ラスト5分のドラマに沸いた長野Uスタジアム。首位のINACに長野が講じた守備対策とは
【試合が一気に動いたラスト5分】
5月27(日)に行われた、なでしこリーグ第8節。3113人の観客が見守る中で行われた、AC長野パルセイロ・レディース(長野)対INAC神戸レオネッサ(INAC)の一戦は、劇的な結末を迎えた。
拮抗した試合が動いたのは、試合終盤。停滞していた流れを一変させたのは、切り札として80分から投入されたFW岩渕真奈だった。鼻の怪我の影響などで時間限定での出場となった岩渕だが、その効果は絶大だった。
87分。岩渕が得意のドリブルで左サイドをゴールライン上まで突き進み、FW道上彩花のゴールをお膳立て。それまで体を張ってエリア内への侵入を食い止めていた堅守がついに崩され、長野のゴール裏は深いため息に包まれた。
だが、ドラマには続きがあった。
アディショナルタイム2分。相手陣内の左サイドで長野がフリーキックを獲得した。キッカーのMF中野真奈美が放った左足のキックは、ニアに走り込んだDF坂本理保にピタリと合った。その軌道に込められていたメッセージを、坂本はこう振り返る。
「(中野)真奈美さんが蹴った瞬間に、『私のボールだな』と感じたので。キーパーが出ても触れない距離だったので、触れば入ると思いました」(坂本)
飛び出したGK武仲麗依と交錯しながら坂本が放ったバックヘッドが、ゴール右隅に吸い込まれた。1−1。歓声とため息が交錯する中、試合はドローに終わった。
ドローという結果自体は、妥当だろう。試合を通じてボールを支配したのはINACだったが、長野のカウンターは鋭く、決定機の質は、ほぼ互角の印象だった。
だが、試合の終わらせ方も含めて、INACにとっては悔しい結果になった。首位のINACは、次節に迫った2位の日テレ・ベレーザ(ベレーザ)との大一番に向けて、勝ち点差を広げておきたかった。しかし、ここまで7試合で20得点とゴールを量産してきた攻撃力は、長野の堅い守備を前に影を潜めた。
【ポイントはサイドのマッチアップ】
首位に引き分け、2連敗の悪い流れを食い止めた長野にとっては勝ち点「1」以上の価値があるドローと言えそうだ。その要因は、何と言っても守備だろう。
87分に失点するまで、長野の守備は揺らがなかった。そして、INACの強力な攻撃力を抑えたポイントは、両サイドにあった。
長野の本田美登里監督はこの試合で、これまでトップで起用していた中野と、左サイドハーフだったFW齊藤あかねのポジションを入れ替えている。指揮官は試合後、「半分冗談で、半分本気だった」と前置きした上で、中野を左サイドで起用した狙いを次のように明かした。
「(INACの)高瀬(愛実)と(長野の)中野は、北海道の(北海道)文教明清(高校出身)で、先輩後輩の上下関係でしっかり睨みを利かせよう、と(笑)。実際に、高瀬のサッカー観は非常にレベルが高くて、それを上回れるのは中野しかいないと思いました」(本田監督)
ちなみに、INACのMF杉田妃和と長野のDF小泉玲奈はともに藤枝順心高校出身で、INACのFW京川舞と坂本はともに常磐木学園高校出身。いずれも、長野の選手が先輩で、INACの選手が後輩という関係性でマッチアップする状況が生まれていた。相手選手のスカウティングにも力を入れる本田監督ならではの、ユニークな仕掛けだった。
実際にその「睨み」が功を奏していたかどうかは分からない。だが、中野がサイドバックの位置まで下がって守備に加わることで、INACの強力な攻撃ツールとなる高瀬の攻め上がりを、かなり抑えることができていた。
また、逆サイドにも仕掛けがあった。INACの左サイドバックには、代表でもトップクラスのスピードを誇るDF鮫島彩がいる。そして、サイドハーフには、スピードに乗ったドリブルを得意とするMF仲田歩夢が入った。対する長野は、同じくスピードのあるDF藤村茉由とMF中村ゆしかをマッチアップさせた。
藤村はFW出身だが、守備の時間が大半だったため、持ち味の攻撃参加はほとんどできていない。だが、守備では冷静な対応を見せた。
「縦で勝負をさせないで、中に入ったところで奪い切ることを意識しました」(藤村)
と割り切り、INACの攻撃を中に誘導。ダブルボランチのMF國澤志乃、MF木下栞と連係してボールを奪った。また、試合終盤、藤村がスピードに乗りかけた岩渕のドリブル突破を止めた場面は、スタジアムがどっと沸いた。
中央の勝負では、高さと強さで勝る長野に分があった。
たとえば、56分の守備は象徴的だ。ペナルティエリア左手前からINACの鮫島が上げたクロスに、ファーサイドから高瀬が走り込んだ場面。この時、センターバックの坂本は早い段階でファーサイドにポジションを取り、難なくクリアしている。両サイドバックの攻撃参加も含めたINACのホットラインをスカウティングし、対策していたのだ。
こういった、綿密な準備やマッチアップの仕掛けが、長野の堅守を支えていた。しかし、なによりも大きかったのは、ピッチに立つ全員が最後まで集中を切らさずにハードワークし続けたこと。それは、シンプルだけれど一番難しいことだろう。
【新たな攻撃のアクセントに】
ゴールはセットプレーからの1点にとどまったが、流れの中からシュートまでいくシーンもあった。これまでは攻撃の負担が2トップの中野に集中し、狙われやすい状況だったが、この試合は、FWで起用された齊藤が中央で攻撃の起点になり、中野の負担を分散させた。
加えて、今後、攻撃のパターンを増やす存在として期待したいのが、今シーズンから加入した右サイドハーフの中村だ。
中村は、ボールを持ったら「まずは仕掛ける」という狙いがはっきりしている。それは、長野に加入してから意識が変わった部分だという。
「監督からも選手からも、サイドで持った時は仕掛けてほしいと求められているので、1対1だったら絶対に仕掛けます。自分の特徴をわかってもらえているのは嬉しいですね。背負ってプレーするのは得意じゃないので、まずは前を向くことを意識しています」(中村)
まだ、中村がチームの中で定位置を掴むには至っていないが、そのドリブルがどのように進化していくのかが、楽しみだ。
【次は因縁の千葉戦】
長野は今週末、6月3日(日)にアウェーのフクダ電子アリーナでジェフユナイテッド市原・千葉レディース(千葉)と対戦する。長野は千葉と相性が悪い。リーグ戦、カップ戦、皇后杯合わせて直近の2年間で7回対戦し、なんと全敗。長野が1部に昇格して以来、唯一勝っていないチームだ。
「前半の最終戦になるので、ここで勝ち点3を積み上げれば、前半戦を勝ち点『16』で折り返せます。(シーズンの)最後に勝ち点『30』を取れれば、なんとか3位に滑り込めるという計算ですので。夢にまで出てくるぐらい、毎日、ジェフの試合を見てから寝ようと思います」(本田監督)
千葉に対し、3年目の初勝利なるか。
現在5位の長野と6位の千葉の勝ち点差はわずかに「1」。INAC(首位)とベレーザ(2位)の首位決戦同様、この試合もまた、見逃せない一戦になる。