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「あの人は今」状態だったデミ・ムーア大復活 「年齢を重ねての疎外感。ハリウッドの概念を私も信じてた」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2024年9月 デミ・ムーア(写真:REX/アフロ)

一世を風靡した俳優が、その後のキャリアが落ち着き「かつてのスター」という呼称がぴったりになってしまう。名前はそれなりに知られているものの、出演した作品が話題になることは、ほぼない……。こうした例を、われわれはいくつも目にしてきた。

しかし、そんな俳優が突然、鮮やかな復活劇を遂げ、映画ファンを驚かせることもある。2024年、デミ・ムーアが衝撃的ともいえる作品で大注目されている。デミは現在、61歳。

デミ・ムーアといえば、なんと言っても今から34年前、1990年公開の『ゴースト/ニューヨークの幻』。愛する相手が亡くなり、幽霊として戻ってきた彼の存在を感じた瞬間、頬を一筋の涙がつたう。そのムーアの演技に多くの人が魅せられ、涙を振り絞られて作品も大ヒット。その後、『素顔のままで』『G.I.ジェーン』などいくつかの話題作があったが、どちらかといえば、妊娠中のヌード姿の公開、ブルース・ウィリスとの離婚、『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』出演のための美容整形や豊胸手術など、デミは演技の仕事ではない部分が報道されることが多くなってしまう。最近も、失語症から認知症になった元夫のブルースに寄り添う様子などがメディアで広く伝えられ、デミ・ムーアの俳優の活動は二の次になっていた。

『ゴースト/ニューヨークの幻』より
『ゴースト/ニューヨークの幻』より写真:REX/アフロ

そんなデミの最新主演作が、世界中で大きな話題を呼んでいる。日本では2025年公開となる『サ・サブスタンス(原題)』。カンヌ国際映画祭でお披露目されて以来、トロントなど映画祭で絶賛の嵐が続き、デミ・ムーアもアカデミー賞に向けて主演女優賞レースに加わる可能性がある。

その内容は、あまりに衝撃的。デミが演じるのは、人気スターのエリザベス。ハリウッドにその名が星に刻まれるほどの有名人だが、過去の栄光にしがみつき、現在はTVのフィットネス番組に出ている程度。50歳も近づき、その番組も下される危機に陥った彼女は、とある薬を投与することを決意。まったく外見が違う若い女性に生まれ変わる……という物語。うーん、なんかこれ、デミ・ムーアの自虐的パロディなのか。そう思っていると、目も疑うほどとんでもない展開になだれ込んでいき、デミの演技も完全にリミッターが外れてしまう。ちなみに『サブスタンス』のジャンルは「ボディホラー」。そこから内容を想像してもいいが、その想像を遥かに超えるセンセーショナルな作品だ、

もしアカデミー賞などに絡めば、その内容とともに日本でも大きな話題になるはず。何より、かつてのデミ・ムーアの人気を知っている人には、この復活劇は感慨深いだろう。

賞レースに向けてオンライン会見が行われ、デミ・ムーアは次のように語った。

「50歳を過ぎると魅力が薄れると言ったのは、いったい誰? それが真実なの? 年齢や体型、人種、文化を問わず、私たちは女性として自分がどんな人間なのかについて多くの価値を見出しているはず。だから私たちが認知されればされるほど、外へと世界が開かれるのです」

一方でデミは「この『ザ・サブスタンス』は、ハリウッドにおいて長年、定着していた美しさの基準を反映した作品」と言い切る。

「俳優は年齢を重ねると魅力が薄れる、あるいは価値が低くなると判断され、仕事が少なくなり、業界で疎外感を味わうことも多いです。でもそれを私たちも容認してきた。つまりハリウッド全体の集合意識ですよね。本作に関わって、そんな風に押し付けられてきた既成概念を見つめ直すことができました。それこそ、この映画のパワフルな部分だと思います」

飛行機に乗った時、ある男性から「あなたの映画を観ました。とても素晴らしかった」と声をかけられたたという。「彼のその言葉に、周囲が私を見つめる目が変わったことを知り、最高の贈り物となった気がします。私はこれまで役のためにダイエットなど厳しい課題を自分に与えてきましたが、そうした自分を改めて見つめ直すきっかけにもなったのです」とデミは思いを吐露する。

「今回の経験で自分自身が少し解放された」と晴れやかな、そして自信に満ち足りた表情をみせるデミ・ムーア。

彼女の役、エリザベスが若返ったシーンを演じるのは、いま最も勢いのあるマーガレット・クアリー(『憐れみの3章』など)。そのクアリーは、今から約40年前、1985年の『セント・エルモス・ファイアー』でデミ・ムーアが共演したアンディ・マクダウェルの娘であり、そんな縁も映画ファンには嬉しいサプライズとなる。

とりあえず英語版の下記の予告編を観れば、『ザ・サブスタンス』がどんだけヤバく、物凄い映画なのかに期待が高まるのは確実。デミ・ムーアの完全復活というトピックとともに、日本での公開を待っていてほしい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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