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日大アメフト部の最初の学生はなぜ起訴されたのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文とは関係ありません。(写真:アフロ)

■はじめに

日大アメフト部の薬物事件で最初の学生が逮捕されたのが本年8月6日であり、そのときの逮捕容疑は、寮の自室に覚醒剤(固形)約0.198グラムと乾燥大麻約0.0019グラムを所持したというものだった(覚醒剤取締法違反と大麻取締法違反)。

その後同月26日に、かれは麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)違反で起訴され、大麻取締法違反についてはその後不起訴処分となっている。

本件は一般には、「大麻汚染」として報道されているように思うが、従来からこのような微量の大麻所持については、初犯の場合は普通は不起訴として処理されてきたのではないか。本件がもしも大麻だけの発見であったならば、おそらく不起訴で終わった事件ではなかったかと思われる。

ただ本件では大麻とともに覚醒剤が見つかったことが処分を厳しいものとしている。この覚醒剤については、かれは合成麻薬であるMDMAだと思って所持していたということから、覚醒剤についての故意はなく、麻薬の所持についての故意にとどまると判断されたのである。

この点は少し専門的な説明が必要なので、本稿ではこの点について解説したいと思う。

■錯誤という問題

行為者の思い込みと客観的な事実とが食い違うという場合の扱いを、刑法学では錯誤論と呼んで議論している。

たとえばAを殺そうと狙っている暗殺者Xが、向こうに座っているのがAだと思ってピストルを発射したが、実は別人のBだったというような場合、錯誤があるが刑法的にはこの錯誤はまったく問題にならない。

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Xにとっては相手がBだとわかっていれば絶対に引き金を引かなかったのであるから、Xにとってこれは重大な錯誤であり、「自分は誤ってBを殺したのであり、Bを殺す故意はなかった」と抗弁するかもしれないが、刑法的にはXは「人を殺そうとして、人を殺した」わけだから故意に欠けるところはなく、かれには殺人既遂罪が問題なく成立する。つまり、殺人罪の条文は「人を殺した者は」(刑法199条)と書かれており、相手を「人」として認識していれば、殺人の故意が認められるからである。

ところが、刑法38条2項には、錯誤に関して次のような条文がある。

刑法38条2項 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

たとえば、Cがブティックに飾ってあるマネキン人形を壊すつもりで石を投げたところ、それは店員Dであり、石がDの顔面に当たって大けがをしたという事案を考えてみよう。

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この場合、Cは軽い器物損壊罪(刑法261条)を犯そうとして、結果的に重い傷害罪(刑法204条)を犯している。このような場合、もちろんCは、対象を「物」だと認識していたので、傷害罪では処罰されない。上記の刑法38条2項は、「傷害罪を犯す意思がなければ傷害罪で処罰できない」といういわば当然のことを規定しているのである。しかし、Cは他人の物を壊そうとして石を投げたことは事実だから、器物損壊罪の行為には着手しているが、器物損壊罪については未遂を処罰する規定は存在しないのでこの点については無罪となる。結局、結果的に故意なく人を傷つけているので、Cには過失傷害罪(209条)が成立することになる。

しかし、次のようなケースはどうだろうか。

たとえば、ベンチに置かれているカバンを落とし物だと思って黙って持ち帰ったが、実は持ち主が横の売店で買い物をしており、占有がまだ失われていなかったというような場合である。この場合は、軽い占有離脱物横領罪(刑法254条)の意思で客観的には重い窃盗罪(刑法235条)を実現してしまったのであるが、両罪は同じ財産犯(他人の物を不法に自分のものとする罪)として重なる。

そこで、このように犯そうとした軽い犯罪(A罪)が、実際に生じた重い犯罪(B罪)に実質的に含まれている場合には、犯そうとした軽い犯罪(A罪)の既遂を認めてもよいとされている。つまりこの場合は、結果的に軽い占有離脱物横領罪の既遂が成立する。刑法38条2項の意味はこのように解釈されているのである。

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■薬物事犯で問題になった事例

刑法38条2項に関しては、薬物事犯で次のようなケースが実際に問題になったことがある。

Eは、密売人Fとの間で代金5万円でコカインを買う約束をして、後日、Fと会い5万円を渡して封かんされた封筒を受け取った。Eはこの封筒にコカインが入っていると思い、そのまま自宅に持ち帰り、封筒を開封しない状態でタンスの引出しに隠していた。ところが、Eがコカインだと思っていたその封筒の中身は、実は覚醒剤であった。

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覚醒剤所持罪は「10年以下の懲役」(覚醒剤取締法41条の2)であり、コカイン(麻薬)の所持罪は「7年以下の懲役」(麻向法66条1項)である。

つまり、Eは軽い罪(麻薬所持罪)を犯す意思で、重い罪(覚醒剤所持罪)を犯したことになり、錯誤が生じており、刑法38条2項の適用が問題になったのである。そして、両罪が重なり合うと考えることができるならば、Eを麻薬譲受け罪として処罰することが可能となる。

結局、最高裁は、「両罪は、その目的物が麻薬か覚せい剤かの差異があり、後者につき前者に比し重い刑が定められているだけで、その余の犯罪構成要件事実(筆者注:条文に該当するような犯罪事実)は同一であるところ、麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は、軽い前者の限度において、実質的に重なり合っているものと解するのが相当である。」(太字筆者)と述べて、麻薬所持罪の成立を認めたのであった(最高裁昭和61年6月9日決定)。

■まとめ

日大アメフト部で最初に逮捕された学生のケースは、まさにこの最高裁の事案と同じ事案なのである。

つまり、もしもかれについて大麻だけが発見されていたならば、その量が微量であり、しかも初犯であるためにおそらく起訴されなかっただろうと思われる。

しかし同時に覚醒剤も発見されたことから、不起訴処分ということでは済まなくなったのではないか。そして、かれは主観的には覚醒剤の認識がなく、麻薬であるMDMAだと思っていたことから、麻向法違反の故意はあり、覚醒剤取締法と麻向法とが実質的に重なり合っているので、軽い麻向法違反(所持罪)で起訴されたのである。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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