「DJポリス」に警視総監賞。その言葉に若者が従った理由を心理学的に考える
サッカー日本代表がワールドカップ(W杯)の出場を決めた6月4日の夜。前回は大騒ぎになった東京渋谷で、巧みな話術を使って、若者たちに語りかけた、通称「DJポリス」。機動隊広報係のこの男性隊員と同様の活動を行った女性隊員の二人に、警視総監賞が授与されました。
DJポリスらに警視総監賞授与「チームワークでもらえた」(Y!産経)
「DJポリス」男女機動隊員、警視総監賞を受賞(Y! FNN 動画)
W杯警備「DJポリス」に総監賞授与=歓喜の渋谷、軽妙話術で事故防止―警視庁(Y!時事通信)
■DJポリスとは:DJポリス語録
- 「目の前の怖い顔したお巡りさんは、皆さんが憎くてこういうことをしているのではありません。心の中では日本代表のW杯出場を喜んでいるんです。どうか皆さん、お巡りさんの言うことを聞いてください」
- 「けがをしてしまっては、日本代表のW杯出場、後味の悪いものになってしまいます。けがをしないことが第一ですからね。ゆっくりと前に進んでください」
- 「皆さん、日本代表のW杯、おおいに喜んでいただいて結構です。しかし、交通ルール、マナーはしっかり守りましょう。日本代表、フェアプレーでも大変有名なチームです。12番目の選手であるサポーターの皆さん、交通ルールはしっかり守りましょう」
- 「お巡りさんからイエローカードが出る前に、皆さん、歩道に上がりましょう」
- 「12番目の選手であるサポーターの皆さん、どうか、交通ルール、マナーを守って、フェアプレーできょうの日本代表のW杯出場を喜び合ってください」
どの言葉も、ユーモアのある楽しい語り掛けですね。
でも、どうしてこの言葉に若者が従ったのか。心理学で考えてみましょう。
■若者たちがルールをやぶり騒ぐとき
人は、欲求不満がたまって騒ぐことがあります。試合に負けて騒ぐようなことですね。一方、楽しいときにも騒ぎます。ワールドカップ出場が決まったり、阪神が優勝したときなど、興奮して大騒ぎをしてしまいます。
それでも、たいていは社会的に許される範囲で騒ぐわけですが、日常的にストレスがたまっていると、このことをきっかけに爆発することがあります。大騒ぎに対して、その場にいる人やテレビを見た人が喝采を送れば、さらに乱暴はエスカレートするでしょう。最初から乱暴な行為をすることが目的で集まる人もいるでしょう。
人が集団になると、感情は伝染し強くなります。一人ひとりの責任感は弱くなり、普段はしないような思い切った行動も出やすくなります(群集心理)。
この爆発的な行動を力ずくで抑えるとどうでしょう。大きな喜びなのに、固いことをいう警官などは、自分たちの「敵」になります。敵の言うことは聞きたくありません。
強い権力を持った人間が「~するな」などと命令口調で言うと、反発する人が出ます。人は「やめろ」と言われるとやりたくなります。心理的リアクタンス(心に反発)です。「この穴のぞくな」と言われるとのぞきたくなり、「落書き厳禁」などと書かれると落書きしたくなる心理です。
強い権力が抑えようとします。誰かが先頭を切って反発します。普通は、警官に逆らう人は「悪者」です。ところが、この雰囲気の中では、彼は「ヒーロー」になってしまいます。民衆がヒーローを応援し、乱暴な行為が広がっていけば、手がつけられなくなってしまいます。
■人は、どんな人の言うことに従うか。
若者でも誰でも、理不尽なことには従いたくありません。では、正しい言葉には従うかと言えば、そうとも限りません。たとえば、生徒による対教師暴力のきっかけは、しばしば「正しい言葉」です。間違った言葉に対してなら、普通に逆らえますが、正しい言葉には、従うか、反発してぶちきれるかのどちらかです。
正しい言葉を正面から言ってみんなに聞いてもらうためには、「良い人間関係」が必要です。人間関係もないのに、不用意に正しい言葉を押し付けると、反発する人がいます。
路上での機動隊と民衆に、人間関係はありません。でも、人間関係を演出することはできます。警察官が「この先は行き止まりです。迂回して下さい」などというときも、以前なら笛を吹いて旗を振るだけだだったかもしれませんが、最近は一台一台の車の運転席まで来て、丁寧に話してくれる人もいます。
力のある人が正しいことを言う場合こそ、配慮をしないと、反感を持つ人が出てくることもあるでしょう。
人は、自分が好きな人の言うことなら、聞きます。では、人はどんな人のことを好きになるかと言えば、たとえば自分に似ている人(類似性)、そして自分のことを好きになってくれた人を好きになります(好意の返報性):対人魅力の心理学。
DJポリスは、若者たちの悪口を言いません。DJポリスも、「私もうれしい」と語ります。若者たちに共感を示し、自分と若者サポーターの類似性を示しています。若者たちの仲間意識を刺激したわけです。
DJポリスが、サッカーの言葉を使うのも、類似性の意識、仲間意識を高めることにつながったでしょう。
DJポリスの言葉からは、若者たちへの愛を感じます。DLポリスは、「みんなのことが大好きだよ」というメッセージを送っています。だから、若者たちはDJポリスの言葉を聴いたのです。
頭ごなしの命令に、人は反発します。でも、共感を示しながらの指示には従いやすくなります。指示が正しいことはわかっているからです。「私も嬉しい、騒ぎたい気持ちはわかるけれども」と言ってもらえれば、その後の指示に従いやすくなります。
また、「交通ルールを守れ」というだけであれば、反発する人もいるでしょうが、「日本代表のW杯出場、後味の悪いもの」にしたくはないということであれば、多くの人が共感してくれるでしょう。
■言葉と真実
どうして若者にこんなに配慮しなくてはならないのか。ルールを破って騒ぐような人は、もともと本当のサポータではないという意見も聞かれます。一理あるでしょう。でも、そんな言動を若者に対して行ったら、その言葉が間違っていたら、彼らは悲しむか反論するでしょう。その言葉が正しかったら、彼らはぶち切れるかもしれません。
どんな人の心の中にも、いくつかの心があります。悪さをしたいだけの心もあるかもしれません。本当にワールドカップ出場を喜ぶ純粋な心もあるかもしれません。
大人や、権力者が、どちらの面を見るかです。もちろんケース・バイ・ケースですが、今回は、青年たちの明るいピュアな面を見て、そこに語りかけたわけです。そのほうが効果的ですから。そして、二つの心は、どちらも真実なのですから。
パパママも、先生も、上司も、警官も。力ずくではなく、生徒や部下や若者の良い面を引き出そうとするならば、毅然とした態度も必要ですが、大人のほうから歩み寄り、巧みな話術を使うことも必要です。北風と太陽のたとえは、いろんな場面において真実です。「お父さんの役割」は、強さも怖さも必要ですが、それだけではないのです。
警視総監賞を受賞したお二人は、こんなコメントを出しています。
男性巡査「私の力ではなく、上司や先輩の指導、当日警備に従事した隊員のチームワークがあったからこそもらえた賞。感謝の気持ちでいっぱい」。
女性巡査長「大変恐縮している。警備広報は都民の皆さんの協力があってこそ成り立つものだと実感している」
なるほど、お二人とも言葉の力をご存知で、上手に活用されている方々ですね。