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なぜ「睾丸」は冷却されなければならないのか:その謎に迫る日本の研究グループ

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 ヒトを含め、多くの哺乳類のオスの睾丸(精巣)は、陰嚢(いんのう)という入れ物に入っていて身体の外部へ出されている。これは体温によって睾丸の温度が上がらないようにしているからだが、最近、日本の研究グループが精子がなぜ高温で作られなくなるのかという謎に迫る研究成果を発表した。

高温で精子が作られにくくなるメカニズムとは

 梅雨入りして暑く湿度も高くなるが、男性諸氏にとって股間にぶら下がっている睾丸が気になる季節でもある。ヒトの陰嚢にシワがあるのは、ちょうど空冷エンジンの冷却フィンのように熱を放出しやすくするためだ。また陰嚢は、気温が低くなると収縮し、高くなると遅緩膨張して温度調節をしている。

 ヒトの場合、睾丸が入った陰嚢の温度は、身体の奥の体温より摂氏2度から6度ほど低い。睾丸が陰嚢に格納されず体内に残ったままだったり、静脈瘤などによって陰嚢の冷却がうまくいかず、睾丸の温度が上がると精子を作る機能に障害が出て男性不妊の原因になる(※1)。だが、なぜ温度が精子の形成に影響を及ぼすのか、その理由についてよくわかっていなかった。

 最近、自然科学研究機構・基礎生物学研究所、横浜市立大学大学院医学研究科、熊本大学・発生医学研究所の研究グループが、なぜ高温になると精子が作られにくくなるのか、マウスを使ったそのメカニズムに迫る研究成果を発表した(※2)。従来の研究より厳格に温度管理をする手法を使い、マウスの精子の形成過程を調べたという。

 研究グループによれば、温度が1度上がるごとに精子の形成の各ステップに障害が起きることがわかり、30度、36度から39度までの温度帯で精子形成の障害の原因が起き、全ての精子形成ステップが満たされたのは32度から35度までの温度帯だったという。また、40度では精子形成の最初のステップからスタートできず、精子細胞は全く観察されなかった。こうした観察結果は、今回の研究で初めて明らかになったという。

マウスの精巣を体外培養し、精子の温度感受性を観察したグラフ。青いバーは精子形成のステップが起きたことを意味する。資料:基礎生物学研究所のリリースより
マウスの精巣を体外培養し、精子の温度感受性を観察したグラフ。青いバーは精子形成のステップが起きたことを意味する。資料:基礎生物学研究所のリリースより

 また、身体の奥の体温である37度から38度の温度帯で、精子の発生から形成にいたるステップにどんな障害が起きているか調べたところ、精子の染色体形成の過程で、高温のために染色体が正常ではなくなった精子にアポトーシス(細胞死)が起こされ、身体のチェック機能によって排除されていた。この実験結果を受け、研究グループは、温度の違いによって精子の染色体のペアが正常に作られたり作られなくなったりする現象がわかったという。

まだよくわかっていない精子の温度依存性

 今回の研究について、基礎生物学研究所、生殖細胞研究部門の平野高大さんと吉田松生教授にメールでコメントをいただいた。

──睾丸はオスの発生時に体内にあり、その後、陰嚢まで下がってくるということですが、順序として、陰嚢ができてから睾丸ができるのでしょうか。

平野・吉田「睾丸は哺乳類の精巣の別名ですが、陰嚢は睾丸が下降するのと同時期に発達します」

──高熱になる病気、例えば、おたふく風邪と男性の不妊症とどんな関係が考えられますか。

平野・吉田「実際には、おたふく風邪で完全な不妊になるケースはほとんどありません。おたふく風邪などで、精巣炎や精巣上体炎が起こり、一時的な精子形成障害が起こるケースがありますが、ウイルス感染やそれに対する炎症など、多くの要因が関わるため、温度のみで説明がつくかはわかりません」

──精子の温度感受性に、地球の温度変化など外因的な影響があると思われますか。例えば、白亜紀後期の大絶滅の環境変化が、その後の哺乳類の有性生殖にどう有利に働いたのかなどですが。

平野・吉田「環境の温度が直接、精巣に影響を及ぼすわけではないので、外気温が精子形成に与える影響は慎重に考える必要があります」

──シロイヌナズナなど植物でも温度感受性が観察され、哺乳類の遺伝子にも共通の機能・機構である可能性があるということですが、こうした環境適応のための温度感受性が、哺乳類のオスの場合、精子の形成に対して偶然、不利に働いたということは考えられますか。たった1の違いで精子形成に障害が出るという脆弱性は、かなりオスの有性生殖に不利と思いますが逆に性選択の面からメスにどんなメリットがあるとお考えでしょうか。

平野・吉田「ご指摘の点は非常に興味深いところなのですが、この精子形成の温度感受性が進化的に有利か不利かは現在のところわかりません」

 今回の研究では、高温で精子形成の最初期段階に影響が起きなかったなど、予想外の結果もあった。研究グループは、哺乳類の精子形成がなぜ温度依存しているのか、そのメカニズムの解明に向け、また不妊治療の開発に寄与できるよう、今後さらに研究を進めていくという。

 これから気温が高く蒸し暑くなってくる。男性の股間は、風通しよく冷却し、高温にならないよう注意が必要だ。

※1:Mohamed Hadi Mohamed Abdelhamid, et al., "Mild experimental increase in testis and epididymis temperature in men: effects on sperm morphology according to spermatogenesis stages" Translational Andrology and Urology, Vol.8(6), 651-665, 2019

※2:Kodai Hirano, et al., "Temperature sensitivity of DNA double-strand break repair underpins heat-induced meiotic failure in mouse spermatogenesis" communications biology, 5, 504, doi.org/10.1038/s42003-022-03449-y, 26, May, 2022

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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