なでしこリーグの異端児、伊賀FCくノ一。「相手陣内を支配する」大嶽サッカーが面白い
【リーグ序盤の「台風の目」に】
なでしこリーグは5月中旬から約3カ月強の中断期間を経て、8月31日(土)に各地で再開初戦の第10節が行われた。リーグ戦は残り8試合で、上位4チーム(1部は全10チーム)が勝ち点3以内にひしめく混戦模様となっている。
一方、6位以下の下位グループも勝ち点5以内に5チームが並ぶ。残留争いから抜け出すためには、9月が正念場となる。
7位の伊賀FCくノ一(伊賀)はリーグ戦4連敗中と厳しい戦いを強いられているものの、チームの雰囲気は決して悪くない。
伊賀は一昨年、1部で最下位になり2部に降格したが、昨年就任した大嶽直人監督の下、昨季は圧倒的な強さで2部優勝を果たし、1年で1部に復帰した。
そして、今季は開幕から6試合で3勝2分1敗と好スタートを見せた。しかも、リーグ4連覇中の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)に引き分け(第2節△1-1)、3年連続2位のINAC神戸レオネッサ(INAC)に勝利(第4節○1-0)したことで衝撃を与えた。
結果に加えて、そのサッカースタイルも目を惹きつけた。
相手陣内の深い位置から連動したプレッシングで相手を自陣に押し込み、ボールを奪うと手数をかけずシュートに持ち込む。縦に速く、横パスが少ない。そして、球際で徹底して戦う。その戦い方を、どの相手に対しても貫いてきた。
そのスタイルの特徴は、データにもはっきりと表れている。今季、伊賀は中断期間までの公式戦17試合中で、シュート本数で相手を下回ったことが一度もない。そのうちの12試合は、対戦相手の2倍以上のシュート数を記録した。
それは、FW道上彩花、FW安齋結花、FW西川明花ら、新加入のアタッカー陣が即戦力として活躍していることも大きい。
とはいえ、シュート本数に対して決定率は13%弱と低く、必ずしも結果に結びついていない。リーグ前半戦は3勝2分4敗で折り返し、リーグカップは2勝4分2敗で決勝トーナメントには進出できなかった。
だが、大嶽監督のビジョンはブレていない。
「どのチームが相手でも、(守備で)相手陣内を支配して素早くゴールに向かう意識を持つようにしています。雑なシュートも多いですが、まずゴールに向かう姿勢がないと、(攻守の)切り替えやプレーの判断が遅くなってしまいますから」
再開初戦の第10節、伊賀は首位のベレーザに0-3で完敗した。シュート数でも、今季初めて相手を下回った。
それでもこの試合、伊賀が一方的にやられた感じはなかった。前半36分にフリーキックから失点したものの、その後は終盤まで一進一退の白熱した攻防を見せた。
スタメンの大半を代表候補が占めるベレーザに対し、伊賀には代表に定着している選手がいない。その中で、3月の第2節は高い位置からのプレッシャーがはまり、相手の2倍以上の11本ものシュートを打ち、試合は1-1で引き分けている。
だが、2度目の対戦となったこの試合では同じようにはさせてもらえなかった。高いラインの背後を狙われたり、プレッシャーをワンタッチパスで鮮やかにかわされるなど、狙いを巧みにかわされ、揺さぶられた。
それでも、一度かわされた選手が二度、三度としつこく食らいつく粘り強い守備を見せ、自陣の深いエリアでは相手のクロスやシュートコースに対してスライディングでブロック。GK井指楓は2度の決定的なピンチを防いだ。そして、伊賀の真骨頂は奪った後だ。
2列目や両サイドバックがボールホルダーを次々に追い越していく。切り替えは早く、あっという間に複数のパスコースを作り出した。55分、左サイドから西川がクロスを入れた場面ではゴール前に3人が詰め、終了間際の88分には相手陣内で7人が攻撃参加する分厚い攻撃を見せた。
しかしベレーザの堅守を破ることはできず、90分間を通じて放った5本のシュートは実らなかった。そして、終盤に決められた2ゴールで勝負がついた。
【戦う気持ちを支えるもの】
3トップの中央でフル出場した道上は、すっきりとした表情で試合をこう振り返っている。
「ベレーザは集中を切らさずワンチャンスをものにしていたので、その差を感じました。でも、大きくやられた感じはないですし、チームとしての方向は間違っていないと思うので、自分たちの良さを出すためにやり続けたいと思います」
道上はINACに在籍していた昨年までの6シーズンで77試合に出場し、17ゴールを決めている。かたや伊賀ではほとんどの試合に先発し、リーグカップでは2度のハットトリックを記録。17試合で10得点とハイペースでゴールを量産している。
「どれだけボールを回しても点を取らなければ勝てない、という目的がはっきりしているし、自分もガンガン前に行くタイプなので、マッチしていますね。みんながボールを持ったらすぐに前を向いてパスを出してくれるので、オフサイドにならないように駆け引きしながら、いい形で点が取れています」(道上)
攻守の軸となる重要な選手はいるが、特定の選手ありきのサッカーではない。この試合では、今季リーグ戦フル出場でチームを支えてきた大黒柱のMF杉田亜未がケガ明けのため先発しなかったが、彼女がピッチに立つ後半途中まで、最少失点で持ちこたえた。
「逆に、彼女がいない時にどれだけできるかが大切でした。前半はFKの失点だけで、チーム力が上がっていると感じたし、代わった選手も良かったです」(大嶽監督)
試合後、ピッチに倒れ込むように足を伸ばしていた選手たちの表情には、悔しさと同じぐらい、「完全燃焼した」達成感も感じられた。そこで、ある疑問が浮かんだ。なぜ、伊賀の選手は相手陣内でのハイプレッシャーを最後まで続けられるのかーー。
【走りきれる理由】
スタミナのある選手が多いベレーザに対して90分間、高い位置でプレッシャーを続けるためには相当な運動量が必要だ。加えて、キックオフ時の気温は29度を超えていた。
それでも、伊賀の選手たちはほとんどすべての局面において全力でボールを奪いに行き、走りにも手を抜くことはなかった。
昨季、岡山湯郷Belleから伊賀に復帰し、現在に至るまで公式戦全試合に出場しているボランチのMF乃一綾(のいち・あや)は、大嶽イズムをよく理解している一人だ。この試合では攻撃参加もしながら、カウンター時には相手の攻撃を遅らせるなど、中盤を豊富な運動量で支えていた。走りきれる理由を聞くと、乃一はこう分析した。
「練習から走っていますし、選手が『やらされている』のではなく自分の意思でやっているからこそ走れるのかなと思います。走り(の練習)自体は楽しくはないですけど(笑)。チームが同じ方向を向けています。監督はアメとムチじゃないですけど、チームを盛り上げるのが上手で、前向きに取り組めていますね。今日は最後のところでやられてしまいましたが、中断期間でしっかりトレーニングしてきたし、最後まで走りきることができたことに自信を持って、今後も続けていきたいと思います」
乃一の言葉からは、チームとして表現したいものが明確であることや、勝った時の達成感も走りきるモチベーションになっていることが伝わってきた。
もちろん、そのためにはベースとなる物理的な体力が必要だ。夏場でも90分間走りきる力をつけるためにどんな練習をしているのか。企業秘密かもしれないと思いながら尋ねると、大嶽監督はカラッと笑いながらその中身を明かしてくれた。
「リラックスする時と、ここはやる、という時のメリハリを大切にしています。リラックスして楽しい気持ちになったら、その余韻がある間に走る。逆につらそうな時は勝敗のあるシュートゲームをしたり、対人ゲームをやって楽しんで、切り替えたりしています。あとは、休息する時とパワーをかける時、長くプレーする時の緩急をつけたり、ボールを使ったり使わなかったりしながら、ゲーム形式に近い中でトレー二ングしています」
試合中の大嶽監督は一見怖そうな雰囲気もあるが、冗談好きで熱い一面も見せる。試合後は最後までピッチ上で選手たちと熱心に話し込んでいた。
【上位への挑戦】
リーグ後半戦は、前半戦とは違う難しさがある。伊賀のハイプレスに対し、各チームは対策を徹底してくるだろう。しかし、大嶽監督はそれも成長に必要なハードルと捉えている。
「相手に研究されても、リスクを冒してチャレンジしていく。その中で個人の成長を促しながら、日本の女子サッカーを世界基準に変えていきたいと思っています。若い選手もベテラン選手も、すべての選手にそのチャレンジを求めていきたいですね」
現役時代は横浜フリューゲルスや京都パープルサンガでプレーし、日本代表選手として戦った経験もある大嶽監督が、現在のなでしこリーグについて「世界基準にしたい」と話すポイントの一つに、球際の厳しさがある。試合中の接触プレーに対するレフェリーの笛の基準についても、「世界はもっと厳しい」と話し、選手側もレフェリー側も、お互いに予測や強度への基準を高めていくことを熱望する。
その上で、チームの今後の展望についてはこう話した。
「まずは優勝争いに絡む(順位を目指す)ことです。その上で、チャレンジが成功しなくても、失敗が次につながるサッカーをしたい。世界で戦うためのメンタルを鍛えて、それをスプリントや球際で負けないところにつなげていきたいです。みんな技術は持っていますから、それ以外のところを頑張ってもらわないと上がっていかない。あとはボールがないところでどれだけ予測できるか、ポジショニングとかアングルを変化させて相手より一歩でも前に出られるかどうか。初速が速くなれば、パススピードも自然と上がると思います。そういったところを変えていきながら、90分間戦えるチームを目指します」
ボールを相手に持たせて奪い、素早いショートカウンターからゴールを目指すーー伊賀の“攻撃的な守備”は、欧州サッカーで例えるならイングランド・プレミアリーグのリバプールのようだ。ポゼッション型のチームが多い現在のなでしこリーグでは異質とも言えるスタイルだが、スピード感と個々のプレーの迷いのなさが観る者を惹きつける。
戦術、走力、メンタルなど、様々な点で世界レベルを求める大嶽イズムは、まだその片鱗しか見せていない。それだけに、今後も伊賀の試合から目が離せない。
リーグ戦残り8試合で優勝争いに絡むためには、1試合も落とせない試合が続く。
伊賀は9月7日(土)、14時からホームのならでんフィールド(奈良県)で、3位のアルビレックス新潟レディースと対戦する。