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ナワリヌイとプーチンとスノーデン、そして「政治とカネ」と民主主義

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(738)

如月某日

 ロシアのプーチン大統領を批判してきた反政府活動家アレクセイ・ナワルヌイ氏が16日、収監されていた北極圏の刑務所で死亡した。死因はまだ明らかにされていないが、西側メディアでは「プーチンによる暗殺」との見方が広まっている。

 米国のバイデン大統領は急きょホワイトハウスで演説し、「死の責任はプーチンにある」と断言した。そして「今こそNATO同盟国が結束を強め、ロシアのプーチンがもたらす脅威に立ち向かう時だ」と述べ、米議会に対しウクライナ支援予算を承認するよう求めた。

 ロシア各地ではナワルヌイ氏の死を悼む集会が開かれ、17日までに220人以上が拘束されたと報道されている。フーテンはロシア大統領選挙1か月前というタイミングでのナワルヌイ氏の死亡に釈然としないものを感じた。

 ナワルヌイ氏は死の直前まで元気だったようだ。12日に面会した母親は「陽気に振舞っていて死んだなんて信じられない」と言い、前日に投稿されたSNSではユーモアを交えてしゃべる様子が確認されている。

 それが16日に散歩から帰ると急に気分が悪くなり意識を失ったという。すぐに救急車が呼ばれ蘇生措置が施されたが死亡が確認された。いかにも薬物などによる暗殺を思わせる最期である。これを聞けば誰しもが「プーチンによる暗殺」と思い、内外からプーチン批判の嵐が巻き起こることは容易に想像できる。

 にもかかわらず大統領選挙を1か月後に控えたプーチンがそれを命ずることがありうるのだろうか。そもそもプーチンの圧勝は予想されていた。そこに余計な火種を投ずることにメリットがあるとは思えない。

 ところが西側メディアはそのように考えない。プーチンは最大の政敵を潰したことで勢いを増し、選挙に圧勝すれば2036年まで大統領でい続けることが可能だと言い、ウクライナ戦争にもさらに強硬な姿勢で臨むことになるだろうと解説する。

 ニュースを聞いたフーテンは、ロシア内の反プーチン派が絶好のタイミングでナワルヌイ暗殺を実行したのではないかと思った。ロシアの捜査当局が全力を挙げても、選挙まで1か月しかないので反プーチン派の犯行であることを突き止める時間的余裕はない。

 その1か月間で世界に「プーチン暗殺説」を流布させれば、プーチンの大統領選挙に打撃を与えることができる。プーチンの獲得票が80%を割れば、ウクライナ戦争前より国民の支持が増えていないと宣伝する。敗色濃厚なウクライナ戦争を立て直すにはそれしかない。

 手前味噌で言えば、フーテンの想像の方が、プーチンが暗殺させた説より可能性は高いと思うが、西側メディアの報道はそうはならない。プーチンは「極悪非道の狂人」という前提だから、大統領選挙1か月前に刑務所にいる邪魔者の暗殺を平然と命ずることができると考えるのである。

 フーテンから見ると、西側メディアは色眼鏡でプーチンを見ている。直近の例を言えば14日にこんなことがあった。ロシア国営テレビのインタビューで、プーチンは「米国の大統領としてトランプ前大統領とバイデン現大統領のどちらがロシアにとって望ましいか」と質問され「バイデン」と答えた。

 その理由として「バイデンは経験豊富で古いタイプの予測可能な政治家だ。一方のトランプは型にはまらず独自の視点を持っている。温暖化対策のパリ協定から強い決意で離脱した」と述べた。

 このプーチン発言を伝える日本のメディアは、「バイデンの方が対応しやすいと言って大統領選挙でのトランプの側面支援を狙った」とか、「皮肉を言った」という解説を記事に付け加えた。

 それは日本のメディアが、プーチンは大統領選挙でトランプを応援するはずだと思い込んでいたところ、それとは逆のことを言ったので、プーチンの本音ではないことを解説する必要を感じたからである。

 しかしプーチン発言はトランプの側面支援や皮肉のためだろうか。フーテンはむしろ日本のメディアがトランプを「親プーチン」、バイデンを「反プーチン」と色分けしている単純さに、色眼鏡で政治を見る安っぽさを感じた。

 プーチンの言ったことは至極まともである。バイデンが経験豊富な政治家であることは誰も否定できない。だからどういう対応をしてくるかの予測は立てやすい。一方、トランプが予測不能であることも誰も否定できない。しかも米国大統領に3期目はなく、トランプは大統領に選ばれれば先がないので思い切ったことをやる。こちらの予測は難しい。

 そしてウクライナ戦争はバイデンの思い通りになっていない。経済制裁で潰れるはずのロシアは潰れず、それどころか経済制裁に参加しない新興諸国の存在を「グローバル・サウス」という呼び名で認めざるを得なくなった。

 バイデン政権が続けば米国はさらに弱体化し、欧州の力も低下する。その方がロシアには有利だとプーチンが思っても不思議でない。米国大統領選挙と関係なく、プーチンは現実認識を述べただけだと思う。

 メディアには「ロシア疑惑」の記憶がまだこびりついているのかもしれない。「ロシア疑惑」とは、2016年の大統領選挙でトランプ候補を当選させるため、ロシアが選挙介入したと英国MI6の元スパイが暴露したスキャンダルだ。米国政治を揺るがす騒ぎになった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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