足りないので、政治家はスタートアップ支援にも力を入れている。
自然の中で、仕事の話をしよう
プログラムは、1日目にベルゲンでカンファレンス、2~3日目にはヴォスという場所の山の上で合宿となった。各国からの報道陣も集まり、共通言語は英語。
カンファレンスでは、投資家らなどのスピーチがされ、まだまだ無名のスタートアップらが、次々と自慢のビジネスモデルを発表する。
「ノルウェーらしい」スタートアップイベントの要素が強かったのは、山での合宿だった。これは、「人脈を広げるためのフェス合宿」といってもいいかもしれない。
ベルゲンから、参加者全員で、バスでヴォスの山奥へと向かう。
山の上にはホテルはないので、丸太小屋に、男女別で数人で宿泊。報道陣、スタートアップ、投資家を混ぜて、小さな小屋に泊まらせ、交流できるきっかけを増やす。
驚いたのは、翌日のプログラム。10~15時の5時間が、自然での体験にあてられていた。
各自で、ハイキング、スカイダイビング、パラグライディング、フィヨルド・カヤック、ラフティング、スカイダイビング、マウンテンバイキングなどと、好きな種目をひとつ選んで、各チームに分かれる。
筆者はスタンドアップパドルボードを選択。プロが付き添い、ヴォスの大きな川を渡った。初心者ばかりだったので、みんなで何度も笑いながら、川に落ちた。
広場ではスポーツし終えた各チームが、スープを飲みながら休憩。
ハイキングに参加していた中国人記者ら。ノルウェー人が言う「散歩」や「ハイキング」は、外国人からすると、「本格的な登山」であることが多い。
時差ボケもあるなか、山を登った彼女たちは、達成感とともに疲れている様子もあった。
「そんなに大変なハイキングではなかった」と言っていたのは、ノルウェー人。登山慣れしているノルウェー人と、そうではない国外参加者からの差が明白だった。
この「フリルフツリヴ」文化(自然と共存)からなる、「自然の中での交流」は、ノルウェー流のビジネス・人脈づくりともいえる。
シャイな国民性があるノルウェー人は、スーツを着た人が集まるカンファレンスよりも、自然やスポーツ(そして、酒)を通しての交流の場を好む。
一緒に過激なスポーツをして、笑って時間を過ごしたほうが、投資家とスタートアップらの距離を近づけさせることができるのだ。
ただ、このやり方が他国のカルチャーの人に通用するかは別だろう。「中国では、もっと真面目に、対面で話し合う場が多い」と中国人記者は話していた。
ノルウェーの課題、「自己主張が苦手」
「自然」が「仲人」となる効果を自覚していると、ノルウェーの人々の心の扉を開くきっかけがつかめる。
とはいえ、「シャイな国民性」を、「そういうものだから、しょうがないよね」とすることにも問題はある。
ノルウェーのスタートアップが、ノルウェー国内のみを市場とし、ノルウェー人の投資家だけを狙っているのであれば、それでもいいだろう。
しかし、もしグローバル市場にでていきたいと感じているのなら、「もっとガツガツしたほうがいいのでは」とも感じた。
ハングリー精神が足りない?
この業界に限らず、ノルウェー全体で言えることなのだが、スウェーデンなどと比較して、ノルウェーの人は、PRやマーケティングがちょっと苦手だ。
オイルマネーや「国からの補助金」文化のおかげで、のんびりできたという側面。加えて、「自分はこんなにすごい!」とアピールするのが苦手な人が多い。
世界ランキングや環境への取り組みなどで、「ノルウェーという国は、これだけすごい!」は得意。
だが、「自分個人や私たちの商品が、これだけすごい!」が苦手なのだなと、以前から感じている。
「宝やお金となりそうな岩石」が埋もれていることが多いのだが、本人たちが宣伝や主張が苦手なので、国外の人は、よりお節介になって、岩石探しを手伝う必要もある。
イノベーション・ノルウェーというTinder
そういう意味では、「イノベーション・ノルウェー」という産業促進をうながす国家支援企業の役割は、やはり大きいのだなと改めて感じた。
同社は、ノルウェーで働き、ニュースなどを見ていれば、もはやその社名を知らずにいることはできないほどの社会的影響力をもつ。
国からの支援で、ノルウェー企業が国際市場へと羽ばたく手助けをする機関だ。
よい商品は持っているが、シャイなノルウェー人。ノルウェーに興味はあるが、何が起きているのかよくわからないという国際市場。この両者をつなげる橋渡しの役割を担う(あえていうなら、相性の良いパートナーを見つける手助けをするアプリ「Tinder」的な存在)。
「ノルウェー・デモデイ」では、イノベーション・ノルウェーがおすすめする、各起業家らのプレゼンが行われた。朝食を食べながら聞いていたのだが、あまりに興味のあるブランドが続出したので、驚いた(発表者が全員確認できるリンクはこちら)。
ノルウェー発、気になるスタートアップ5
今回出合った数々のスタートアップの中で、特に印象に残った5つを紹介しよう。
ノルウェー発の「Hold」は、スマホ依存の高校生・大学生のために開発され、今はノルウェーと英国でリリースされている。
アプリを起動して、スマホを使わない時間が過ぎると、ポイントがたまる。
ポイントは、コンビニでコーヒーやアイスと交換可能。筆者が学生だったら、絶対に愛用していたと思う。ぜひ、学生を終わった大人向けにも開発してほしい。
「Playpulse」は、屋内でゲームをしながら運動ができる。外にこもりがちで、運動不足・ゲームは大好きという人におすすめ。
高齢者施設でも広がりそうだが、ゲームの内容を高齢者向けにする課題もある。今回は、ヴォスの山の上で、相手の車を攻撃するゲームが人気となっていた。
「Think Outside」は、今イベントでもその功績が称えられ、賞を受賞。ノルウェーは、スキー大国であり、スキー板を所持している人が多い。
商品「Dingo」が取り付けられたスキー板を使用すれば、使用者や現場の雪の状態のデータを収集できる。
データは、さらなるスキー器具の商品開発に使われる。使用者には、スキーをしている最中にも現場の雪の状態を知らせ、安全状態も確認できる。開発チームは石油業界から転職してきた。
「Unite Living」は、ルームシェアをする際に、自分と生活の波長があうであろうルームメイト探しの手助けをする。
あなたの趣味や価値観などを分析し、暮らしやすいのではないかというルームメイトと住宅を提案してくれる。
カルチャーや言葉が異なる人々が暮らすことが増えてきた今、需要が高まるかもしれない。
「appear.in」は、使い勝手の良いビデオ会議ツール。発行したURLを相手に送るだけで、すぐにビデオ会議が開始できる。
話し相手は、登録作業をしなくてよいので楽。会議人数が4人までは無料。
なんと、サービスの使用者が3番目に多い国は、日本。
これらは、筆者が個人的に面白いと思ったものだ。
価値あるイノベーションは人によって違う
数々のスタートアップの中でも、どれに価値を見出すかは、その人の考え方にもよるだろう。
ノルウェーのスタートアップは、他国に比べて、テクノロジー、海洋関連(養殖サーモンなど)における開発も多い。
投資家、報道陣、使用者の性別・移民背景・社会的地位によっても、「これはいい」と思うものは異なる。
だからこそ、男性の姿が多くなりがちなこの業界では、多種多様な人が集まることも重要となる。
ノルウェーでイノベーションはうまれるか、長期的に見守ることが鍵に
統計局SSBによると、ノルウェーで起業した会社の50%は、最初の1年目を乗り切れず、5年後には10社中7社が倒産する。
この現場での参加者も、数年後に全員生き残っている保障はない。
それでも、政府の支援などをエネルギー源として、「第二のオイル」になろう、人々の役に立ちたいと必死だ。
イノベーション・ノルウェー、メディア、大学などの様々な機関がつながり、互いをサポートしあう「エコシステム」の効果も、すぐに数字として出るものではないが、期待はできる。
現場からの声
最後に、現場関係者に取材をして、ノルウェーのスタートアップに関して、意見をもらった。
「ノルウェーのスタートアップ業界は、まだまだ成長途中で若いから、ワクワクする。その分、他国に比べて経験が少ないというハンデもある。イノベーション・ノルウェーなどから、公的補助金を受けられるのはノルウェーならではかもしれない」。Holdの開発チームの一人であるオーレ・ノールヴィステさん。
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「まだ業界が若いから、ノルウェーの投資家に低い価値をつけられやすい。その状態だと、国際市場で甘くみられることがある。ノルウェー国内でやっていくことは難しくはないけれど、国境を超えると、このようなミスマッチが起きることが課題」。
「日本もスキー国だから、狙っている市場。このイベントに来てよかった、ネットワークも広がったし、興味をもってくれる投資家にも会えた」。Think OutsideのCEOモニカ・ヴァクスダルさん。
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「ノルウェーはテクノロジー系のイノベーションが多いようですね。シンガポールでは、海洋系はそこまで進展していないから、ノルウェーのスタートアップは需要があると思う」。
「国や大学などが支援するノルウェーのエコシステムは独特で、今後の成長が楽しみ」。
「ただ、『売る』というスキルが、ノルウェーではちょっと欠けているかな。スタートアップイベントで、ここまで自然活動が含まれていることは珍しいので、参加して、いい気分転換になった」。ノルウェーとシンガポールのスタートアップ市場をつなげるために、視察にきていたViisa社のエイドリアン・タンさん。
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韓国のスタートアップ専門記者、イム・ジョンウクさん。「ノルウェーのスタートアップ関係者は英語が得意。業界のクオリティは高めで、感心した。石油とガス、海洋、冬のスポーツがベースとなった開発が多い」。
「ただ、人口が少ない国なので、日本や韓国で必要とされるような、飲食店を探したり、サービスを改善させるようなものは少ない。日本でのようなメルカリや孫正義のような大きな存在が、欠けている」。
「政府から支援を受けるのが難しくないようだが、それは起業がしやすいと同時に、甘やかしてしまうリスクもある。小さな国内市場ではなく、広い国際市場を最初から目指し、ハンガリー精神を持たねば」。
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フィンランドのスタートアップの祭典「Slush」から視察に来ていた、エド・マリアッカさんとミケイラ・ローセンレさん。
「北欧のスタートアップにおけるエコシステムは似ている。北欧各国の規模は小さいので、競い合うよりも、協力しあう必要がある。競い合うべき相手は、さらに大きなシリコンバレーなどだから」。
「両者は雰囲気や価値観は似ているけれど、規模が違う。スタートアップ・エクストリームの参加者はおよそ1000人。Slushは2万人。ノルウェーは雄大な自然をうまく利用して、参加者同士の距離を縮め、より仲良くなれるような工夫をしている」。
Photo&Text: Asaki Abumi