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パッキャオ戦が高視聴率で新シリーズは好スタート トップランクとESPNはPBCの低迷から学べるか

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

7月15日 ニューヨーク ロングアイランド ナッソー・コロシアム

ウェルター級10回戦

元WBC世界ライト級王者

オマー・フィゲロア(アメリカ/27歳/27勝(19KO)1分)

3回1分34秒 TKO

複数階級制覇王者

ロバート・ゲレーロ(アメリカ/34歳/33勝(18KO)5敗1分)

PBCの失墜

今年4月に再オープンしたばかりのナッソー・コロシアム(正式名称はナッソー・ベテランズ・メモリアル・コロシアム)でのボクシング興行は、1986年1月のマイク・タイソン(アメリカ)対スティーブ・ゾウスキ戦(アメリカ)以来実に31年ぶりとのことだった。そんな記念すべきイベントは、残念ながら人々の記憶に残るものになったとは言い難い。ぶしつけに表現すれば、チケットにお金を払った人が気の毒に感じるような内容だった。

メインでは約20ヶ月ぶりのリング登場となったフィゲロアが、ゲレーロから5度のダウンを奪ってストップ勝ち。アンダーカードでは、ライトヘビー級のマーカス・ブラウン(アメリカ/20戦全勝(15KO))、ヘビー級のアダム・クフナスキー(ポーランド/16戦全勝(13KO))という無敗プロスペクトたちがともに同国人対決でKO勝利を挙げた。“派手なノックアウト続出”と記せば聴こえは良いが、それぞれのファイトは極めて大味だった。

そもそもニューヨークのアリーナで、テキサス出身のフィゲロアとカリフォルニア在住のゲレーロの対戦がメインというのも理解しがたい。おかげで最高で18000人を収容できる大アリーナはガラガラ(公式発表は観衆7492人だが、水増しだろう)。地上波FOXで放送されるべきカードとは思えず、平均視聴件数もPBCの地上波放送史上初めて100万件を割った(92万件)。

正直、期待を裏切り続けた“プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)”の凋落ぶりを象徴するような興行に思えた。ファン層のありかを無視し、凡庸なマッチメークに終始し、試合ごとのストーリー作りも乏しかったPBC。上質とは言えない興行をハイペースで乱発し、総額4億ドル以上とも言われたヘイモンの資金はすでに底をついてしまったと言われる。

実際に今回の興行のファイトマネーは、フィゲロア、ゲレーロ、セミに登場したショーン・モナハン(アメリカ)が25万ドル、ブラウン、クフナスキーが10万ドル。シリーズ開始当初の高額とは比べるべくもなく、FOXとの契約をこなすのが目的の低予算興行にも見えた。今後、Showtimeの姉妹局でもあるCBS以外の地上波でPBCが再び放送されるかどうかは実に疑わしい。

フィゲロアKO勝利も反響は少なかった Photo Ryan Greene/PBC
フィゲロアKO勝利も反響は少なかった Photo Ryan Greene/PBC

後を引き継ぐトップランクとESPN

結論を言うと、”ボクシングビジネスを変える”とまで言われたPBCのシリーズは停滞を続けている。遠からず方向転換を余儀なくされることは確実だ。

PBCには投資されたマネーをつぎ込んだだけで、ヘイモン自身の懐は少しも傷んでいない。この黒人アドバイザーは所属ファイターのマネージメントを続け、所属選手の試合は主にShowtimeで放送されていくのだろう。その一方で、ハーバード大出身の辣腕が陣頭指揮を執った“ボクシング界を支配する”という超野心的なプランが、世間を騒がせることはもうあるまい。

これほど評判高かった人物が、なぜここまでお粗末に失敗してきたのかは依然として業界最大級のミステリー。その検証は徐々になされていくとして、今後、ボクシングビジネスの注目は、PBC の後を引き継ぐような形でESPNと提携したトップランクの新シリーズに移っていくはずだ。

7月2日、ESPNで中継されたマニー・パッキャオ(フィリピン)対ジェフ・ホーン(オーストラリア)戦は、ケーブルテレビで放送されたボクシング番組では2006年以降最高という莫大な視聴率をマークした。

今後、8月5日のワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)対ミゲール・マリアガ(コロンビア)、同19日のテレンス・クロフォード(アメリカ)対ジュリアス・インドンゴ(ナミビア)と続いていく。トップランクの看板選手たちをESPNが売り出すシリーズは、多くのヒットを生み出す可能性を秘めている。

アメリカでのESPNの存在感は、現地在住、あるいは滞在した経験がある人なら実感できるだろう。空港、レストラン、バーでも、TVモニターでは延々とESPNの番組が流れているし、このスポーツチャンネルが映らないホテルもほとんどない。

そんなテレビ局が大キャンペーンを繰り広げたのだから、パッキャオ対ホーン戦の高視聴率は驚きではなかった。スポーツバーなどで見た人も含めれば、実際の視聴者数は公式発表された平均310万件、最高で440万件という数字では止まるまい。

テレビの影響力をどう生かすか

視聴はコアなファンのみに限られるHBO、Showtimeといったプレミアチャンネルと違い、この幅広い影響力がベーシックケーブル局の魅力。中でもスポーツファンとESPNの関係の深さは群を抜いており、PBCが同局との契約を有効活用しなかったのは不思議で仕方ない。

PBCのようにすべてのチャンネルを手中に収めようとするのではなく、ESPNに絞って新シリーズを始めたトップランクは賢明。もちろんPBCほどの資金、スター選手を擁していないという事情がそこにはあるとしても、第1回にパッキャオを上手に起用してインパクトを生み出したボブ・アラムの手腕はやはり貫禄十分である。

今後、目論見通りにクロフォード、ロマチェンコを全国区の呼び物に育てられるかどうか。マッチメーク面でもPBCの轍を踏んではならず、ゴールデンボーイ・プロモーションズ、メインイベンツといった有力プロモーターとの提携は不可欠だ。

ESPN で中継ならば視聴率の基準はより厳しくなるだけに、場合によってはPBCの選手もレンタルするくらいの懐の深さが必要。そのくらいの度量がない限り、長い視野での成功は難しいはずである。

いずれにしても、トップランクとESPNの提携はアメリカのボクシングファンには魅力的であり、今後に大きな期待をさせられる。

PBCに対し辛辣になったが、先陣を切ってボクシングの可能性を示した(そして失敗した)という意味で、ヘイモンは後に続くものたちをアシストしたと考えられなくもない。そのプロセスからやるべきこと、そうではないことを学び、さらに先に進めるか。百戦錬磨のトップランクの手腕がこれから改めて問われることになる。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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