AI景気に沸くシリコンバレーで、AIがホームレスを検知する、その先にあるのは?
AI景気をけん引するシリコンバレーで、AIを使ってホームレスを検知するプロジェクトが進んでいる――。
英ガーディアンや米サンフランシスコ・クロニクルは、そんな記事を掲載している。
焦点となっているのは、シリコンバレー最大の都市、サンノゼ市だ。
同市が市有車にカメラを搭載して沿道を撮影。その画像をAIで解析し、キャンピングカーなどで生活するホームレスの人々を検知する実証実験を行っているのだという。
シリコンバレーは、グーグル、メタ、エヌビディアなどAIブームのけん引役となる企業が集積し、サンノゼ市は世帯の平均支出額が全米トップだ。
その活況と生活費高騰に押し出される形で、深刻化するのがホームレス問題だ。その問題の実態把握に、AIを活用するのだという。
SF映画のようなAI社会の陰画が、現実の街中で展開されている。
●「ホームレスの自動監視」
英ガーディアンは、2024年3月25日付の記事でそう伝えている。
さらに、これが「ホームレスの自動監視」の実証実験であり、「この種のものとしては全米初」だとして、こう述べている。
ガーディアンへのサンノゼ市担当者の説明によると、AIによる沿道の画像解析は、ホームレスのテントなどを巡る市民の苦情に効率的に対応することが目的だという。
ガーディアンによれば、市の行政受付電話(311番)に寄せられる苦情は、ホームレスに関するものが、2024年に入ってからだけで914件に上るという。このほかにも、2023年1年間で、不法投棄についての苦情が6,247件、落書きについてが5,666件、道路の穴に関するものが769件ある。
沿道の画像解析は、これらの苦情に迅速に対応するためのものだという。
サンノゼ市の担当者は、画像のAI解析の実施項目の1つは、路上にある車両にホームレスの人々が住んでいるのか、単なる駐車なのかの判別だという。
AI画像解析によって、防水シートなどによる車両の窓の目隠しや、周辺のゴミの有無など、生活の痕跡をとらえ、人の居住の有無を検知するのだという。
実証実験の参加企業の1つは、すでに2つの通りの画像で10台の居住車両を検知したという。
参加企業は、キャンピングカーなどのRV車については、70~75%の精度で居住の有無を判別できるとしている。だが一般車両の場合、その精度は10~15%とはるかに低いという。また確認のため、市職員がカメラ搭載車のルートをたどって、居住の実態を把握しているのだという。
ガーディアンが報じた実証実験の参加企業に、大手IT企業の名前は含まれていない。
サンノゼ市は、2023年11月に「公共部門の責任あるAIの推進」を掲げて全米150の自治体で結成された「行政AI連合」を主導しているという。
サンフランシスコ・クロニクルのサイト「SFゲート」によると、カメラ搭載車を使った撮影は、2023年12月から2024年2月まで、これまでに3回行われている。
サンノゼ市の担当者は「SFゲート」の取材に対し、RV車などのホームレスの居住検知に焦点を当てた実験項目については、「見直す予定」だと述べたという。
●全米で最も高い世帯支出
シリコンバレーはサンフランシスコ湾南岸に位置し、その「発祥の地」とされるパロアルト市を中心に、北はサンフランシスコ空港にほど近いサンマテオ市周辺から、湾の南端のサンノゼ市周辺にいたる地域の総称だ。
その中でも、サンノゼ市は人口97万人の、シリコンバレー最大の都市だ。市内にはアドビ、シスコ、ペイパル、イーベイ、ズームなどが本社を構える。
同じサンタクララ郡に本社を置くアルファベット/グーグル(マウンテンビュー市)、アップル(クパチーノ市)などの巨大IT企業、そして生成AIブームの中心企業、エヌビディア(サンタクララ市)などの活況と相まって、サンノゼ市は生活費の高さで全米トップの都市となっている。
調査会社「ドクソ」の2022年のまとめでは、サンノゼ市の世帯あたりの月々の支出額は平均で3,248ドル(約49万1,600円)。全米の平均2,003ドルより62.2%高いという。
それを押し上げているのが、住居費の高さだ。
サンノゼ市の資料によると、賃貸の平均は月額2,694ドル(約40万8,500円)。ベッドルームが2部屋ある賃貸マンション(アパートメント)に入居する場合、住宅費を30%と見積もると年収12万360ドル(約1,830万円)以上が必須になるという。
さらに、1家族用の戸建ての購入価格の中央値は 159万8,888ドル(約2億4,200万円)。購入には、年収40万9,742ドル(約6,215万円)以上が必要になるという。
住居費の高騰で生み出されるのが、ホームレスの人々だ。
サンノゼ市のホームレスの数は、2009年の4,193人から2023年には49%増の6,266人となっている。
このうち、シェルター(緊急一時宿泊施設)に入居する人は30%。残る70%は、テントやRV車などでの生活になっている。
サンノゼを含むサンタクララ郡では、ホームレスの数は9,903人で全米6位(トップはニューヨーク市の8万8,025人、2位はロサンゼルス郡の7万1,320人)。
だがホームレスのうちのシェルター非入居者を見ると、サンノゼ/サンタクララ郡は7,401人でその割合(74.7%)は、ロサンゼルス郡(73.3%)を抜いて全米主要都市・地域では最悪だ。
行き場のないホームレスの人々が溢れているのだ。
●ホームレス対策を強化する
2023年1月に就任したサンノゼ市長、マット・マハン氏は、「安全」をキーワードにホームレス問題への取り組みを強めている。
マハン氏は、ハーバード大学時代にメタCEOのマーク・ザッカーバーグ氏と同じ学生寮に住み、旧フェイスブックの初代CEO、ショーン・パーカー氏らの出資で設立したシビックテック企業「ブリゲード」のCEOを務めたという経歴がある。
サンノゼ市議会は2024年1月30日、幼稚園から高校までの周囲40メートル以内でのキャンピングカーなどのRV車の駐車やテント設置を規制する条例を可決した。
また、市中心部を流れるグアダルーペ川沿いのホームレス立ち退き措置と、「居住禁止区域」設定を行うという。
サンノゼ市は、ホームレス対策の圧力も受けている。
カリフォルニア州水道局は、川沿いのホームレスのテントが重大な水質汚染につながっているとして、市に撤去を命令。市が2025年6月までに完了できなかった場合、1日あたり10万ドルの罰金が科せられる可能性がある、という。
だが、立ち退きを迫られるホームレスの入居先となる仮設住宅などのシェルターの整備は追いついていない。
そのこともあり、今回のAIによるホームレス検知の実証実験には、批判も沸き起こっている。
ホームレス経験者のグループ「リブド・エクスペリエンス・アドバイザリーボード・シリコンバレー」のトーマス・ナイト氏は、「SFゲート」へのコメントでこう述べている。
また、サンノゼ州立大学元教授、スコット・メイヤーズ=リプトン氏も、「SFゲート」にこうコメントしている。
●ディストピアの情景
AIなどのテクノロジーの急速な進化には、貧富の格差を拡大させるリスクが、かねてから指摘されてきた。
そのリスクが現実のものとして噴出しているのがサンノゼ市のホームレス問題だ。
AIによるホームレス検知の取り組みは、その問題にさらに暗い影を加える。
AI景気に沸く街の中に、行き場を失ったホームレスの人々が溢れ、AIがそれを監視する。ディストピアを描いたSF映画のような情景だ。
(※2024年3月29日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)