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31年前に社会を騒然とさせた『氷の微笑』。4Kレストア無修正の公開で、問題シーンにまたも注目か?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

今から31年前の1992年、社会現象を起こした映画といえば『氷の微笑』だった。日本国内の年間ヒットランキングでいえば『紅の豚』『フック』『エイリアン3』に次いで第4位(アメリカでは年間6位)なのだが、話題性という点では群を抜いていた。

シャロン・ストーンが取り調べを受けるシーンでの脚の組み替えや、あまりに残虐な連続殺人事件の描写。そして犯人は誰なのか?という謎に加え、犯行時のシーンに全裸の犯人の顔が見えないことから、そのバストの部分を他のシーンと比べれば誰かわかる…とスポーツ紙が派手に取り上げたことなどから、とにかく注目を集めた。

『氷の微笑』というタイトルも絶妙だった。原題は『Basic Instinct(基本的な本能)』なのに、シャロン・ストーンのヒロインを例えた表現に鮮やかに変え、タイトル自体が流行語として、さまざまにアレンジされてメディアを賑わせることに成功した。

『氷の微笑』は6月公開だったが、その年の3月、アカデミー賞で作品賞など主要5部門を独占したのが『羊たちの沈黙』で、スリラー、ミステリーが話題を集めやすかったのも事実。『氷の微笑』の主演マイケル・ダグラスが、少し前の話題作『危険な情事』(女性に翻弄され似たような衝撃運命にハマる役どころ)、『ブラック・レイン』(松田優作と共演し、同じく刑事役)と重なるのも鑑賞意欲をそそった。前年の1991年には『ミザリー』、同年の1992年には『ゆりかごを揺らす手』と、あまりに恐ろしいヒロインが登場する映画は、ひとつのブームを作っており、そうした多くの条件が揃って『氷の微笑』は大ヒットしたのである。発表された配給収入は19億円。興行収入は40億円弱と考えられる。

1992年の公開時、ポール・ヴァーホーヴェン監督はR指定を得るために、約40秒間をカットした。最もエロティックなシーンのいくつかだという。今回、監督の望んでいた完璧なバージョンが4Kでレストアされ、R18+(18歳未満は鑑賞不可)で劇場公開されることになったのだ。

殺人の容疑者となり、警察から尋問を受けるキャサリンが、下着を着けていないにもかかわらず相手を挑発するかのように脚を組み替え、「見えるか、見えないか」微妙なアングルが、『氷の微笑』の象徴的シーンになったが、その他にもヘアが映っていたり、過激を極める性交シーンがあったりして、1992年の日本公開時にはボカシも入っていた。その後、DVDやブルーレイ、配信などの度にボカシが気にならないバージョンが出たりしたが、今回のレストアは観たところ基本的に無修正である。

それはともかく2023年の今、作品としてはどう感じられるか。

センセーショナルも、やや「やりすぎ」。そこが逆に新鮮かも

これは公開当時から言われてきたことだが、スキャンダラスでエロティックな描写が盛りだくさんで、脚本としては面白いが、事件が続きすぎて衝撃がどんどん薄れていく感は否めず。そこが90年代ハリウッド映画らしくて、いま観ると「俗っぽさ」で楽しめそう。

強烈な「つかみ」は、むしろ現在の作品に近い

近年、映画もドラマも配信を想定して、「冒頭で、ものすごいことを起こして鑑賞を離脱させない」というアプローチが目立つ。この『氷の微笑』の冒頭の殺人シーンは、あまりに強烈でたちまち没入。配信の時代を予言していたかのよう。

意外なシーンでアクションが本気

映画の前半、サンフランシスコの海岸沿いの道を、車が反対車線にも出て猛スピードでとばすアクション場面は、いま観ても度肝を抜かれる。他にも臨場感たっぷりのアクションがあり、意外に興奮させる。

セクシュアリティへの「当然」なアプローチ、むしろ今っぽい

シャロン・ストーンが演じるエリザベスはバイセクシュアルである。女性とも男性とも関係をもち、それを日常として描いている。刑事など周囲の人物も、意外なほどその点をすんなり受け入れている(ように見せている)。サンフランシスコが舞台とはいえ、90年代当時の映画の場合、メインキャラクターのセクシュアリティに関してもっと深く追求しそうだが、そこをあえてしていないのは先進的と言えるかも。

シャロン・ストーンの魅力は不変

本作の前に同じヴァーホーヴェン監督の『トータル・リコール』に出ていたとはいえ、映画ファン以外にはほぼ無名だったストーンは、『氷の微笑』のキャサリン役で一気に世界で注目されるスターとなった。事件の容疑者ながら、不敵な言動をとり、刑事ら男たちに対する異常な上から目線など、そのカリスマ的な演技は今も圧倒される。美しさも含め、キャリアの当たり役とはこういうものだという稀有な例を、われわれは拝むように見つめることになる。

そして改めて観ても、猟奇的な殺人事件の真犯人について、ひとつの結論は出されるものの、そこから先の不穏さも描き、決定的な回答はない。つまり、そこに作り手の興味はないのだ。では本作が何を伝えたかったのかは、観る人それぞれの解釈に委ねられる。そこが時代を超えて色褪せない理由かもしれない。

監督のポール・ヴァーホーヴェンは現在84歳。近年も『エル ELLE』、『ベネデッタ』などセンセーショナルな新作を作り続け、元気いっぱいである。

「氷の微笑 4Kレストア版」は6月16日より東京・新宿ピカデリー、丸の内ピカデリーほかで公開。

※R18+指定作品

(C) 1992 STUDIOCANAL

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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