シンプルな絵柄が信じがたい感動を導き…公開1ヶ月で静かに、深くヒット『ロボット・ドリームズ』の奇跡
今年3月の米アカデミー賞で、宮﨑駿監督の『君たちはどう生きるか』が長編アニメーション賞に輝き、日本でも大きなニュースにもなったが、この部門に同じくノミネートされていた作品が、遅ればせながら日本で劇場公開され、予想以上の反響を起こしている。
『ロボット・ドリームズ』だ。
11/8に公開され、ミニシアター・ランキング(公開時30館以下が対象)で3週連続1位を記録。公開時には全国で約20館だったのが、1ヶ月後の現在(12/11)は40館近くに倍増。さらに今週末(12/13~)から公開が始まる劇場も含めると65館にも増えるとのことで、まだまだ静かに人気が広まっていきそうな気配。「静かに」というのは、やはりスクリーン数が限られているためで、一般レベルで爆発的ブームを起こしているわけではない。しかし観た人の“心に刺さった”度合いが異常に高いようで、パンフレットは完売の劇場がいくつも発生。そして連日、Xには熱いポストが途切れなく続いている状態なのだ。
たとえば端的に魅力を表現したこのようなポスト。
もう少し作品自体に寄った感想は、次のようなものが多く見受けられる。
CGアニメ全盛のこの時代。しかも派手な仕掛けを大量に詰め込んだ作品が乱立するなか、『ロボット・ドリームズ』の2Dのシンプルを極めた線画タッチは、砂漠のオアシスのように、あるいは野原に咲いた一輪の花のように、作品の美点として息づいている。
ニューヨークの大都会で孤独な毎日を送るドッグが、ふと目にしたテレビのCMで「友達ロボット」を購入。やがて届いたそのロボットと行動を共にするうちに、ドッグの日常は輝きを増していく。すっかり仲良しになった彼らだが、夏の終わりのある出来事によって離ればなれになってしまい……という物語。「犬」と「ロボット」という非人間キャラクター設定、さらに一切セリフがない作劇も功を奏し、誰もが大切な人との関係を重ねながら感情移入してしまい、訪れるクライマックスは切なさと幸福感の両方がMAXで押し寄せてくる。そんな奇跡の体験に魅了されている人が多数いて、口コミで広がりを見せている印象だ。
最大のポイントとなるのが音楽で、アース・ウインド&ファイアーの名曲「セプテンバー」が、否が応でも涙腺を刺激する役割を果たしている。1978年にリリースされ、もはやクラシックとも言ってもいいくらいメジャーな曲なのだが、おそらく『ロボット・ドリームズ』を最初に観る時は、感動のあまり歌詞まで頭が回らないはず。しかし改めて歌詞を確認すると、ドッグとロボットの関係にシンクロして、さらに心が揺さぶられることになる。
その「セプテンバー」効果の評判によって、同曲の音楽配信サービスでのストリーミング数が増加。今週(12/9)になってソニー・ミュージックも「セプテンバー」の日本語字幕付きミュージックビデオを公開することに。『ロボット・ドリームズ』に感動した人が、さらに作品愛を深めるツールとなっている。
『ロボット・ドリームズ』のパブロ・ベルヘル監督(脚本・製作も兼任)はスペイン人。これまでは実写作品を手がけ、スペインでも高い評価を受けていた彼にとって、本作が初のアニメーションというのも驚き。逆にそのピュアなアプローチが、大成功を導いたのかもしれない。ちなみにベルヘル監督の妻は日本人写真家のハラミ・ユウコさんで、彼女は『ロボット・ドリームズ』の製作にも名を連ねている。また、ベルヘルはロックバンドSOPHIAの「黒いブーツ~Oh my friend~」のミュージックビデオを監督するなど、日本との縁も深い。
幸せとは何なのか? 自分が満足すれば、それは幸せなのか? いや、大切な誰かが幸せになることを願うことこそ、自分にとっての最高の幸せではないのか……。そんな真実を教えられ、観た後もずっと余韻が続く。そして何年経っても、どこかで「セプテンバー」を耳にした瞬間、言いようのない感動が甦ってくる。
今回のヒットがもう少し続き、さらに多くの人に届いてほしい。『ロボット・ドリームズ』は奇跡のような珠玉作である。
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