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イーストウッド最新作 日本では劇場公開見送りで“嘆願”の声続々…間違いなく傑作だったので確かに残念

斉藤博昭映画ジャーナリスト
アメリカ公開のポスターより

今年94歳を迎えたクリント・イーストウッド。日本にもファンが多い彼の最新作は、日本で公開の情報がなかなか出てこなかったが、このほど12/20に配信されることが発表された。現時点で公開がアナウンスされていないことから、配信直行、つまり劇場では観られない可能性が高い。

この『陪審員2番(原題:Juror #2)』は、『許されざる者』と『ミリオンダラー・ベイビー』で2度のアカデミー賞監督賞を受賞し、『硫黄島からの手紙』や『グラン・トリノ』といった名作を大量に放ってきたイーストウッドにとって“引退作”になるとも噂され(たしかに年齢を考えれば仕方ないかもしれない)、多くのファンが待ち望んでいた一作。

劇場公開見送りで配信ということは、仕上がりがイマひとつなのか? まったく、そんなことはない。むしろ近年のイーストウッド作品の中で最高の見ごたえを備えた傑作と言っていい。アメリカやヨーロッパの一部では11月に劇場公開。特にヨーロッパではヒットも記録している

SNSには、こんな声が相次いでいる。

たしかに『陪審員2番』は、U-NEXTで12/20から配信が始まるので、観たければ何とかなる。しかし多くのファンが、もしかしたら最後となるかもしれないイーストウッド作品を大きなスクリーンで観たいというのが正直な気持ちだろう。

『陪審員2番』は、恋人を殺害した容疑で被告になった男性の裁判を巡るドラマ。主人公のジャスティンは、一般市民から集められた陪審員の一人(2番という役割)なのだが、思わぬかたちで事件との関わりが浮き上がってくる。陪審員たちのやりとりは、映画史に残る名作『十二人の怒れる男』を彷彿とさせるし、検事と弁護人、裁判官の思惑も深く関わり、正義と真相、人間の善と悪の感情など、大げさにいえば映画を面白くする要素がギュッと凝縮された内容。それをイーストウッドは、テンポの良い流れと緊迫感の鮮やかなメリハリをつけて演出。事件当夜と裁判の交錯、弁護士と検事がそれぞれの陪審員と話すシーンなど神業(かみわざ)的だし、12人の陪審員全員のキャラも見事に描き分け、それにキャストが好演で応えている(うち一人は「テラスハウス」などで知られる日本人俳優の福山智可子)。検事役トニ・コレットなど、オスカー候補に値する役割でもあった。テーマといい、レベルの高い演技といい、さらにエンディングの余韻の深さは『ミスティック・リバー』に近い。

裁判の正しさを巡るテーマは、このところ日本でも話題になっている袴田巌さんのニュースと重なり、タイミムリーなトピックなので、ぜひ劇場公開してほしかったのだが……。アメリカでも劇場公開は限定的で、日本での見送りはワーナー・ブラザース本社の判断であることは間違いない。

イーストウッド監督作は、かつて日本での興行収入も高い数字が見込める“優等生”だった。しかしこのところは数字が低迷。直近の『クライ・マッチョ』は1.9億円。そこから遡ると『リチャード・ジュエル』が3億円、『運び屋』が8.3億円、『15時17分、パリ行き』が6億円、『ハドソン川の奇跡』が13.5億円、『アメリカン・スナイパー』が22.5億円……と、明らかに下降していた。『クライ・マッチョ』はコロナ禍の真っ只中というハンデもあったが、この数字が公開を踏みとどまらせる一因になったかもしれない。

このような状況なので日本での公開嘆願の声がいくら増えても、12/20の配信前は難しいだろう。それでも何とか声が届いてほしいと思う。『陪審員2番』は、イーストウッドらしい傑作なのだから!

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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