自衛隊の邦人輸送に必要とされる情報と「力」
15日の参議院本会議にて、改正自衛隊法が自民・公明両党らの賛成多数で可決、成立しました。この改正により、自衛隊による海外での邦人救出にあたり、これまで航空機と船舶に限定されてきた輸送手段に、陸上での輸送が可能となりました。
さて、法改正を受けて、自衛隊による陸上輸送が可能になった訳ですが、これまで認められていた船舶・航空機による輸送と比べ、戦闘地域を通過する可能性もある事などから、現地の部隊は従来より難しい判断を迫られるケースが出てくるものと思われます。今回の法改正では、武器使用基準が従来と同じように正当防衛・緊急避難の範囲に留められていますので、自衛隊側からは原則として発砲が出来ません。目的は邦人の輸送であって戦闘ではないのですから、不必要な戦闘は避けるべきで、保護対象の邦人が自衛隊車両に同乗している可能性が高い事からも、邦人の安全の為にも交戦を避けて輸送を行うかが重要になってきます。
その為には、現地の事情や言語に通じた隊員を確保する必要があります。防衛省では平時から海外の日本大使館に駐在し、安全保障情報を収集する防衛駐在官を増強する方針です。これまで防衛駐在官がいなかった中南米で初となる防衛駐在官をブラジルに置き、人質事件のあったアフリカ地域でも、アフリカ全体で2カ国のみだった防衛駐在官派遣国を9カ国にまで拡大すると報じられており、人による情報収集活動と人材育成を活発化させるようです。
また、部隊レベルの対応として、輸送活動についての訓練が必要になります。もちろん、戦闘に至った場合の訓練も行われるでしょうが、重要なのは危険を事前に回避する為の訓練です。平時からの情報、新たに得た情報を精査し、的確な判断を下すことが求められますが、中には事前に回避できず、現地の武装勢力と威圧を背景にした交渉を行う事もあるかもしれません。威圧と言うと悪く聞こえるかもしれませんが、銃を持った軍人が歩いているだけでも、周囲の人間を威圧する効果があります。例として、在日米海兵隊の憲兵隊オフィスに貼られていた「力」の行使レベルを表した図を見てみましょう。
これによると、「力」の行使で銃器の使用は最高レベルの事態のみで、最も下のレベルでは軍服とアメリカ国旗を見せる事が「力」として用いられています。次いで対人交渉スキル、護送や手錠の使用と言った銃器以外の「力」の行使が行われており、海兵隊憲兵が状況に応じて有形無形の「力」を使っている事が分かります。これは警察活動を行う憲兵隊の基準ですので、邦人の輸送活動で想定される事態にそのまま当てはめる事はできませんが、このように明快な武力の行使レベルを定めて、各レベルに応じた対処の訓練を行う必要があるでしょう。単に「輸送」するだけならトラック運転手でも出来ますが、自衛隊がわざわざ海外で邦人輸送を行うのは、有形無形の「力」を示す事で事前に問題を防ぐ効果が期待されている事もあるのです。
今回の法改正は自衛隊が陸上での輸送活動を法的に認めるもので、その為に必要な装備や訓練等の措置はこれから始まります。報道では装備の面等目に見えるモノに注目が集まりますが、交渉術や「力」の行使の方法にも目を向けてもいいのかもしれません。
この記事は、dragoner.ねっと「自衛隊の邦人輸送に、必要な情報と「力」」のYahoo!ニュース向け転載となります。