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「カエルに飲み込まれても」助かる方法とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 手塚治虫の本名は手塚治だが「虫」を最後に付けてペンネームにした。娘の手塚るみ子の著作にあるように、彼は甲虫のオサムシ(ゴミムシ)が大好きだったので「治虫(オサムシ)」と呼ばせたかったらしい。

超強力なヘッピリムシの防御法

 約4万種といわれるオサムシの仲間は多種多様で、カタツムリを食べるもの(マイマイカブリ)やミミズを食べるもの、雑食性のものなど、その獲物もいろいろだ。肉片を空き缶に入れて土中に埋め、オサムシを捕えて夏休みの課題にした昆虫好きの人もいるのではないだろうか。

 逆にオサムシの仲間には、捕食されるのを防ぐため、一種の化学物質の高温ガスを放出させ、撃退するものもいる(※1)。こいつらは俗に「ヘッピリムシ」と言われ、ミイデラゴミムシ(Pheropsophus jessoensis)などのホソクビゴミムシの種類だ。

 ミイデラゴミムシ(以下、ヘッピリムシ)は、尾部の格納袋の中で漂白剤としても使われるハイドロキノン(hydroquinone)と過酸化水素を混ぜ合わせ、二つを反応させて塩素のような刺激臭のあるベンゾキノン(benzoquinone)と水を生成させて摂氏100度の高温のガスを爆発音とともに放出させる(※2)。ミイデラゴミムシは黄色と黒という警戒色になっているが、こんな防御兵器を隠し持っているのだ。

 ところで、カエルの主な食べ物は昆虫だ。ヒキガエルの仲間では、獲物の約80%がアリか甲虫だという研究調査がある(※3)。だが、カエルは悪食でもあり、昆虫以外にも小さなネズミや鳥類なども食べる。気まぐれに野菜を食べることもあるようだ(※4)。

胃袋を引っくり返して嘔吐するカエル

 ひとたび貪欲なカエルに飲み込まれてしまえば、どんな獲物も逃れられない、と考えるかもしれない。だが、獲物がすべて安全とは限らないので、有毒な獲物を吐き出すこともあり、その際、実験動物としてよく使われるアフリカツメガエルは胃袋を引っくり返すことまでして嘔吐する。

 さらに、ある種の昆虫やその幼虫は、カエルに飲み込まれた後に化学物質を分泌させ、カエルに嘔吐させることで捕食から逃れることが知られている。例えば、アマガエルに捕食される際のカブラハバチというハチの一種の幼虫を観察した研究(※5)によれば、幼虫は独特の血液(ヘムリンパ、血リンパ、体液)を出し、それがアマガエルへ瞬時に伝わり、吐き出させることに100%成功するようだ。

 こうした防御は瞬時に行われるが、いったんカエルの胃袋に飲み込まれてしまえば強力な消化液で溶かされ、逃れることは困難だろう。だが、前述したヘッピリムシは違う。ベンゾキノンを爆発的に噴射させるヘッピリムシは、数十分間、カエルの消化器官の中にいても平気なのだ。

 日本の神戸大学の研究者が英国の王立協会(Royal Society)が出している科学雑誌『Biology Letters』に発表した論文(※6)によれば、ヒキガエルが44分後に吐き出したヘッピリムシはいたってピンピンしていたという。

 この研究者が用意したのは、ニホンヒキガエル(bufo japonicus)とナガレヒキガエル(bufo torrenticola)の2種だ。絶滅が危惧されるカエルなので、実験後は自然環境へ戻された。実験に使ったヘッピリムシは、何も刺激を与えずベンゾキノンの高温ガスを爆発可能なもの、そして研究者による刺激でベンゾキノンを使い果たした状態のものの2つの群だ。

なぜか消化されないヘッピリムシ

 ニホンヒキガエルとナガレヒキガエルが捕食した74匹のヘッピリムシのうち、ガスがない37匹で生還できた個体はわずかに14.3%しかいなかった(ニホンヒキガエルではゼロ)。一方、ベンゾキノンガスの蓄えのある個体で吐き出されたのはニホンヒキガエルで34.8%、ナガレヒキガエルでは57.1%いたという。また、ヒキガエルで死んだものはいなかった。

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74匹のヘッピリムシ(ミイデラゴミムシ)を2種類のヒキガエルに食べさせた結果。ニホンヒキガエル(bufo japonicus)のほうが消化力が強いこともわかる。Via:Shinji Sugiura, "Successful escape of bombardier beetles from predator digestive systems." Biology Letters, 2018

 飲み込まれて生還したヘッピリムシ16匹を比較したところ、ヘッピリムシの高温ガス爆発などにより嘔吐されるまでの時間は、ニホンヒキガエルで47.9±11.8分、ナガレヒキガエルで41.9±10.8分(それぞれn=8)だった。また、16匹はすべて生きて嘔吐され、その後は1匹を除いて少なくとも2週間は生き続けていたようだ。

 生還したヘッピリムシは、身体の大きな個体が多く、ベンゾキノンガスの量に影響されるのではないかと研究者はいう。また、ヒキガエルのほうも小さな個体はヘッピリムシの毒性に対して抵抗力が弱いことも示唆されるらしい。

 また、ヘッピリムシはヒキガエルに飲み込まれた後、100分以上も消化されずにいたことがわかった。研究者は、ヘッピリムシは消化液への耐性を備え、消化酵素を減退させているのではないかという。

 あなたがカエルに飲み込まれたとしたら、オナラをすることをお勧めする。もしかすると、それで生還できるかもしれない。

※1:Daniel J. Aneshansley, et al., "Biochemistry at 100° C: Explosive Secretory Discharge of Bombardier Beetles (Brachinus)." Science, Vol.165, No.3888, 61-63, 1969

※2-1:「ヘッピリムシ」、JATAFFジャーナル、研究ジャーナル、第23巻、第10号、2000年

※2-2:ヘッピリムシは「ミイデラゴミムシ」だが、漢字で書くと「三井寺歩行虫」となる。この語源についてはJATAFFの「続ヘッピリムシ」に詳しい。

※3-1:Raymond D. Clarke, "Food Habits of Toads, Genus Bufo (Amphibia: Bufoni'da." American Midland Naturalist, Vol.91, No.1, 140-147, 1974

※3-2:Lorena B. Quiroga, et al., "Size- and Sex- Dependent Variation in Diet of Rhinella arenarum (Anura: Bufonidae) in a Wetland of San Juan, Argentina." Journal of Herpetology, Vol.43, Issue2, 311-317, 2009

※4:P. Y. Berry, et al., "The Food of the Common Malayan Toad, Bufo melanostictus Schneider." Copeia, Vol1962, No.4, 736-741, 1962

※5:Satoru Matsubara, et al., "Chemical defence of turnip sawfly larvae against Japanese tree frogs." Journal of Asia-Pacific Entomology, Vol.20, Issue1, 225-227, 2017

※6:Shinji Sugiura, "Successful escape of bombardier beetles from predator digestive systems." Biology Letters, Vol.14, Issue2, 2018

※2018/02/13:17:05:脚注※2-2を追加。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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