家事や子育ての「価値」と、ホワイトカラーがする長時間労働の「無価値」を再認識する
12月28日、電通は労働基準法違反の容疑で書類送検され、これを受けて電通の石井社長は引責辞任を発表しました。年の瀬に、今年を象徴する大きなニュースが飛び込んできた、という感じです。電通社員の過労自殺は「パワハラ」が原因ではないか、という声が大きいですが、世間が注目したのは断然「長時間労働」。
価値のある労働でさえも長時間はダメと言われかねない現在、そもそも労働とは何なのか? そして労働の価値とは何なのか? 今回は「シャドウ・ワーク(shadow work)」と「アイドリング・ワーク(idling work)」という言葉を使って考えてみます。
まず「シャドウ・ワーク(shadow work)」とは、家事などの人間の生活基盤を支える本来的な仕事であるのに、賃金などの報酬を受けない労働全般を指します。企業内のインフォーマルな活動をこう呼ぶケースもありますが、昨今は女性の労働、活躍の場を再認識する空気が広がっており、家事や子育てを特に「シャドウ・ワーク」と呼ぶことが多いと言えます。この影の労働に従事している人が「シャドウ・ワーカー」です。(イヴァン・イリイチの造語)
いっぽう「アイドリング・ワーク(idling work)」とは、コスト(お金・時間・労力)を多大に消費しながらも、企業や社会に対して正しい付加価値を生み出さない労働を指します。朝から晩まで「報告だけの会議」「議論の噛み合わない打合せ」「経営に役立たない資料作り」「膨大なメール作業」……等に明け暮れ、はたから見ると忙しく働いているように見えますがすべて「空回り」「エネルギーの無駄遣い」となっているような人が「アイドリング・ワーカー」です。(横山信弘の造語)
いわゆるオフィスで働くホワイトカラー独特の労働のあり方です。
「アイドリング・ワーカー」の特徴は3つです。
● 企業の幹部、管理者層など(組織において一定の権力を保持する)
● 長時間労働が美学
● 話が長い評論家
権力を持っており、話が長く、誰も暴走も止められないような人は要注意です。思いつきで仕事(アイドリング・ワーク)を創出していくので、自分のみならず、周囲にも「アイドリング・ワーク」を強いていきます。口癖は「とりあえず」。
「田中さん、とりあえずこの分析をしてくれないか」
「山田君、とりあえず、君も3時からの会議に出てくれよ」
「福岡へ出張してくる。とりあえず、現場を見てみないとな」
何を推進するために会議をするのか? 資料を作るのか? 分析をするのか? 出張をするのか? ……よくわからないまま、毎日毎日、多くの時間を費やします。「アイドリング・ワーカー」は自分の労働が空回りし続けているという認識はありません。長時間の会議を仕切り、資料を作らせ、無駄な出張を繰り返しているにもかかわらず、「自分は組織のために汗をかいている」「忙しくて寝る暇もないが、これも社員とお客様のためだ」と常に空回りな自分を評価しています。
「アイドリング・ワーカー」は現場から遠いオフィスにいます。現場とは、仕事の現場、家庭の現場、両方です。オフィスで評論家的コメントばかり発しているから、感度が低くなるのです。会社を影で支えてくれている人たちの労苦や、家庭を守る奥様たちの影の努力を感知できません。
したがって影で支えてくれる「シャドウ・ワーカー」たちには自然と手厳しくなります。専業主婦に対しても、時短勤務している女性社員に対しても、です。ある「アイドリング・ワーカー」を例に挙げてみましょう。企業幹部が長時間の会議のために全国の支店をまわり、3日間の出張を終えて家に戻ると、奥様が出迎えました。
「俺が留守の間に、何かあったか?」
「別に、何もないけど」
「そうか……。それにしても、専業主婦はラクなもんだ。1日じゅう家にいて朝から晩までテレビでワイドショーやメロドラマばかり観てるんだろう? 俺もそんな生活してみたいよ」
「あら、そんなことないわ。私だって、子どものこととか大変なんだから。今日だって中学校まで出向いて、先生と息子の進路について話し合って――」
「お前に比べて俺は朝から晩までメチャクチャ忙しいんだよ。トイレへ行く暇さえなかった。お前、俺の苦労がわかるか?」
「そりゃあ、わからないけど」
「社長は何を考えているかわからんし、部下はできないヤツばかりだし……。苦労の連続だ。俺がいなくなったら、あの会社、1年ももたんぞ」
(奥様は知らないでしょうが、私は知っています。この男性が会社では無駄な仕事ばかりして長時間も残業し、社長も部下も迷惑していることを……)
私は経営コンサルタントとして、いろいろな企業の現場へ入っていきます。その経験から、世の中には膨大な数の「アイドリング・ワーカー」がいて、エネルギーの無駄遣いに明け暮れているのだと認識します。
現在、政府は「女性の活躍推進」を成長戦略の柱にしようとしています。しかしこの推進役が「アイドリング・ワーカー」であれば、世間の女性たちの「シャドウ・ワーク」を正しく理解できず、空回りしっぱなしの議論を繰り返すだけです。まさにエネルギーの無駄遣い。何らかの問題を解決したり、目標達成のためには、正しい論理に基づき、しかるべき少数の識者が歯車を噛み合わせるようにディスカッションすれば、それほど長い時間がかかることはありません。エコで環境の優しい社会にするために、エネルギーの無駄遣いであるアイドリングはほどほどにしてもらいたいですね。