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横浜地裁に放置駐車してレッカー移動された車が話題 私有地だとどうなる?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 横浜地裁の敷地内で、庁舎出入口前に車回しを塞ぐようなかたちで放置駐車し、3日後に裁判所により裏手の駐車スペースまでレッカー移動された車の件が話題だ。法と現実のはざまを考える格好の題材といえる。

「動機」は不明のまま

 この件については、ツイッターなどで「動機」に関する話が拡散され、それが真実だという前提でいろいろと語られている。

 例えば、「私有地に放置駐車している車を移動させたいと訴えた男性が他人の財産を勝手に動かしてはならないという判決を受けて負けたので、だったら自分の車も勝手に動かせないだろうと抗議行動に出た」といったものだ。

 しかし、ファクトチェックをしてみたが、「なぜ男性が裁判所の出入口に車を置いたのか?」という最も重要な点について、いまのところ信頼できる情報源が何もない。

 第一報を出した地元の神奈川新聞はそこまで報じていないし、続報を出した日テレNEWSが車の張り紙を撮影して報じているものの、何らかの抗議の一環だろうなとか、弁護士に委任しない本人訴訟で敗訴した人物かもしれないなというところまではうかがえても、具体的な紛争の中身までは分からない。

 むしろ、張り紙は本当に放置自動車を巡る裁判と関係があるのかと思いたくなるような内容となっている。「本人訴訟弱者が不正判決に泣き寝入りしている」「公正な裁判をしてください」といった記載に加え、「裏金汚職と買収」「文書偽造」「虚偽告訴の嘘つき」「面会録音の偽造」などと記載されているからだ。

 いまのところ今回の件の原因が放置自動車を巡る裁判だったと断言できるには至らないので、この件の是非そのものについては、肝心かなめである男性の動機に関する続報を待ったうえで判断すべきではないかと思われる。

「庁舎管理権」で移動

 とはいえ、それでも土地所有権に基づく排除行為の限界など、法律的な問題を考える契機となる事案であることは確かだ。

 すなわち、今回のケースでは、軽犯罪法が「他人の業務に対して悪戯などでこれを妨害した者」を処罰の対象としているのでこれを使うとか、刑法の威力業務妨害罪を使うといったことも考えられた。裁判所が男性を刑事告発し、警察が令状を得て「証拠物」として車を押収し、警察署まで移動させるといった流れだ。

 捜査に不要ということになれば所有者に還付する手続がとられるし、還付公告を経て引き取りがなければ国庫に帰属することになり、売却処分なども可能となる。

 しかし、横浜地裁は、男性に移動を要請して拒否されたとして、自らの「庁舎管理権」に基づき、夜のうちに敷地内の邪魔にならない場所までレッカー移動させた。この庁舎管理権については、警察署での抗議行動に関する事案ではあるが、すでに次のような判断を示した裁判例も存在する。

「庁舎管理権は、単なる公物管理権にとどまるものではなく、公物管理の側面から、庁舎内における官公署の執務につき、本来の姿を維持する権能を含むものであり、一般公衆が自由に出入しうる庁舎部分において、外来者が喧噪にわたり、官公署の執務に支障が生じた場合には、官公署の庁舎の外に退去するように求める権能、およびこれに応じないときには、官公署の職員に命じて、これを庁舎外に押し出す程度の排除行為をし、官公署の執務の本来の姿を維持する権能をも当然に包含しているものと解すべきである」

 横浜地裁は今後の対応について検討中とのことだし、少なくとも裁判所に対する何らかの抗議行動の一環とみられ、もうひと悶着あるのではないかと思われる。

 それでも、官公署の執務に支障が生じるような場合であれば抗議にきた人間ですら庁舎外に押し出して構わないというわけだから、裁判所が車をレッカー移動させても問題ないという結末になるのではないか。

私有地ならどうなる?

 もちろん、これはあくまで官公署での話だ。個人宅の敷地や商用地、社用地などに自動車を放置され、迷惑を受けたという人は多いだろう。シャッターの前に停められ、車庫から車を出せなかったとか、戻ってきた運転手に注意したら逆ギレされたといったケースもみられる。

 警察に通報しても、盗難車や犯罪に関与した疑いのある車などでない限り、「民事不介入」を口実に動いてくれず、悔しい思いをするばかりだ。せいぜい、ナンバープレートや車体番号などから登録されている所有者が誰か調べてくれる程度だろう。

 私有地であっても、通行の邪魔になる場所に停められていれば、その土地の管理権に基づき、邪魔にならない場所に少し移動するといった程度のことは可能だと思われる。

 しかし、車の所有者や使用者が発見できないような場所まで勝手にレッカー移動したり、それこそ処分でもしたら、本来は地主のほうが車を放置された「被害者」であるはずなのに、車の所有者らから損害賠償を請求されるなど、トラブルに巻き込まれるかもしれない。

 現に裁判ざたになった例もある。マンションの住民が、マンションの前に3ヶ月にわたって放置駐車していた自動車の持ち主に再三にわたって移動を求めたにもかかわらず、無視されたことから、故意に放置しているとして処分したところ、損害賠償を請求する訴えを起こされた。

 裁判では「やむを得ない特別の事情があった」として請求が棄却されてはいるものの、なぜ簡単に住民側に軍配が上がらず、裁判で揉めたかというと、最高裁がこうした「自力救済」と呼ばれる解決策を「原則として法の禁止するところ」と述べているからだ。

 最高裁は「法律に定める手続によったのでは権利に対する違法な侵害に対抗して現状を維持することが不可能又は著しく困難であると認められる緊急やむを得ない特段の事情が存する場合においてのみ、その必要の限度を超えない範囲内で、例外的に許される」という。

 要するに、法治国家である以上、所有者が誰か分かれば、その者を相手として裁判所に妨害排除請求訴訟や損害賠償請求訴訟などを提起し、勝訴判決を得たうえで、法に則った正規の執行手続をとるのが基本だというわけだ。

条例を使う手もあるが…

 これではあまりにも遠回りだ。法に問題があるのだから、法を変えるか、新たな法を作るべきだ。現に自治体の中には、条例を制定し、放置自動車の規制を実施しているところもある。横浜地裁がある横浜市もその1つだ。

 自治体によって条例の中身は微妙に異なるが、正当な理由がないのに車を放置すること自体を禁止し、知事や市長らに車の所有者などに関する調査権限を与え、撤去を勧告したり、措置命令を出せるようにし、命令にも従わなければ罰金刑を科せるようにしているものが多い。

 自治体が自ら移動、保管し、その費用を所有者らに請求することも可能となっているほか、所有者が分からず、一定の手続を経て「廃物」だと認定できれば、処分することもできる仕組みだ。

 ただ、こうした条例にも落とし穴がある。条例の言う「放置」とは、正規の手続を経て借り受けた駐車場など正当な原因に基づいて置くことが認められた場所ではなく、それ以外の場所に「相当期間」にわたって置かれていることを意味するからだ。

 例えば、横浜市条例の施行規則によれば、「相当期間」とは自動車だと原則として「10日間」を意味し、これによりがたい場合に限り、市長が別に定める期間とすることが可能となっている。

 そうすると、私有地に一時的に放置駐車されて困っているといったケースだと、地主のほうがしばらく我慢しない限り、こうした条例も使えないということになる。地主からすると、理不尽極まりない話ではなかろうか。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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