200年に一人の天才ボクサーが語る「美しき敗者ノニト・ドネア」
現役時代、所属していた協栄ジムの会長、故金平正紀に「具志堅用高を超える逸材。200年に一人の天才」と絶賛された元WBAジュニアウエルター級1位、日本同級&日本ウエルター級王者の亀田昭雄。
本シリーズでお馴染みの彼が、井上尚弥vs.ノニト・ドネア戦を再度振り返った。
ドネアは「恥をしのんで、涙を流して」井上尚弥からモハメド・アリ・トロフィーを借り、2人の息子に見せたそうですね。美しい話です。あれだけのチャンプが恥をしのぶなんて、なかなか出来ません。子供達に勝利を約束し、死に物狂いで闘った。でも、結果は出せなかった。
「人生には、全身全霊で闘っても、思うような結果がでないことがある」と子供達に伝えたわけですよね。父親として、これ以上の教育はないでしょう。いい親父を持って、ドネアの子供達は幸せです。
一方の井上尚弥も、「弟の分も」と思ってリングに上がったでしょうね。井上とドネアは間違いなく、お互いを認め合っています。あれだけハイレベルな拳の会話を交わしたからこそ、通じ合うものがあるんです。
ドネアほどのキャリアがあれば、井上の負傷した右目を狙うことも出来たでしょう。井上は、眼窩底と鼻の右下を骨折したとのことですが、ドネアが右目を狙い続ければ塞がったかもしれません。たとえばクリンチしながら小さなパンチを打つとか、反則をせずに強かな戦い方もできました。
でも、ドネアは敢えて綺麗なファイトを選択した。1984年のロス五輪柔道決勝で、モハメド・ラシュワンは山下泰裕が痛めた右足を攻めずに敗れ、金メダルを逃しましたよね。
ドネアもラシュワンと似ていますよ。子供達が見ている前で、父として正々堂々と闘う姿を見せたかったんじゃないかな。
本当にボクシングの素晴らしさを改めて実感する試合でした。試合後、2人が抱き合う姿を見て、僕がアーロン・プライアーに挑んだ一戦が蘇って来ましたよ。ラウンドを重ねるごとに、相手を敬う気持ちがどんどん大きくなっていったんです。倒されても倒されても、最強であり最高の男に向かっていく自分がいました。終わった後は、ただただ清々しかったですね。ボクシングって憎くて殴り合うわけじゃないから、試合終了後は自然とプライアーと抱き合いました。
ドネアの今後については、現役を続けるにしてもリングを去るにしても「頑張って!」と心から告げたいです。彼にはボクシングだけでなく、人生を教えられた気がします。まだ、試合の余韻と感動が残っていますよ。