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「時間に泣いた」藤井七段、逆転を呼んだ広瀬竜王の「タイムマネジメント」

遠山雄亮将棋プロ棋士 六段
惜しくもタイトル挑戦を逃した藤井聡太七段(写真:森田直樹/アフロ)

 19日、第69期大阪王将杯王将戦の挑戦者決定リーグ最終一斉対局が行われ、挑戦権をかけての直接対決となった広瀬章人竜王(32)―藤井聡太七段(17)戦は126手で広瀬竜王が勝利し、渡辺明王将(棋王・棋聖)(35)への挑戦権を獲得した。

 注目の藤井七段は最年少タイトル挑戦を逃した。

時間に泣いたミス

 この広瀬竜王ー藤井七段戦は今年度の名局賞候補という声もあがる熱戦となった。

 最終盤、藤井七段が広瀬玉を追い詰めたところで、広瀬竜王が藤井玉に王手を連発して猛追。

 持ち時間の4時間を使い切り、秒読み(1手60秒以内に指す必要がある)に追い込まれていた藤井七段が王手への応対を誤り、広瀬竜王が鮮やかな一手で藤井七段の玉を詰みに追い込んだ。

 詰将棋を得意とし、プロもその読みには一目置く藤井七段が誤るほど難解であり、またこれが秒読みの恐ろしさでもある。

 藤井七段にとって「時間に泣いた」一局だった。

 藤井七段がタイトル挑戦すれば、それは歴史が変わる分岐点であり、それを期待するファンの熱量は令和で一番だった。

 筆者も文字通り手に汗握ってこの大一番を観ていた。

タイムマネジメント

 広瀬竜王が最後に勝利をつかんだのは、タイムマネジメントによるものだった。

 昨年筆者が記事に書いたように、広瀬竜王は一局通じてどう持ち時間を使うか、そのマネジメントに長けている。

 本局も、早い段階から秒読みに追い込まれていた藤井七段に対し、広瀬竜王は残り時間にゆとりをもって終盤を戦っていた。

 広瀬竜王が逆転の決め手として放った一着も、秒読みであれば逃す可能性のある難易度の高い手だった。

 しかしこの段階で20分を残していた広瀬竜王は、その場面で4分使って読みをまとめて逆転の決め手を放ったのだ。

 藤井七段としては、5分でも残っていれば詰みを回避し、勝ちをつかんだだろう。

 難解な戦いが続いたため、藤井七段が時間を残せなかったのも致し方ないとも思う。

 しかし難解な戦いを続けながらも広瀬竜王は時間を残しており、勝敗を分けたのはタイムマネジメントによるものであった。

時間も勝負のうち

 成長を続ける藤井七段に弱点があるとすれば、時間を使いすぎて秒読みに追い込まれてしまうところだ。藤井七段といえども、秒読みが続けばミスも出る。時間も勝負のうちなのだ。

 言うまでもなく広瀬竜王は今の将棋界で頂点に立つ棋士である。その広瀬竜王を相手にこの大一番でこれだけの戦いを見せた藤井七段がタイトル戦の舞台に立つ日もそう遠くないであろう。盤上における技術の高さはすでにトップクラスにある。

 いま頂点に立つ棋士たち、特に渡辺三冠、豊島将之名人は序盤で時間を使わずに温存し、中終盤に時間を残して戦うことで結果を残している。

 これはただ早く指せばいいわけではなく、序盤の確かな研究や難解な中盤における決断力が求められる。経験に裏打ちされた高い技術も必要だ。

 17歳の藤井七段がそういう指し方をいま導入するべきか否か。

 じっくり読んで手を紡ぐ藤井七段の長所を消してしまう可能性もある。

 古来より、若い人は沢山読んでそれで実力をつけるべきだ、そう言われている。

 ただし、将棋AIが人よりも強くなった現代でもその定説が正しいのか疑わしいところもある。

 成長の過程として、また現代の将棋への適合として、広瀬竜王の「タイムマネジメント」術を藤井七段も取り入れる段階にきていると筆者は考える。

 17歳の成長過程にある藤井七段に適した「タイムマネジメント」があるはずだ。

 そうして盤上の技術に加えて「将棋を戦う総合力」が充実したとき、藤井七段がファンの期待に応える日がくるように思う。

将棋プロ棋士 六段

1979年東京都生まれ。将棋のプロ棋士。棋士会副会長。2005年、四段(プロ入り)。2018年、六段。2021年竜王戦で2組に昇級するなど、現役のプロ棋士として活躍。普及にも熱心で、ABEMAでのわかりやすい解説も好評だ。2022年9月に初段を目指す級位者向けの上達書「イチから学ぶ将棋のロジック」を上梓。他にも「ゼロからはじめる 大人のための将棋入門」「将棋・ひと目の歩の手筋」「将棋・ひと目の詰み」など著書多数。文春オンラインでも「将棋棋士・遠山雄亮の眼」連載中。2019年3月まで『モバイル編集長』として、将棋連盟のアプリ・AI・Web・ITの運営にも携わっていた。

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